11 強制的ああっと!
あらかた探索を終えてダンジョンの主がいる最奥の手前で最後の調整を行っている。
といっても俺は今回まったく戦っていないので休憩や武器の手入れも特にする必要がなかった。
見張りを買って出てみるも技能値が低いとのことで気の強い女子と組んでいる。
パーティから少し離れて突っ立っている俺と迷宮の壁に寄りかかって少し休んでいる気の強い子。
ち、沈黙がつらい……。
沈黙は好きだけどあからさまにピリピリした人と過ごすそれほどつらいものは……結構あるな。
怒りをぶつけられたり存在異議を否定してくる上司や顧客と比べるとまあマシか。
こんな比較したくねー……。
そういえば、と気の強い女子にとあることを訊ねる。
「ここがボス部屋だってどうして分かるんだい?」
「〈気配察知〉っていうスキルがあるんよ。……あたしの名前、覚えてる?」
「草加桐香さん」
「覚えてないかと思ってた」
草加さんはあっけらかんと言ってみせる。
紹介された時に必死に全員を観察していたのがばれていたようであった。
この分だと言葉をあまり飾らないほうがウケがいいだろう。
俺はおどけてみせる。
「人の名前を覚えるのが苦手だから明日明後日くらいにはおぼろげになってるよ」
「随分正直やね。あたしには良いけど篤郎にやると不機嫌になるから」
篤郎……ああ、吉岡篤郎君。
ぶっきらぼうな男子のことだ。
こちらがコミュニケーションが苦手だということを理解しているのだろう。
草加さんは他の人の苦手な態度も端的に教えてくれる。
……彼女はパーティ内の実質的な調整役なのだろう。
彼女は最低限のことは伝えたとばかりに話を戻す。
態度は飄々というか気負いが少ないと評した方がいいかもしれない。
「〈気配察知〉があると近くになにかがいるか、どれくらいいるのか、どのくらい離れているのかがなんとなく分かるようになるんよ。で、それが極まるとどうなると思う」
ん、それはなんとなく分かる。
「彼我の戦力差が分かる、とか?」
「あたり。まあピンとこんやろ、口で聞いても」
それはそうだとしか言いようがない。
達人は見ただけで相手の力量を見抜くなんて話がまことしやかに囁かれているが真相は不明だ。
それに俺は達人ではないので分かるわけがない。
しかし戦力差が分かるくらいまでになると技能というよりも異能力とか超能力、そのあたりにカテゴライズされそうなものである。
「……」
こちらがぼけっと考えると同時に草加さんも口をつぐむ。
ただ視線はこちらをどこか意識している。
「なにか気になることでも?」
「いや、お兄さんなんでそんなに強いやろって思うただけです」
……今回は一切戦っていないというのにこちらの強さがなんとなく分かっているのか?
もしかしてこの子、〈気配察知〉を使いこなしているのだろうか。
「あたし、少しは目端利くほうなんですけれど、お兄さん強くなるタイプと違うんですよ」
……鋭い。
俺の成長率は低い。
ぶっちゃけ素の能力だけなら冒険者になれるかどうか分からないほどに低いのだ。
それをドーピングや装備品で補っているから強いだけである。
俺の冒険者としての才能と能力は全てレアドロップダンジョンの恩恵だ。
いわゆるチートってやつ。
草加さんの目端が利くって言葉は本当なのだろう。
どう話せばいいものかと悩んでいると彼女は慌てて言葉を続ける。
「ええと、違います。悪く言おう思うたんやのうて……」
「いいのいいの。たしかに尋常な手段で強くなれるタイプじゃないのは本当だから」
「すんません、初対面なのに」
目尻をさげ、頭をうなだれる草加さん。
そのことがちょっとおかしくて笑ってしまう。
「実際どうやって強くなったかは教えられないけれど、見立ては間違ってないからその直観を大切にしてあげて」
「ありがとうございます。……あっ、リク! そろそろ時間! 休憩しまいにして!」
足音を立てずに集団の中に戻っていく草加さん。
そろそろボスに挑むらしいが俺、必要かなあ。
◆
草木が生い茂り土壁には無数の穴が空いていた。
迷宮の主は普通のリザードマンより二回りほど大きい個体だ。
〈鑑定〉にはリザードマンコマンダーと表示されている。
それの御供に無尽蔵の大きなトカゲ、ファイアリザード。
コマンダーと名のつく通りに集団を率いる力があるのかどうか。
……ファイアリザードは火でも噴くのだろう。
おっとり女子が魔法の防護障壁をかける。
眼鏡の男子が土を魔法で作り上げたのかコマンダー以外をシャットアウト。
ただし土壁はあまり保ちそうにない。
宍戸君とぶっきらぼうな男子――吉岡君が直線通路になった部屋を進む。
草加さんは器用なことに垂直の壁を渡ってリザードマンコマンダーの背後を取ろうとする。
……俺は壁を壊したトカゲを狩るか。
あんまりやることないな……。
やはりというか彼らは敵に優勢を明け渡さずに完封してのける。
基本的に数の優位を保とうとするし、だからと言って強い相手に競り負けるわけでもない。
さすがにお供のファイアリザードを加えてしまうと形勢が逆転してしまうだろう。
だから勝てるように道筋を整えてそれを実行しているのだ。
この間からある程度作戦をきっちりと立てて共有することにしているらしく、その成果が見て取れる。
やっぱ俺必要ないよな……。
土壁を突破したばかりのトカゲの頭を叩いて処理して回っていくうちに戦闘終了。
五人のハイタッチに入れられ後始末に入る。
残りのファイアリザードを処理しようとした瞬間――視界がねじ曲がった。
なんだ……これ……!?
平衡感覚やら視覚やらがぐにゃぐにゃに曲がって混ざって吐きそうになる。
酔いが収まった……と顔を上げるとそこには見覚えのある赤いライン。
……どうやら二重ダンジョンの中にいるらしい。
それも、ひとりで。




