第四十六話
教会が浮遊する下。
帝都は例年以上の寒波に見舞われていた。研究施設の大きな倉庫のシャッターを半分開けて寒さを外のヒーターでしのぎながらアスラとアルフェルドは空の上を見る。しかし白に覆われて最早教会本部のクリスタルさえ見えなくなっていた。
ペペが「あ!」と声を上げる。
そして「にいちゃん」と手をふる。炎の大魚が泳ぐように近づいてきた。アルフェルドも手をふって応援に手を振る。アスラが「あれがぁ……」と寒さからか舌足らずになりながら呟く。
ペペの研究室のボードの写真に写っていた人物。ヨツィンが支援に来てくれていた。というのも紫蘭がもしもの時十字軍の誰かしらを応援として呼べと雪玉を書き手紙のような形でこっそり置いていた。そこで妹であるぺぺが「おねがいしたら絶対来る」というヨツィンを呼んだ。
炎から現れた三つ編みの男が妹に向き合いお土産の飴をあげる。「わ!」と喜ぶ。代わりに妹は「タオル巻いてネ、にいちゃん……」と全裸で仁王立ちする兄にバスタオルをあげる。
「アリス様のご要望と我が妹の願いじゃなかったらここには来ないつもりだったんだが……存外我ら十字軍のほうが強いものが多いから率先して呼ばれるのは仕方ないか」
「はいはい、にいちゃん。ちゃんと働いてね」
「よろしくね。ヨツィン」
アルフェルドが声をかけて、妹ぺぺを撫でていたヨツィンが頷く。
アスラの目はきらきらで隙あれば戦うつもりの様子。アルフェルドはこうも血の気の多い第六以降の十字軍と第五部隊以上――例えば第一のルシフェルとかがおらず内輪揉め回避できてよかったと思うばかりだった。
雹が降り始めた頃。彼らがいる研究施設の手前に位置する騎士団専用の宿泊施設で大きな物音がしたので皆吹雪に流されないように向かう。
外では火の魔石をつけた魔導車が除雪しており積雪で足を取られる心配はなかった。
ここは第二部隊の半分が現在使っており、アルフェルドたちの想像通りオーガ化した者たちやそれに攻撃されたものが倒れていた。だからこそ待機していたのもあり、早速ペペが施設に耐火の魔石を取り付ける。
それを見計らってヨツィンとアスラが雪椿と桔梗色の火の海を展開する。その混色はオーガたちを怯ませ、無事な隊員を守護する助けとなった。
「へへっ」
アスラが楽しそうに笑う。
あまり共闘しなさそうなヨツィンとすることができ、その彼が泳がす火の金魚たちを揺動としてオーガたちを引きつける。その間アルフェルドとペペが負傷者を運んでいく。
アスラは二人がすべての騎士たちを避難するのを見計らって「オラァ!!」と暴れだす。混乱するオーガとなった騎士たちを手刀で気絶させるように爆破させていく。
「……っし! あと五体?? ひゃあ……!」
「もうそんなものか」
始めてからすぐ炎の消えたヨツィンが背後に現れ驚くアスラ。「ビックリした」とアスラが呟きながら、彼をキラッキラな目で見る。
「変な声で驚くな」と呆れアスラの上を飛び跳ねダイブする。
『炎燼の人魚』という二つ名の通り下半身が魚になっており炎の海を泳いでいた。
火波と飛沫を立てて。
尾鰭が立ち、再び潜る。
そうしてオーガからの攻撃を躱す。そこから彼は波打つ炎による酸欠やアスラのような不意打ちをオーガたちにしていた。
「……はぁ、そういう目で見ないでくれないか?」と眉間を押さえる。「えーー」と駄々を捏ね、アスラはまたオーガをあしらう。綺麗だし強いしということを言うとまた引かれて手合の練習に誘えなくなるのでこれ以上はやめておいた。
「あとの彼らは私が誘導しよう。周りを遊泳するから、その隙に対処してほしい」
「了解っす」
横に来たヨツィンが提案して、また炎海に身を乗せる。
