第三十九話
その頃。
クリスタルの下の帝都に降りたった紫蘭。
そこを紫蘭は手枷も解かれある意味『彼女』とのお散歩。悠々と歌いながら歩いていた。彼女に聴かせている様に歌う。
歌うのをやめ、鼻歌に切り替えて、その中のある廃屋に入っていく。鼻歌をしっかり聴いているのか、一つ目の猫は肩に乗って目をつぶっていた。
二階建ての一応家。
しかし一階に居ても、灰色の光が差し込む。それほどのボロ屋、人さえ住めないような廃屋であった。
しかし周りのどの家もその様な有様で、ここ以外はトタンや木の板を置いただけの小屋。ここは所謂スラム街。
━━こんなところ、誰も気にすることはないだろう。
灯台下暗しとはよく言ったものだな。
もうすぐだ。 ミゼーア……。
そう思いながら、その家を隅々まで探し、不自然にカーペットのある床を見遣る。それを足蹴すると、床下倉庫が見えた。
その床下の戸を開ける。
すると、更に地下に通じる階段があった。
その通路はこの家とは逆に綺麗で違和感しかなく。
ここか。と、紫蘭は歩みを進める。
階段を降り、扉を開くと下水道。
下水道のわりにこのスラム街程臭いはなく、水もない。もう使われていないのが伺えた。
横幅は人七人以上程で広大。
ただ明かりが所々に灯されていてだから暗闇というわけではなく、紫蘭は足元の段差も分かった。
下には複数の足跡。
ところどころに荷物や椅子、娯楽のゲームが散らばっているのが散見され、誰かが定期的または常に使っている気配。それから紫蘭がしばらく歩いていると食事やここで寝たであろう形跡さえ散見される。
もしかしたら敵がいるかもしれないのに、紫蘭は未だ鼻歌。
まるで怖くて気を紛らわそうとする子供の様。
しかし恐怖はその表情には出ておらずむしろ嬉しそうにしていた。
しばらくはそのような生活感ある残骸を横目に歩いて行った。帝都の郊外または帝国の防壁と山が一体になっている辺りを下から抜けていっているのではと思いながら進む。
数十分程歩いた所で行き止まりに階段。
その上に扉。
横を見ると外の草木の景色が見え川のせせらぎが聞こえ、
昔はこの下水の利用に使っていたことが窺えた。
扉の中からは笑い声。
紫蘭は鼻歌を漸くやめた。
その扉をさも自分の家にはいるかのように開けると同時に、
手を開けた鎖骨辺りに翳し氷剣を作り振う。
振るいながら氷の礫を巻く。
その扉の向こう━━教会の内装の様に、長い椅子に、奥の祭壇。それを囲うように人だかり。その人だかりの一部は彼に気づくも入ってくる紫蘭が平然としすぎて仲間と思った程。だから対応に遅れた。
それを紫蘭は一瞬確認しながら、一歩。また一歩踏み出す。
その度凍る床。
一歩目で既に静寂。
「━━!!!」
ここにいた人間は美しい氷像となってしまっていた。
悲鳴さえ叫ばせず、時が止まったかの様。
先程紫蘭がこの部屋の外で聞いていた喧騒を凍らせた。
そして黒い内装までもが白銀の世界に変わった。
紫蘭は凍った氷像を切りつけながら歩く。
その傷口から青と少し赤の混じった蓮が咲き乱れる。
後から落ちてきた氷の礫も当たったところは青蓮が生え、彼らから赤い蓮が咲き、白い空間に彩を与えた。
紫蘭はそれらの間を悠々と歩きながら、
「助けにきた」とその空間に。探していた者に向かって声を出す。
その人。
紫蘭の持つ探知の手鏡の示す人物。
唯一紫蘭がわざと攻撃を当てなかった者━━ソフィーが黒いフードを取る。
「そう……ですか」
ソフィーが剣を握る。
そのあたりに緋色の宝石。
カチと軽い音が鳴る。同時に火が切っ先を奔り燃え出す。
周辺の氷はその炎の輝きで白蝋色に照らし出す。
それを紫蘭に向けた。
「━━ミゼーアっ……」と、彼女を呼び、
「何故……?」と悲しそうにその攻撃を受けながら呟いた。