第十九話
「あ、アスラ……?」
長引きそうだったので、上手く魔石の使い方を教え自らはゆっくりしようかとしていた紫蘭。しかしこの通りいかないくらいアガっているアスラ。
炎の剣を創り突き上げるアスラを中心に緋色の火柱が立登る。
そこから出鱈目に焔球をだしていく。
それを躱していく紫蘭。
━━ああ、スイッチ入れてしまった……。
と、後悔しつつ、長丁場になるのを防ぐため「ほら、」と雪を舞い散らせ、細雹を吐く。普通の人だと、生死に関わるくらいの冷気。今はいいだろうと、出していく。
その衝突で幾度目かの水蒸気が立ち込める。濃い霧はお互いを隠していく。唯一アスラ自身が操る赤紫色の炎がまるで雲中雷の様に居場所を教えてくれていた。
その中のぎらぎらとした金の目が獲物を確実にとらえるように霧に隠れ、火玉を的確に投げてくる。
スピードはないが、
━━不意打ちは来そうだな。
何も考えてなさそうだが、野生の勘とかがあるのだろうな。
……おっと、まあその辺は賞賛してやるか。
と紫蘭が身構えながら火球や火箭を避けていく。
月白色の水蒸気の中。紅桔梗が咲き乱れるような、適当に見えて的確な攻撃が繰り出される。
まず避ける事に専念していく紫蘭。そして、
厚い氷壁を出し、相打ちとさせ防御。
紫蘭へは対してダメージは通ってはいないが、「へへっ」とか「はは」と蒸気が笑う。
こうなると普段「だるい」と言ってるアスラはやる気。対人でもやる気は無い時はある。紫蘭に対しては色々あるので俄然楽しそうにしていた。
ちなみに竜信者の弟の方は竜案件でのみ殺戮をしていた。鍛練でも場合によっては紫焔と化して修羅となる火天と、逆鱗に触れたらその付近さえ焱鏖してしまう金翅鳥。
どっちもどっちな兄弟だった。そんな兄の方をどうにかしようと考える紫蘭。
(どこで熱をさましてやろうか?
おまえは明日休んで明後日任務を続ける気だろうが……俺は最重要案件がある。寝ずとも良いが……あ、わざと眠そうにして、ミゼーアに撫でてもらうのもありか)
どちらにしろ徹夜は避けたい紫蘭。
「隠れるなよ……。それが取り柄だったか」
とりあえず煽ってみる。もはやお互い挨拶の様に煽り合いは常套句のようになっていた。
するとその霧の中、牡丹色の燐火が紫蘭の元に駆け寄る。地を疾るアスラ。黒の鎧も血脈のように、赤紫色を走らせていた。
剣でもなく長物でも飛び道具でもなく、拳に火を灯す。
「━━っっ!!!」
後ろにそのまま下がり紫蘭も態勢を整える。
熟練の魔法の使い手になるとその派生の魔法やもっと強力な魔法が使えることがあった。
例えばアスラのように火の席、火の使い手は光や色が変わったり性質も変わることがあった。もちろん基礎の火はそのまま使うことが出来、アスラと同じく強さを求めて騎士団に入り天人となった者達の目標点でもあった。
自分の心情や身の回りの変化でも変わり、紫蘭はミゼーアの消えた前後で水が操れなくなった代わりに氷となった。
━━数十年でこいつも成長したか?
ミゼーア以外でうれしいと思うのだな。俺もまだ人間ということか……。
と、紫蘭はたまたま預けられてズルズル受け持った仮弟子のそれにほんの少しだけ嬉しくなった。顔には出さず嬉々としながら、迫りくるアスラの拳を躱していく。
高揚しすぎて若干自我を喪っているアスラに礫を当てようとするが、熱波のバリアでぬるい水となり、頬や鎧に当たるだけだった。
それを舐め取り「へへ……、ぬるいっすね」とアスラはとても楽しそうにする。
紫蘭もその変貌にドン引きしながら次を構えた。
再度躱しては、紫蘭が今度は「冷焱よ、打ち消せ」と、地を踏みその足から冷気を纏った炎を出してアスラが放った地に這う緋炎を相殺していく。
その間に白煙から距離を詰めるアスラの剣を受け流す。
それを何度か繰り返し、
(次も来るか……? そろそろ終わらせなければ。アスラもガス欠になるし、俺の代わりに任務はしてほしいのだが。俺は明日、大事な大事な大切な用があると言うのに……。
なら、仕方ない。コイツの満足する形で終わらせるか。)
と、考え事をしながら、次弾を再び避けようとしたが、白い霧から現れたのは火剣だった。紫蘭はあえて避けなかったのか、それとも熟考しすぎたのかそれをもろに受け、
「……っぐうっ」と、痛さに呻く。
アスラはそのまま火炎の剣を振り下ろし、肩から腰まで斬る。
紫蘭はそのまま雪が散らばるように崩れ落ちていった。
達成感と同時に、正気に戻り始め、「……はぁ、はぁ…………、ぁ……ああ゛!!!? 紫蘭さま?!」
目の前の崩れゆく雪に絶句。
「えっ……」と、崩れる紫蘭に急に冷静になるアスラ。周りの火も同時に弱くなっていき、「やば」「しまった」と焦り始めた。
「え? ……あ、ええ、また蘇るまで待たねえと……。ししょ……にんむ……どうしよ」
口や頭に手をやり慌てるアスラ。
所でため息をついて、「熱は冷めたか?」と後ろから肩を叩かれる。
「え!?!!! ししょーーー!! 紫蘭さまぁーーー!!? わああああ!!」
泣きべそをかいて抱きつこうとするアスラ。
その顔を「やめろ汚い」と紫蘭は押さえて静止。紫蘭はこの蒸気に隠れて自分そっくりな雪だるま――分身を作っていた。呆れてため息をつく。
「また燃え尽きるまで炎を使うなと、警告した方がいいか」
「は、はあ……、ぜ、是非ぃ……。あ、ありがとうございました」
と、鍛錬に付き合ってくれたことに感謝し、「すんません」としおらしく呟いたアスラ。
「まったく」と、紫蘭が呆れて苦笑。
その空を見上げるとすでに明るみ始めていた。