12 トカゲの尻尾切り・前編
赤く光るラインが幾条も走っている。
普通のダンジョンは青色であるが、ふたつだけ経験している二重ダンジョンはどちらもこの色であった。
小さな玄室の中、俺は周囲に誰も居ないことをもう一度確認する。
冒険者用のアプリで地図を開くも別のダンジョンに飛ばされたことになっており、剣道場から侵入したものとは別ものと判断されているようだ。
……困った。
ワープで分断された以上、宍戸君たちは戦力が落ち、俺は探索能力が格段に低下している。
敵が強いなら早く彼らに合流しなければ……。
鉄杖を取り出して玄室を出ようとすると後ろからなにかが割れる音。
振り返るとそこには黒い穴が空間に空いていた。
その穴とも球体ともつかぬものは徐々にではあるが部屋の物質を吸い込んでいき……。
石畳が剥がれた床を見ればのっぺりと黒い海のようなものが広がっている。
……これまずいやつだな。
ためしに床から剥がれた石材を海に放り投げてみると音もなく消え去っていった。
うん、あれに吸い込まれたら死ぬな。
黒い穴が徐々に広がっていくのを確認して部屋を出る。
〈罠察知〉の技能はそこそこ上がっている。
レアドロップダンジョンでとれるスキルシードに経験を食わせてあげていたのだ。
一般には認知されていないすごいアイテム……のように思えるが一般冒険者はレベルが下がるとガクッと戦闘力が低下するのだ。
こういう時ばかりは成長率が低くてよかったと言える。
感知能力が鈍らない程度の速度で走る。
まあ変なスイッチを押して矢が飛んできたりするがそこはフィジカルで避ける。
……これで他のみんなに迷惑かけてたら申し訳ないな。
◆
「リク! もう少しだけ食い止めてくれ!」
「リッくん、右は任せて!」
魔術師の啓と神官の春菜がそれぞれこちらに声をかける。
少年、宍戸陸は五体のリザードマンを相手に肉壁ひとりでしのいでいた。
飛んでくる魔術、連携の取れた近接攻撃。
こちらが致命傷を与えても二匹のリザードマン・プリーストが相手の傷を癒やす。
翻ってこちらは相手の攻撃がじわじわと蓄積されてきていた。
桐香と篤郎、そして司とも分断されているし、転移した直後に急襲を受けている。
(せめてもう少しだけ態勢を立て直すことができたら……!)
数の不利以外にも苦しいものはある。
純粋に敵が一回りほど強くなっているのだ。
そのくらいは普段であれば跳ね返すことが出来る要素だ。
しかし今回はかなりの不利を背負わされているため状況の挽回に必要なあと一歩が遠かった。
春菜のかけたプロテクション、そして皆で苦労して揃えた防具も徐々に機能しなくなってきている。
陸が振るった剣が青く淡く光る。
少年の力強いななぎ払いがリザードマン二匹を断つ。
〈剣術〉スキルから派生する技、〈スラッシュ〉だ。
使えば使うだけ消耗が早くなるが今使わなければどうせ押さえ込まれるだけだ。
(後衛への攻撃は……桐香がいない。啓の魔術の威力は高くない、けれど――)
意を決して陸は叫ぶ。
「二人とも、出し切るぞ!」
応、と応える声。
魔術の展開と同時に陸は呼吸を整える。
魔術による電撃がリザードマンの前衛二匹を襲う。
まだかかる。
敵魔術師のマジック・バレットを春菜の魔法の防壁が防ぐ。
まだだ。
ショックから返った敵前衛二匹がこちらに向かって武器を振り上げる。
(今だっ)
陸の始動にかかった時間はおよそ五秒ほど。
二匹の攻撃をバックステップで避け、タイミングを外したのちに敵の真ん中へ突進する陸。敵神官二匹が防壁を重ねがけ。
だが甘い。剣が、陸の視界が青色を纏う。
