第四十話
━━ごめんなさい……。
彼女の蒔いた火の玉をかわさず、腕で受け止める。
それは雪の様に崩れ去る。ソフィーは心の内の声とは裏腹に
「ぅ…………ば、化け物……!」と、罵倒する。
「――っう……!」と、その腕が溶け落ちる。
その痛みではなく言葉に傷付き、膝をつきそうになる紫蘭。
長椅子の背もたれに手をかけ倒れることはなかった。
が、それをみてソフィーが後退り、左のドアから外に出る。
(━━逃げられるっ…… あの炎、アスラほどじゃない。
多分、魔石のもの。……有限だ。
彼女は違うかもしれんとは、思ってはいる、が……
あの声形でモノを言われては、な。
俺はまた耐えられるかな? ……多分無理だな。
……彼女を前にして剣を振ることは俺にはできないな。何千と経ってもこれか)
「ふっ」と、甘々な自分を嘲笑う。
そして、椅子に手をかけ、立ち上がった。
鉛白色の教会内。
一瞬で凍らせた内の一人に目をやる。
ラフな服装をしている男たちの中、目立つ程唯一鎧。
先程自分を濡らした部隊と同じ紋章が目に入った。
彼も顔から腕から肌が露出したところから綺麗な氷の蓮華が咲き誇っていた。
彼女を利用した者を弑しなければ。全て……しかし。今は、と思いソフィーを追う。
紫蘭は出てきた建物を見遣ると、任務の詳細が書かれた書類の中の写真の建物だった。
灰の空。
再び雪が舞い降りる。
それと共に火の玉が舞い落ちる。
紫蘭はフラフラと数弾は避けた。滴り落ちる雪解け水は彼の涙の替わりをしてくれている。
「あなたに言った私の過去……。
綺麗に簡単に言ったけど、その程度じゃなかった……!」
どうやら紫蘭と戦うなら真っ向からは無理と判断したのか、ソフィーは教会から出てすぐに隠れたようで枯れ木のどこかで声が聞こえた。
紫蘭からは見渡しても、分からない。
「元は私。王族らしいの。
足がマヒしてて、母も身分が低くてどこにいるかわからない――……。
……らしいって言うのは私が預けられた生家は信頼していなかったからよ。だからその言葉も信用してなかったもの
現にその家の人間私には見向きもしなかった。
……それに、足の悪い人間を二階におく? 食べるものも、トイレも一階……毎日毎日最悪だった」
どこからか悲痛な声が聞こえた。
彼女の悲痛な叫びが、声が、全て透明な刃となって、紫蘭を穿つ。
紫蘭はある方の腕で氷の剣を作って、どうにか火炎を防ぐ。しかし剣は紫蘭の心を写しているかの様にボロボロで、すぐに折れてしまった。
その心情を知ってか知らずかまた火と共に追い立てるソフィーが、
「あの人……生家とは逆の派閥。
教会の人……
私を助けてくれた。もしかしたら、王族の噂を聞きつけたからか分からないけどそこから助けてくれた。
君を助けてくれるって………!
秘薬を飲めば足も治るっていってくれて……飲んだらすぐに効果があったの」
と、右の木の影から出てきた。
魔石切れが起きたのか、ソフィーの持っている剣の柄。炎の魔石。緋色に光るはずの魔石は、透明。クリスタルの光が無くなっていた。振ってはいるが切れたのがわかった。
これが好機と分かっていても、紫蘭はミゼーアを攻撃する気はなく、防衛しつつどうにか立ち回り、落ち着かせる手段を考えていた。
しかし、無策。
全く良い案が思いつかない紫蘭。
そもそもソフィーへ何かするなら自分が倒れた方がいいとさえ考えていた。
そんなことは知らずにソフィーは、
「私の足の感覚が分かったの。
立って歩くまで大変だったけど……くすぐったいとか怠いとか疲れたとか普通の感覚が新鮮だったし、嬉しかったわ」
でも、と続ける。
「……救世主だと、最初は思った。
━━でもやっぱり違った。
魔石は血から出来、血は水、液体。液体はやがて脳まで犯し操る。……支配するのは楽だと言ったの」
魔石の効果が消えた剣をカシャンと落とす。
そしてソフィーへ手のひらから水球を出した。
「その人は私に皆に伝えた。
耐性の無い人間たちを鬼と化してここを混沌させる。あわよくばあの人に汚名を着せられる、戦えるって言って……
幸せって平穏って何だろうって思ったの。構って貰えるだけ、歩く事が出来ただけ幸せなのかな」
と、その水を己の周りを器用に囲い、「……水漣よ連なれ」と低い声で。昏い言葉を紡ぎそれを紫蘭に噴射した。
水は鋭い剣や槍となり、それを目眩しにクリスタルの効果の切れた剣を紫蘭に突いた。
「━━!!……っかは」
気力のない紫蘭にはかわすこともせず、噴射された水を凍らせることもせずその身で受けた。
「ここはずっと私にとって、……地獄」
剣を身で受けた後、ソフィーはそれを抜かず素早く後退し、その後すぐ水の槍が戦意喪失した紫蘭に襲いかかった。
枯れ木の一つに隠れていた不定形の猫が紫蘭の言いつけを破ってまで守ろうと、潜り込むもひと足遅く。
雪は解けていった。