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01 朝起きたら家の庭にダンジョンが生えてた

EP1


 年末に組み込まれまくった道路工事の音に俺はたたき起こされた。


 ぶつくさと文句を言いたくなる気持ちを抑えて三日ぶりに外に出る。

 スウェット姿にふさわしい少し出た腹は俺の運動習慣と食生活を如実に表してくれていた。

 今年からアラサーの仲間入りを果たしたためそろそろ区の人間ドックとかの案内が来てもおかしくはないな。


 生活習慣病……まっしぐらだな。


 地方都市の住宅街、そこのまだ開発が進んでいない地区にある一軒家。

 自転車を漕げばスーパーや電車といった必要な場所にすぐアクセスできる、スローライフに向いた場所に俺は暮らしている。


 生活習慣病が徐々に追いつこうとしている不愉快さを受け入れながら郵便受けを開ける。

 するとそこには大家さんからの手紙がひとつ。


 手に取って眺めると――督促状、里見司(さとみつかさ)さまの文字がしっかりと書かれていた。


「あー……大分家賃を待たせてたな、そういえば」


 役所時代の金も底をつき、その矢先に仕事で使うパソコンが壊れなにかと入り用になっていた。

 親の知り合いの知り合いだとかそこらへんの関係である大家さんは、仕事で疲れ切っていた俺を文句を言いながらも良い借家に住まわせてくれた。

 お手製の督促状を出させてしまうほどに迷惑をかけている以上ラインは超えてしまっているが、最終防衛線までは踏み越えたくない。


 銀行に支払いに行くための準備をしようと家に戻ろうとして――違和感を覚える。


 庭の畑にぽっかりと大きな穴が空いているのだ。

 近づいてみると穴はなだらかな坂道になっており、人ひとりくらい簡単に中に入ることができそうだ。


 ああ、ダンジョンか。

 やだなー。

 駆除業者呼ぶだけの金なんてないのにさ。

 駆除は家主の問題だけど、正直ここまで迷惑をかけたくない。


 俺が東京の大学で過去問も貰えずに四苦八苦していた頃の話だ。

 地球上にダンジョンと呼ばれる異空間が出現するようになったのだ。

 ゲームよろしくその中にはお宝が眠っており、向こう見ずな人間たちが果敢に突撃していったという。


 ダンジョンの中に存在するモンスターの存在も確認され、一時期は自衛隊が動員されたこともある。


 その後攻略したダンジョンは消滅するなど、国家や自治体に致命的な危険はないと紆余曲折を経てその処理は民間に委託されるようになる。

 迷宮からは資源が手に入ることもあり、それがまた民衆を沸き立たせた。


 そして冒険者と呼ばれる職業が確立され巷ではダンジョン産業なんてものも生まれていた。


 話を戻し、さしあたってやらなければならないことを思い出す。


 まず家の庭にダンジョンが生えた場合、駆除費用やらその間の退避、そして申請書やらも必要だ。

 もちろんそんな時間と金銭的余裕はない。

 それになるべくなら大家さんにはあまり迷惑をかけたくない。


 つまりメタボ腹の俺が近隣に迷惑をかけず、なるべく金もかけずにモグリのままこのダンジョンをぶっ潰さなければいけない。


 やるのか……!?

 今、ここで!



 銀行での振り込みやら諸準備を終え、家の庭に戻るとそこには知らない女性がなにかの検査をしていた。


 ここ、俺の家だよね?


 近づきながらじっと観察。肘の摩耗具合からして年の頃は二十前半だろう。

 黒髪を肩当たりまで伸ばした女性は足音に気づいたのか振り返る。


 いや、ん……?