リザードマン戦士をすり抜ける際、陸の左側の敵に向かって剣を走らせた。
敵神官が前衛に張った防壁が二枚とも剣によって砕かれていく。
剣の一閃に追いすがるように太刀筋の反対を飛ぶ。
一太刀で両側の敵の首をはねる。
当然ながら冒険者としての技を使ったものである。
圧倒的な膂力で剣を振り回す〈スラッシュ〉、そして剣筋に存在しない刃を追尾させる〈追い燕〉。
このふたつの技を同時に使ったためこのような現象が起こったのだ。
二人とも、このまま突っ切るぞ。
味方を鼓舞しようとして……口を閉じる。
なんてことはない。
迷宮の奥から敵の増援が来ただけだ。
第二ラウンドの始まりが無情にも告げられた。
◆
「キリ、とっとと走れ!」
「そこかしこに罠が仕掛けられてるんですぅ」
草加桐香は後ろから急かしてくる級友、吉岡篤郎の言葉を理解しつつも走る速度を上げられずにいた。
というのもこのダンジョンは巧妙に罠が仕掛けられているためだ。
変な感覚ではあるが何者かの悪意と言った方がいいだろう。
視線誘導やらで警戒が薄い場所に設置されていたり、ダミーなどを使って意識をそらされている。
なのでまず桐香がとった行動は「自分の後ろをそのままついてくるように」と篤郎に伝えることだった。
篤郎は当然のごとく従っていたが、大勢の魔物がこちらを追いかけていることもあってせき立てるようになっている。
敵が五匹くらいまでならなんとかなっただろう。
しかし敵リザードマンの数が二十匹を超えたところで桐香は数えるのを諦めて逃亡に徹している。
とっとっと、と軽快な身のこなしで罠を避けていく桐香と篤郎。
迷宮の敵がいないルートをひたすらに選んでいく。
「おっ、トカゲが罠に巻き込まれてら」
「罠のことはよく分かってないんやねえ」
感圧板を踏んで槍衾に串刺しにされていくトカゲも数が尽きずに仲間の死体を乗り越えてくる。
あまりにグロテスクな光景に桐香も胃からすっぱいものがこみ上げてきそうであった。
(正面、敵多し。右、上階への階段。左、行き止まり)
桐香はハンドサインを出して上階への階段と繋がる通路を行く。
篤郎もそれにならう。
(これで……抜けられる!)
罠はない。
敵も居ない。
あとは階段まで走るだけ。
他のメンバーのことは気になるが合流するためにもまずはこの危機を脱しなければならない。
通路も半ばにさしかかかり抜けられると安堵した瞬間――通路の奥に壁が下ろされる。
「……どうすんだ?」
焦りに満ちた篤郎の声。
袋のねずみ。
そんな言葉が頭を過る。
(どこ、どこで間違うた……?)
集ってくる敵。
退路はなく、活路を見いだすためにはこの三十を超える大群を相手取らなければならない。
「……どないしましょうか」
「いつもの余裕はないか」
「さすがに」
乾いた笑いがお互いに出てくる。
どんな状況に陥っても諦めないことが大事だと人は気軽に言うけれどこれは勝負以前だ。
けれど……。
そう心中で呟いて腰に提げた短剣に手を添えようとして、身体が跳ねる。
(なんや、この尋常じゃない気配……)
彼女が磨き抜いた〈気配察知〉の技能が警鐘を鳴らしている。
本能がいまこちらに来ているのは目の前の大群など子供にすぎないと告げている。
どっどっどっ、と心臓が早鐘を打つ。
視界が狭まってくる。
直後――衝撃。
暴風が吹き、土煙が舞い、巨大ななにかが煙の中から現れる。
気配の方向は後ろ。
隔壁が下ろされたはずの場所だ。
「おっ、まずは二人みっけ」
こいつは危険だと本能が訴えかける相手、それは陸が連れてきた風采の上がらない大人。
里見司その人であった。




