第四十四話
白い羽根を落として一歩、また一歩と踏み出せば豪華絢爛なそのホールは忽ち白と化す。そして未だにパリパリと恐喝するようにわざとらしく音を立てて凍りつく。
吹雪により隠れてしまった月の代わりに銀の髪から覗き見える右の反転眼。それに沿い縦にひび割れた頬。しまっていない翼。雪明かりが逆光となって不死鳥を後ろから照らす。
その不死鳥の姿に「ひ」と怯え後退していく。
即座に対応できなかったものや気づかなかった者から氷像へ。其の凍った体から白い蓮の花が咲き誇る。部隊の者は後退しながらレイラに指示を仰ぐ。
「レイラ様。枢機卿は既に……」
「……わかってる。あの人は『聖女様』は崇拝していたし、それなら紫蘭がいてもいいというお考えだ。だから期待していなかった」
「……ええ。しかしこ、この状態は……。あと、凍るのを回避した者のほとんど魔法が使えないとか。
体から出た華のせいでしょうか?」
副隊長が囁きながら報告する。今も部下二、三人がバリアを貼りながら応戦していた。既に四十人近くいたはずがもう九人程度。己の部隊には期待していなかったが、対策していてもこれで、「使えない」と誰にも聞こえないような声で呟き、髪を指に絡ませる。
レイラは紫蘭相手に勝つつもりだったので、髪を解いてはまた絡ませながら次の手を考えていた。
「レイラ様……?」
また一人二人と氷華を咲かせた者たちから何も出来ずに凍っていく。副隊長がもう一度呼ぼうとした時「雪解けは否。冰櫻咲き誇る…………」と虚な歌が聞こえてきた。
そのせいか、最早室内なのに外にいるくらい吹雪く純白なホール。またこの場にいるだけで、攻撃されずとも無条件で咲いていた。
騎士たちは武者震いか寒さか、恐怖からか皆震えているのが声音から漏れる。
「――そうだ。おまえに勝つためなら、なんでもする。どんな手も使うさ……」
チラッと見ると、副隊長と他五人程度は咲いていなかった。また、紫蘭の方も観察すると天候を変えるくらいだとしても、本人はどうやら満身創痍。
取り出した剣は一切使っておらず威嚇用らしい事、歩いて威圧や歌は囀るがそれ以外はしてきていない。もちろん紫蘭は映らなくなったスクリーンを見ておりレイラも釣られてそちらを見る。向こうにいる彼らも慌てていることだろう彼らには彼らでちゃんと役割がある。
応援はやめておかねばそうレイラは分析して、水が得意な者ばかりだがまだこちらに分があると思った。
「……魔石は血から出来、血は水、液体。液体はやがて脳まで犯し操る。……支配するのは楽だ。本当に。
オレ自身の血を輸血したら一体どうなるのか。オレから出た魔石を誰かが接種したら一体どうなるのか。
これを試さなかった奴等がいないのが不思議だ。それとも力さえ持てば良い脳筋のアホばかりだったのか?」
「……アスラのほうを選んでよかった」
「黙れっ」
紫蘭の元に行きながら「うぐ」と胸辺りを抑える。すると、掌には美しい燐葉石。しかし副隊長たちから見てレイラが何をしているのかわからない。
「枢機卿との会話は良い勉強にはなった……それだけ。後は影に隠れて、給水所のタンクにオレ自身の魔石の粉を混ぜたり、おまえのためにあの女を仕込んだり。……この辺は感謝してほしいものだ。
特に大変だったのはテストで街の者たちのオーガ化した際の事後処理だけだな。
上手く操れるか、わからなかったからな。結果失敗したが、……強襲としてなら使えるのはわかった辺り、有意義だったな。
今のおまえなら五体のオーガ相手には戦えないだろ?
やっとオレの願いが成就する――」
「れ、レイラ様……?」
彼の後ろ、テーブルに隠れているレイラの状態を不審がる部下が呼ぶ。その鶯色の石を抱き、願いを込めているらしく反応しないレイラ。
紫蘭はレイラが何をしようとしているのか激昂の中にいても冷静に判断していた。しかしできる事と言っても彼らを凍らせるか、雪花を咲かせるか。先にレイラの邪魔するため「冰刃よ、踊れ」と氷の矢を放つ。
しかしレイラの方の提唱は終わったようで優雅に躱される。代わりに部下を二人戦力外にする事ができ、例に漏れず綺麗な花を咲かす。燐葉石に口付けして、
「鬼雨現れよ。あいつを蹴散らせ」
「れ……い、ぁ…………うっ、、」
無事残っていた副隊長含めた三名が頭を抱える。
ぶくぶくと肢体は膨れ上がっていく。額からはそれぞれ異なる色形をしたツノ。肌も脈が浮き出、赤くなっていた。
紫蘭が港町で応戦したオーガ。
「やはり……」とソフィーが配っていたあの薬の中身やソフィーと戦った際彼の名前を言っていたのを思い出す。
紫蘭が再度氷の矢を放っていたがその巨大な腕に振り払われた。それに「は……ははは」とレイラが嗤う。咲いただけの者で氷像にもなっていない者たちはこれも回避していたので腰を抜かして後ずさる。
「さ。さっさとあいつを殺せ」
変身時苦しそうにしていた彼らがようやく落ち着いたのを見計らってレイラが指示をする。オーガたちはレイラと紫蘭をそれぞれ交互に見る。途端「――なっ?!」とレイラを攻撃する。くるりと躱すレイラ。
「失敗か…………、本当はオレが下したいところだが高みの見物でもするか」
液体のように這っていき、レイラは上の方に行こうとしたが、天井に行く前に紫蘭が「細冰よ」と呟く。
キラキラと光る空気。周りの温度を下げて液体は全て凍らせるつもりで、レイラの液体化を防止する。次いでにオーガたちへの氷の矢への攻撃は怠っておらず、少しずつ押していく。所々小さな花を咲かせ、彼らの体も攻撃も心なしか小さく弱くなっている気がした。
紫蘭は彼らに対する憤怒と天候も相まって火力を上げていく。オーガの対応はずっと止まらぬ青の矢。
大丈夫そうだと紫蘭はレイラに向き合う。
彫刻の様に美しい白磁の肌に背中からは極光を奏でる翼。
レイラはそれに圧倒しそうになるも「このっ、、」と沸騰した水を拡散するも雲となり漂い霧散する。
恐らくは開発したのかもしれないそれ以外の水魔法を出すが不発に終わる。「クソッ」と悪態を吐いていると急に素早く近寄る紫蘭に焦る。
再び液体化して逃げようとする。それを氷剣を腰から抜刀して刺す。それをするりと抜けていく液体。
「悲しいものだな。昔は正々堂々としていたというのに……。それにミゼーアが誉めてくれた水を操る事ができるだけで、羨ましいというのに。力は持てるが長く生き天人となるなら人として剣だけを狂ったように俺に向けてくれたら面白かったのだがな。
しかしそれとこれとは別だ。ソフィーに対する仕打ち、許すわけにはいかないな、逃げるな。
はぁ…………アクアの方が頭良く立ち回っていたぞ?」
紫蘭にしては珍しくミゼーア以外の人間を安否する言葉を口にした。それに加え、煽ってあげると液体は再び人の形取る。その額には美しい燐葉石のツノが生えていた。