「わ、美人が芋ジャー着てる」


 ダッッッッッッサ。


 紺色のジャージはどこかの学校の運動着と言われても納得できる。


 顔面とスタイルだけ見るとはっと息を呑む美人だけれど芋ジャー着てるとダサさでマントル突破できそうだわ。


 こちらの心の声が漏れていたのか、美女は目つきを鋭くしてこちらに指を指す。


「アウツアーウツ、ツーアウツ。服装はこのくらい身軽な方が便利だから。そして君、国の許可なくダンジョンに侵入しようとしたでしょ。ツーアウツ」


「アンタは不法侵入でワンナウト。出て行ってくれ、これで出て行かなければ不退去罪でツーアウト」


 ダンジョン侵入には資格がいる。

 不法攻略はなかなか重めの罰金を取られるのは知っている。


 美女はやたらと整った顔立ちをしていて、中でも特に目を引くのは金色の両眼だ。

 正直ハニートラップを仕掛けられたら正気でいられるか不安ではある。


 だが……


「里見家のルールにも国の法律にもイケメン無罪、美少女無罪はない。今は金がないが国にはちゃんと届け出を出すから帰ってくれ」


 こめかみがキリキリと痛みを発する。

 コミュ障で高校まで異物、大学からは空気扱いだったんだ。

 見知らぬ人との会話なんて当然キャパオーバーだ。


 あー、さっさと休みたい。

 じゃない、ダンジョンをどうにかするんだった。


 美女はしばし悩むそぶりを見せたあと、胸に手を置く。


「わたしは八坂(はつさか)ミオ。K大学理工学部三年。専門分野はこれ」


 と言って彼女――八坂女史は庭の穴を指さす。


「ダンジョンね。……論文のネタを探してたらここに行き当たったとかそんなトンデモかい?」


 こちらの冗談めかした物言いに女史は意地の悪い笑みを浮かべる。


「ホームセンターで金属バット、作業服、ヘッドライトを買おうとしていた不審者が居たから店員さんにその人の住所を教えて貰ったら案の定モグリ……というわけ」


「個人情報保護法でスリーアウト、チェンジ」


「卒業のためならちょっとやそっとの脱法行為くらい!」


「あからさまに違法なんだよ。さ、お縄につけ」


 なんだ、ただの変人か。

 こういうのは春先に出るものだとばかり。


 俺が携帯電話の入ったポケットに手を入れると……


「ちょ、調査が終わったら駆除費用を渡すから研究させてください!」


 こちらの左腕にがっしりとしがみつく八坂女史。

 いや、力強いな!?


 駆除費用、駆除費用か……。 

 たしかに懐は寒い、寒いが……。


 要求を呑めばこの不審者も大人しくなるかもしれないし財布を寂しくさせずに目下の悩みはなくなる。

 呑まなくても罪状クロスカウンターは決められるし知らない人間を家に上げるという心労も背負わなくて済む。


 うんうんと唸っていると左腕がもげそうなほどに痛み始める。


 関節のあたりがミシミシと鳴っているけれど力強くない!?


「わかった! ダンジョンの調査もしていい! だからまず腕を握り砕くのをやめてくれ!」


「わっ、ごめんなさい!」


 自分がどれだけ力を入れていたのかを自覚した八坂は慌てて手を離す。

 地面に散らばったガイガーカウンターっぽい機械を彼女は拾う。


「ありがとうございます! それでは――びゃっ!」


 八坂女史がダンジョンへと足を踏み入れようとした瞬間、彼女が身体を大きくのけぞらせた。

 思わず転んだ女史ではあるが綺麗に受け身を取って擦り傷は避けたようである。


「……なにしてんの?」


「入ろうとしたら電流が流れたんだよー!」


 ほんとかあ?

 恐る恐る俺も入ってみるが……


「なんもないじゃん」


 ダンジョンへ侵入する下り坂になんなく進める。

 それを見て女史は大きく嘆息した。


「なんでー……?」

「どうでもいいけどさ、これ他の人が入れないなら駆除もできないよな」


 せっかく駆除費用が浮くと思ったのにな。

 ……じゃあ自分でどうにかするしかないか。


 今、ここで!

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