第三話
イザベラが地面の玻璃色の魔石や残っていた外壁の壁画のようなものを観察していく。そこにはこの地の魔石の礎となった竜が町を支えている風な絵が描かれていた。それ以外にも獣人と人間が楽しんでいるような絵。人間と竜が『契約』している様を描いたもの。あとは落書きとかが残っていた。その間紫蘭はイザベラが見ている外壁に登って物見のていで辺りを見渡していた。
しばらくして下にいるイザベラを雪だるまを並べながら見守る。たまにすれ違う盗賊たちにも「やあ! 見回りしてるんだ」と気さくに語りかけていた。「おつかれさん」と返してそのまますれ違っていった。紫蘭はその対応を見てやっぱり肝が座っていると思いながら隣に降り立つ。
「……ここがどのようにして、滅んだかは知っているか?」
「えっと、いくつか説があるみたいですけど、よく見るのは疫病とか獣人と人間の争いとかですね。竜の襲撃ってのも聞いたことありますよ。あ、紫蘭さんはそれを見てるんですよね?!」
「いや、残念ながら聞いただけなのだが、双方による争い中に現れた『契約者』の竜によって疫病が蔓延したことで滅んだと……そういう意味ではどれも当たっている」
そういいながら外壁の慣れ果てを離れ、中心に向かって進んでいく。外側は石造りの家が多かったが、中心部はガラス張りだったこともあり周辺の景色は家の土台部分のみとなっていく。普段は地下で生活しているようで女子供がそこから出てくる様子が進んでいく中で見受けられた。
「まだ暮らしてるんだね」
「同情はするなよ」
「うぅ、この組織を壊滅させるつもりだったんですよね」としょんぼりする。
「……はあ。まあ杯の価値を見出したその目に免じてやめておこう」と伝えるとぱあと顔が晴れる。紫蘭は分かりやすいと思いながら困ったように笑った。「さ、そろそろだ」と紫蘭が盗賊の本拠地――過去宮殿だった所に着いた。
昔の宮殿は正方形型を基本として、王座付近は八角形に特徴的な丸屋根。硝子張りで地面の宝石が内部に飾られた翡翠、水晶に土耳古石など反射で万華鏡のように輝いていた。
そういう過去の景色が一瞬紫蘭の脳内を掠める。
今はもう壁や天井は今使っている盗賊組織が補強しただけの木材で埋め尽くされていた。出入り口の周りは水晶が鈍い輝きを放っている。恐らくは使い潰された魔石を置いているだけだと推測された。
それによりこの薄暗い場所を灯していた。
「おい」と声がかかる。イザベラが「えへへ……お疲れ様ですっ」と返す。手慣れているなと思いながら、紫蘭は一歩後ろで周りを一瞥する。ここにいる者は片手で数える程度。
紫蘭が一歩踏み締め、地面に再び着いたと同時にここは氷の洞窟へと変貌を遂げた。
過去の情景とまた違った美しさで、木材を適当に打っただけの天井は氷柱となっており、その色彩は青から白へ暈繝していた。
イザベラが喋っていた者も時間が止まったかのように凍っていた。
「ふぁ…………わあぁ。いや、ダメですよー!」
「だ、大丈夫だ。多少の凍傷は免れんが鼻で呼吸くらいできるだろう」
「もーー。紫蘭さんって、ナーシャみたいですね。聞いてくれないところ」
そう言いながら、ふにゃと笑う。兄がいたのかと思いながら、「あっ、兄です。戦闘とかは習ったんです」と続く言葉に「成程」とちょっと前の対応を思い出す。
「脳筋かぁ……、ぼくが後は対応しますから、ここで見ててくださいね!」
「わかった」
そう言っていつの間にかイザベラの懐から出てきていたスライムと共に奥に行く。若干嫉妬しないでもない紫蘭が外から追加の援軍が来ない様に見張る。
紫蘭が警戒しながらもイザベラたちを目で追う。宝物庫としている場所は近場にあるらしく「あっ! ここ」とぺたぺたと壁を触っている。
「ちべた」と今は一面氷なので触ってからすぐ手を擦る。下で弾みながら進んでいたスライムも「?」という表情でつんつんしたり舐めたりして触っていた。
「紫蘭さーん! ここ解かすことできますか?」
「ああ」とぶんぶん手を振る一人と一匹に向かってここを氷漬けにした者が控えめに手を振る。するとその壁だけ封印が解けた様に融解していった。
イザベラが少し肩で押すと扉が開いた。中は元王座の場所。自治区全体の資産をここに集めて管理しているらしく、その広い部屋に硬貨等が山積みされていて黄金に輝いていた。
「あ、あれかなぁ? 聖杯」と呟くと肩に乗っていたスライムから触手が伸びていく。「ぽこ」という嬉しそうな音を立て飲み口とした部分が鈍く光る金でできた透明な杯を器用に引き寄せた。「音立てるくらい嬉しいんだね」とそれを受け取る。スライムはその中に入っていく。ぎゅうぎゅうで零れたところは糸を引くように落ちる。それでもソレは嬉しそうに目を細める。さながら器に収まる猫の様でほっこりする。
