第二十一話
「そうか。大変だったんだな……、今は大丈夫なのか?」と、紫蘭がめちゃくちゃ心配しながら聞いた。
「はい! もちろんですよ」
紫蘭から見ると、少し空元気な気がしないでも無いが、よくよく考えたら、昔から何かあっても聞き出そうとしても中々言ってくれない。ミゼーアはそんな女だったと思う紫蘭。それはそれで、彼も察して動いていた。
ミゼーアが紫蘭の屋敷に女主人として身を置いた時の事。
「行くけど何もいらないから……。これで十分」と必要最小限のバッグ片手に笑う彼女。
それに痺れを切らし、屋敷で過ごすと決まった前々日に彼女の家に同衾してコッソリ体のサイズを測り、黒のスリットの入ったドレスしか着ない彼女の為、自分好みなものやそれ以外の多種多様なドレス。前に彼女の目を止めたもの……と様々なアクセサリーを仕立ててから迎え入れたことがあった。
しかし待てど暮らせど黒しか着ない、クローゼットルームにさえ入らない彼女に当時の侍女たちが痺れを切らして案内して、しばらくクローゼットルームから引きこもる事件があった。
それから数週間は出なかった。紫蘭が行っても内から開かない様にする始末。紫蘭がやっと会えたのは、出先から家に帰った時で、黒髪に映える群青色のドレスにいつもは髪を結びもしなかったが、上げていて金のブローチで止めていた。
あれは衝撃的だった……と、何回目かの回想をしつつ、
「……っはぁ、君は昔から……我慢強いというか、無欲で手助けを頼まないよな……」と呟く紫蘭。それをかき消す様に、
「でも孤児院に入ってからは、修道院の人たちもお優しい方ばかりですし……スラムでは学ぶ事も何もできませんでしたが、勉強楽しいですよ!!
もちろん、義理の両親も優しいし、今はとても楽しいです」
と笑顔で振り向くソフィー。
その笑顔を噛み締める紫蘭。前にもそういう事があったと告げようとして今のこの輝きを見てからやめた。
「あ! 陽が出てきましたね」
と、恥ずかしくなってきたのかソフィーが空を見上げた。日が差し始めた。
「このまま雪解けるといいですね」
と、みぞれ雪を足で遊ぶ。
そのいじらしい感じがやはり昔を思い出す
「ああ」と賛同してついていく。
その後は他愛もない話をしたり街の案内をしていると「ここです」と、ソフィーがドアをノックした。
「すぐ終わるのでここでお待ちください」と、ヒソヒソ声でソフィー。
「わかった」と、紫蘭。
家から「どうぞ」と声がかかると、「失礼します」と、入っていった。
待っている間、紫蘭は民家を眺めた。
石垣と一階建て。
海から来る強風から家を守るためだろうか。どの家も頑丈に建てられているのが見受けられた。
また背の低いヤシの木が各家に必ず生えている。普段都心部では見かけない古風な造りなせいか、民家でさえこの街の見どころの一つといえる独特な街だった。両隣の街が観光地なこともあり、ゆったり情緒溢れる地を散策或いは魚料理を求めてお溢れのように隣から観光客が来ていた。
そんなこの地も今は紫蘭のせいで雪の降っていた。元はここは南国寄りの気候。そのため特有の派手な花々も咲いている。
その花々も初めて経験する雪で、今はとても寒そうにしていた。
(ある程度街を歩いたが、あまり貧富の差を感じないな。
住みやすいんだろう。隣が都心だったり海水浴場が有名だしな。
ミゼーアと行った時と変わらないなら、海水浴場は翡翠色の魔石が混雑したものだったか。今は行く気もないが、……いや、彼女となら行っても良いな。後で添い寝か散歩にでも誘おう)
と、思いながら待っていると「お大事に」と声がした。
「終わったかミゼーア」
「はい。お待たせしました」
次はと、その隣に。
終わると更にその隣と、入っていく。
五、六件周ると「帰りましょう」と、ソフィー。
半日程度で終わり、
(終わったのか。……なら寝るか。散歩か。
あわよくば一緒に昼寝……)
と、目を擦り、思惑する。
しかし、もう片方の手はまた手を繋いで、雪の解けた地面に彼女が滑らない様にする。ソフィーはソフィーで紫蘭が迷子にならない為に手を繋いでいるものと思って二人歩いていた。
「すみません。今日はありがとうございました」
「薬を配っているだけでなく……経過もみているのだろう? 大変だな」
「慣れましたので……教会の丘の降った所に診療所があるのご存じですか?
そこに薬とかを備蓄しているのです。
ちょっと病気の流行っているみたいで、と言ってもただの風邪だと思いますけど、忙しいみたいです。
お医者様……、その方が神父様のご友人のレイラ様なんですが、その方からタブレットで連絡があるんです」
と、ソフィーが説明。聞いてか否か「素晴らしいな、偉いなぁ」と、絶賛し頭を撫でかけるがやめた。
「っ……君は、今世も健気だな!!」
と、じーんと感動。ソフィーが呆れ笑いで頬をかく。
二人してほっこりしていると、前から昨日の輩が三人ほどで何かを探しながら歩いているのを見た。
(おそらくミゼーアを探しているのだろうな。
うむ。頭とか言われていた男、見覚えあるな……。ミゼーア以外興味がないしな……覚えがないなら、他人の空似か? どちらにしろミゼーアとは関わり無い者なら容赦しないが……)
紫蘭はソフィーの手から離し肩を抱き、後ろにやる。そしてローブで隠す。身長も紫蘭の方が随分高く、ローブも紫蘭が引きずるくらいには長い。ソフィーはすっぽり入り込んで、足元も雪が残っていたため、傍目で見れば紫蘭一人。
「大丈夫でしょうか」
と紫蘭の後ろ背でぽそりとソフィーが不安そうにした。