アスラはちょうど試したいこと――「ルシにできたんだから俺にもできるよな?」と遠目で見ていたオーガを縛る炎。それが気に入っていた。土壇場で試すのも気が引けるがやはりやってみたい気持ちが先行したようで「よっ!!」と床で燃えている火を使って操る。炎は渦を巻き、オーガに巻き付く。しかし火力が弱かったのか、火傷も意に返さず腕を振るい、泳ぐヨツィンとアスラに襲い掛かる。しかしお互い左右に身を翻して躱す。「何をしている」と叱咤する。「す、すんませんっ」と今度はオーガの四方八方で揺らめく炎から鎖が放たれた。
「よ、よし!! じゃあ続けて……! 紫焔よ!!」
調子に乗ったアスラはたまたまできたそれを一人二人と捕縛していく。最後になると酸欠状態になっているのか動きは鈍くなっていた。「後は医療や研究の仕事だ」とヨツィンが止める。「お。おうっ。あ、ありがと」とアスラが燃焼せずとめてくれてよかったとほっと胸をなでおろしている外から衝撃音が聞こえた。
妹もそこにいるため「出るぞ」と耐火の魔石があるためそのまま急いで出る二人。
外を出て空を見上げると雪と共に先ほどまで小粒程度だった雹が現在岩大の氷塊となって降り始めていた。流石にと思ったのか帝都で避難指示のサイレンが鳴り響いていた。先に出ていた負傷者たちも持っていた火の魔石で対処しているようだが海に小石を投げるようですべての落ちる氷の岩には対応できていない様子。再び人に戻り、急いで妹の所に駆け寄る全裸のヨツィン。それに「にいちゃん」と困惑しながらもピンク色の炎で溶かしていた。
「遅くなった」と言いながら火鮫を飛ばしてその空の数個のそれを食べて溶かす。そしてそのまま「アリス様……」と空を見る。
「アスラちゃん! 終わった?! ありがと。疲れてる所悪いけどまたお願いできるかしら」
「え? ぅわあ……ししょー……? レイラと……。かなあ」
「感傷に浸るのは後よ。アスラちゃん人はもちろん、建物の被害は最小限に、……できるかしら?」
了承するより先に均一に建てられている今は白くなっている街頭に目をやりその中に付けられているであろう「おっけ!!」という元気な声と共に「紫灯爆散!!」と言って爆発させ、その街頭を中心に火の海を再度展開させて同僚のマネして火の玉となって去ってしまった。
「流石ね……」としっかり建物を犠牲にしたことに頭を抱えるが、彼もペペから借りた魔石で落ちてくる雹岩を溶かして道路や建物の被害を最小にして落下させる。更に自分で地を操り避難中の人のための壁を作っていった。
ある程度防御していると次第に雹は小さくなって、第二部隊の負傷者たちが冷たさも頭に消えたのかその場にへたり込む。「おつかれ」とねぎらう。
空を見ると雹とは違う塊と鳥が落ちてくるのが見えた。一方の鳥が今回の元凶かとため息をつく。
「はあ……、地、迷泥となれ」
ぼちゃんといい具合に受け止められた。塊の方はレイラだったほうで「レイラちゃん……」と止められなかったことを悔い憐れむように呼ぶ。そして泥から救い出すが、当の本人からは返答はない。代わりに付近から「たすかった……」と翼をうまく利用してほぼ五体不満足状態の紫蘭が這い出てきた。
「アスラちゃんがここにいなくてよかったわ」
「……あ、ああ。そうだな……、こいつもどうにか利用したいからな。能力は褒めるべきところがあるからな。うまく十字軍か医療部に連れて行ってやってくれ」
「はあ……、部下想いなのかただの肉壁にしたいのかわからないけど、まあ悲しむよりマシだわ。色々言いたい事があるから……すぐ戻るわ」
「あ、ああ。もう枷はやめてくれ」
アルフェルドはそう言ってから、遠くで聞こえるアスラたちの声から逃げるようにレイラを抱えて雪の中砂塵となって消えた。