そんな背徳的な真っ黒な飲み物が入ったそれをそのまま持っていく。
「紫蘭さーん」と他の金貨には目もくれず、見張っていた紫蘭に声をかける。
「おお、あったか」と名状しがたいその飲み物が入った杯を受け取る。紫蘭もそのスライムと同様にふにゃりと表情を変える。
「そういう顔もできるんですね」
「からかうな。君は意外と言うのだな」と指摘する。手をぶんぶん振って「違います」と慌てて弁解するイザベラ。それにふっと笑いこれからのことを伝える。
「さ、からかう君に帰りのことだ。まず今外壁の周りに適当な氷像を作った。それを今から動かす」というとイザベラがジト目になる。それに紫蘭は手を仰いで「案ずるな。ただの陽動、木偶だ。盗賊どもを攻撃はしない」
「はあ。ぼくはどうすれば?」
「俺を追いかけろ」と杯をテイスティングするように回す。「ぇ?」と今度は目を丸くするイザベラ。
「君はそのままの服装で仲間に侵入者がいて襲撃を受けた……と大声でここの状態を伝えながらな」
段取りを説明してから、その杯の中身に口づけする。同時にイザベラに杯を渡して、自らは盗賊の服を脱ぎ始めた。そして白銀の鳳凰に変化する。
杯にいた中身はその鳳凰に巻き付いていく。周りの氷の氷柱が落ちて衝撃音が轟かせ、外の人間にこの場の異常を自ら伝えた。
ぽかんとしていたイザベラは慌てて受け取った聖杯を落とさないように服の中に仕込んで、代わりに魔道具である羽衣を取り出す。その間故意に音を立て、元宮殿の壁を破壊して出ていく紫蘭。凍らせた盗賊たちに瓦礫が当たらないように指を切って「白雀皆を守ってて」とちょっとしたバリアをつけてあげた。その雀の一匹を自分と紫蘭にくっつけて保険を付け、「わわ」とちょっと遺跡が壊されたことを残念がりながら飛んでった紫蘭の後をその穴から「よいしょ」と出ていく。
そして「わーー、金貨が!! み、みんなぁぁ」とはしゃぐようにその辺にいる盗賊へと大声で伝える。
「ど、どうした?!」と数人が駆け付ける。
「中でっ……、なんか。封印が解けちゃったみたいで、、皆あ」と涙ぐむ。
「大丈夫だ。落ち着け……」と言われるもここで止められたら上手く逃げられないと思い、この勢いで「えっと、ぼく。あれ追うから…………みんなを!」と走って追いかける。後ろから「お、おい!」と静止を振り切り走り出す。
空をチラ見すると降る雪と月白色の空に擬態する様に飛ぶ白銀の鳳凰が白雀と共に旋回していた。そのせいか先ほどより大きな牡丹雪が視界を白にする。下から盗賊が攻撃しているようで炎が舞い散る。しかし白魔の中小火では心もとなく案の定紫蘭に到達する前に消えていく。
ある程度二階が残っている廃屋に「わーー待てぇ!!」とぴょんぴょん飛び乗っていく。紫蘭と氷像の陽動のおかげかイザベラのことを盗賊たちは仲間だと思っているようで「頼んだ」と声がする。
助走してから羽衣を翼の形に変えて、ふわりと飛んでいく。それを巻いているのが腰のため、屈伸した不格好な状態で飛んで行った。それを紫蘭が見届けて行きの時とは逆方向に飛んでいく。それをイザベラが追っていく。
そのあとをふわりと綿雪が尾を引いて散りゆく。
それから瑠璃色の森を過ぎて、町が遠くに見える草原まで飛んできた。ここで降りると紫蘭が目で訴える、「うん」とイザベラが頷く。下降していくと同時に紫蘭が人間に戻っていってゆっくり降りていく。
翼だけ残している様は自分の種族みたいだなとイザベラは思った。ちょっと羨ましそうにしながら続けてふわりと降りる。
「助かった」と紫蘭が振り向く。
「あっ、いえ」と懐から恐る恐る聖杯を取り出し、全裸の男に渡す。黒い腰布としてスライムが頑張って隠していた。それにクスリと笑う。「紫蘭さんって人間じゃないんですね」
「いや、元かな? 我が妻のせいでこうなった」と指さすのは黒い腰布。目がぎょろりとイザベラの方を向き孤を描く。恐らく笑っているのだということは分かった。
「お、奥さん……?」と手のひらで指す。
「ああ、昔は討伐対象だった。だが、当時この力を褒めてくれるのは彼女だけだった。そういう意味で俺は惹かれていったのだ。今は……そうだな。せめて弔いたいという気持ちだな。だからこそ魔石の森に湧く『彼女』を率先して討伐している」
「紫蘭さん……」
「正直何故勝手に消えたのか少し八当たってはいるが、許してくれるだろう。それにこれをこれで可愛らしいだろう? 君は歴史が好きなようだし、少し話をしてあげよう……!」
そうして初任務は奪われた方ともう一つの聖杯をわざわざ借り使って、五日程イザベラに語り終わった。
お読みいただきありがとうございます。
以降のエピソードは一度引っ込めました。
リライトして、公開したいと思います。