第十七話
説話の一つ。
氷の鳳に見染められたら、一つ願いを叶えてくれる━━そんな言い伝えがあった。
曰く白魔の踊る中。氷城に棲む不死鳥の羽。それを持てば全ての病気や傷は瞬く間に治ってしまう。
曰く細氷の舞う中。黒髪の娘は外に出してはならない。吹雪に攫われてしまう。
などなど本人も知らぬ間に、誰かに作られていた。
もちろんこれは紫蘭がミゼーアが好きでただただ、荷物持ったりミゼーアの好きなものを作ってあげたりしていた。また逆も然りで、ミゼーアがソフィーのように様々な地を紫蘭と旅行に行ったり、教えてあげたりもしていた。
それが何故か伝説に。紫蘭からしてみたら、あの事とこの事が混ざって伝わっていると思ってはいたがどちらにしろ嬉しいし面白いので、そのままにしておいた。
また物も物で、国宝や曰く付きの代物となっていた。
本人はそう言う話を聞くたび、
━━良く考えるものだな。
しかしミゼーアとの品が国宝なのは良い……。
教科書と言い皆わかっているではないか。その伝説やらを考えた者たちに会ってみたいものだ。
と、本人はご満悦。
ソフィーも一部のそれを聞いた事があったのか、それともただ紫蘭が自分のいう事なら聞いてくれそうという少しばかりの小悪魔心からか。
「時間ある時で良いので……」と呟く。ただ助けられた身なため、申し訳なく思っているのかソフィーの声はどんどん小さくなっていく。
「大丈夫だ。ミゼーアの頼みなら問題ない。何でもしよう」と、頼ってくれた事を嬉しがる様に答えた。
「ただの護衛なのですが……。今日が今日だったので怖くて。よかったら、早速明日にでもお願いしたいです」
「わかった。
荷物を運ぶとかか?」
「えっと……そうです」とソフィー。
(でもちょっと世間知らずさんっぽいし大丈夫かなぁ……
名前訂正した方がいいのかな?あ、でも天人様って長く生きるらしいし、ミゼーアさんって言う大切な人とかに似てるなら仕方ないかな。……演じ切ることはできないと思うけど、……。
今日初めて会ったけど、こんなに頼られたり、代わりでもちょっと嬉しいな。
こういう人もいるんだね)
と思い、ソフィーは「詳しくはまた明日。噴水広場で待ってます。場所は……説明しましたし、真っ直ぐだから大丈夫ですよね?」
と、首を傾ける。
「……ああ。大丈夫だ」
首を傾け、身長差のせいか上目遣いになるソフィーに可愛らしさを感じる紫蘭。
しかし返答のトーンは少し低くなる。
ただ一時の間の別れがちょっと寂しいから。教会から一緒に行きたい、なんならずっと一緒に居たいという欲のあるから。それを察してか、
「どれくらいのご滞在をされるのかはわかりませんが、道。覚えましょうね!」
と、にこりとする。諦めたのか紫蘭も微笑み返す。
そして修道士、シスター等の方の宿泊施設に手を振ってから入っていった。
それに手を振り返す紫蘭。
無表情な顔にも柔らかな感情が溢れていた。それを眺めていたのか、
「うきうきっすね。付き合い長ーーーいからわかるっすよ。でももっとにっこりしたほうがいいですよ?」
と、笑顔になるアスラ。
「余計なお世話だ」
気にはしているのか、片手で口を覆い両頬をふにふにしていた。
「ア、神父さんからいい場所聞いたんでそこで鍛錬お願いします!」
といつの間にかアスラが横にいた。
まだもぐもぐしてあり、相当急いで来たのが窺えた。アスラも別の意味でウキウキしていた。
「そう見えるなら。邪魔するな、戦闘狂」
と、愚痴愚痴言い始め、「何故火の者は大体血の気の多いのだ……」「カルラもそうだ」と呟く紫蘭。
ぶつぶつ文句を言っていると、小さな火の玉が紫蘭の顔を掠めた。目を見開く紫蘭。迦楼羅━━アスラの弟と確執があるのは知っていた。方やアスラは火竜に力を貰いたくて頭を下げるも拒否され、魔石を使って結局ギルド内のランク上位にまでいっていた。
だからこそそのアスラにそれまで一切依頼達成されなかった氷牢の不死鳥の討伐依頼も回ってきたらしい。
そもそも何故紫蘭が対象になったのか━━紫蘭の住処もその付近に住む住民とも一切関わることもなかった。住民はただ魔物がいるとだけ思っており、そのためギルドへ依頼が来た。
今に至る。
なんやかんや努力家、貪欲なのだろうと紫蘭は当時から思っていた。
また弟のほうはある事件を起こしていた。アスラたちの故郷の国では、法に触れると火竜の元で魔神として炎を纏い人外として一生燃え尽きるまで従者として罰を受ける。
それを受けていた。
火竜信者の弟。
島国でそれ自体竜の宗園のようなもの。
竜の墓を暴いたり疎かにする輩を斃すので、悩みの種であった。だから、火竜のところで暇になったら、十字軍の第十部隊として紫蘭はこき使っていた。
普通の兄弟の馴れ合い葛藤そういうものがよく分からない紫蘭は、力を持ったもの勝ち。と思っていてあまり理解できない。
「昔の火天がどうだったか知りませんし、弟の方が荒れてるっすよ。火竜に力与えられたし。べ、別に力もらえなかったから拗ねてるわけじゃないんで!」
と、また火の玉を出し、足元に烽火が迸る。
「戯れるな。それにあれは罰らしいんだが」
「罰?! 力持つのが……すか?
弟なんかより俺はちゃんと場所とか気持ちとか配慮してますよ。
……それに、悲しいっす。
あの子といる時と俺と戦う時とじゃ全然違うじゃないすかぁ。仕舞いにはカルラのこと褒めてるし。
相変わらず聖女様だし……。
弟子、テキトーにあしらいすぎスよ、ししょー」
━━おまえも場所も時間も何も弁えんだろ。さっき場所移動してやろうと言っただろうに……。
そもそも弟子というより、俺にただ付き纏っていただけだったろうに……不死鳥討伐依頼出来なかったからってあそこまでしなくともな。
……それも己の力を試すためだったか。
含み笑い、その言葉を飲み込む。
「まあ、それはよく言われた」と昔の火の席の者たちを想う。そんなまったり紫蘭に、
「多分あの子も呆れるんじゃないんすか?
よかったですね、ここ居なくてあの変な黒い物体もいないし」
と、煽りに煽ってその気にさせる。
普段アスラはだるだるなのに唯一戦闘だけは積極的。特に対人。しかし、それも気分と人によるらしく、一度拳を交えて判断するという。例えば、強靭な肉体の者でも、大した事のないなら止める。
ただ、こいつはとやる気スイッチが入ったら最後。鍛錬でも殺す気でいってしまうのが難点。
「は、ははは……」
紫蘭の下の地面は氷結していた。
そんなポンコツたちの模擬戦が始まりそうになった。それを堪えて、「さっさと行け。案内しろ」と促した。