第十四話
まだ惚けている紫蘭の手を引き、教会へ案内していく少女。
この街の中心であろう噴水広場を離れる前に「ここ、大体待ち合わせにピッタリで……」「綺麗でしょう?」と一周だけ回る。
「キラキラしているのは使い終わった魔石らしいです。近くにギルドがあって、その安全祈願とか無事に帰還した凱旋とかに透明になって効力のなくなった落とすとか。いいですよね……」
と紹介して「こっち、少し遠回りだけど……海岸沿いですし、わかりやすいので、こちらの道教えておきますね」と、指差し手を引いていく。
紫蘭は手を引かれながら、
「ここは、小さいけどギルドで、……」と指さし「ここは聖騎士団事務所で、」「ここが商店街、魚が多いけど料理店もあるのです。で、向こうが…」
と、ミゼーアが紹介しながら歩みを進める。
ぴょんぴょんしながら先んじて紹介していく姿が可愛らしく、正直紫蘭は内容はあまり頭に入って来ていなかった。
そうとは知らず嬉々として今住んでいる町のいいところ、ここを目印にとかを紹介してくれるミゼーアに、
「あれは?」と紫蘭から聞いていく。そして、「よかったら、一番おいしい店に連れてってくれ」と誘う。
「ええ! もちろん」と、嬉しそうに振り返る。
(懐かしいな。昔もこんな感じだったな。
先に走って嬉しそうにここがと案内して、俺の知らなかった場所とかに連れてってくれた……。
戦地か王宮とかしか知らなかったから全てが新鮮すぎた。初めて下町に来た時は今の様に手を引かれていたな。
何故熱心になって連れ立ってくれるのか今となっては分からないのが惜しいな。
ふふ……。
特に海を見たときはどこまで続いているのかとかあの中に生物がいるのだと教えられて興奮したんだったな。
で、海を操って地面を出して、歩いていこうとしてミゼーアに怒られて……だったな)
と、ミゼーアと少し滞在した元漁村ということもあり「もしかしたらここは……」と懐かしみながら一人にやける。
「? 来たことがあるのですか?」
「い、いや。そうではない」
と独り言を拾われ何と答えたら良いのか分からず濁し、話を変えるため「そういえば、」と尋ねた。海もあの頃と変わっているのだろうなと思った紫蘭は、
「ここの海を見てみたい」
と、お願いした。
「教会は大丈夫なのですか?」
と、聞きながらも「いいですよ……と言っても通り道なので」と快諾。
(成り行きで紹介いっぱいしちゃったけど、変にはしゃぎすぎちゃったな。教会の通り道だし助けてもらったし……いっか!
それにしても世間知らずすぎ。
私をミゼーアという女性と間違ってるみたいだし……)
と彼女は密かに紫蘭をかっこいいけど変な人という評価していた。
「さ、行きましょう」と手を取り案内する。
「っ……!」
「今まで繋いでたんですが……」と急に照れる紫蘭を困惑しながら見る。
「迷子になっていたんでしょ? じゃあ教会までまたこれで」
と、ほほ笑む。
今まで噴水広場を真っ直ぐいって商店街。更に横目に漁港まで。そこからは先程彼女が言っていた通り真っ直ぐ堤防。
堤防とは反対側に椰子の木が並んでいた。
「覚えてくださいね。ほぼ真っ直ぐだったでしょう?」
「ああ。どうにか」
潮騒を聴き、椰子の木から雪が落ちていく。
「この街がこんなに積もるなんて……ふかふか。冷たくないかも」
と呟きながら、堤防の雪を触る。
紫蘭が制御できなくなった為であり、本人は己の手を引く少女が雪が嫌いではないことにホッと胸を撫で下ろす。
━━昔から俺の力を卑下することはなかった。
むしろ気に入ってさえいてくれた……
再び嬉しそうにしてくれるなら、制御できなくともいいかもな。
そう思いながらふと昔の事、前に見た夢を思い出し、話し始めた。
「覚えてるか? 覚えてはないかもしれんが……思い出してほしいのだが。
砂遊びしたのだ。意外と楽しかった。
しかし俺が海を割って散歩しようと提案した時なぜ起こったのだ?
……いまだにわからん」
「う、うーーーん?
……魚がいたから?
急に住処に変化があるとびっくりしちゃうし」
と、頑張って考えた末、彼女が答えた。その後に小声で、「わ、私ミゼーアさんじゃないから、ほんとの事はわからないけど…」と、紫蘭が聞こえるか否か呟いた。
当の本人は、
「なるほど! そうだったのか。そう言われると理由は単純なことだったか」と腑に落ちた様子。
「あ、」と、彼女が少し弁解する。
「その、俺は戦場か王宮かの二択でしか生きていなくてな。だから、はしゃいでいたのかもしれないな」
「……私と似てますね」
「記憶が?!」
「い、いや。やっぱり人違いじゃ。でもそういうことがあるからちょっと変わってらっしゃるのですね」
「か、変わっている……か?」
「ふふ、はい」
話が途切れ、堤防の向こうを見る。
灰の下、溟氷漂う。
流氷が残るくらいには凍っていた。が、海だけは昔と大差なく「おお!」と、それを眺め嬉しそうにする。
元は温暖な気候と聞いていた分、
「やはり、おかしい。どうすれば……」
と、落ち込む紫蘭。
「えっと……まあ、今度機会があればまた来ましょ!」
と、多分天気悪いから落ち込んでるんだろうと勘違いしながらも、フォローする彼女。それにと、「室内でやる遊びも色々あるんですよ?」とにっこり笑う。
紫蘭はそれを眩しそうに手を翳し目を閉じる。
?として彼女がその光景を見守ると、「やはりだめだな」と紫蘭が呟いた。
ほほ笑みとは違う諦めも混じった。己に対する嘲笑い。
その様、その空気に耐えられず娘が「ここにいても寒いだけですし、もう教会に行きましょうか」
と声をかける。
「ああ」と振り返った向こうに、
「迷子さんミッケ」と、アスラが歩いてきているのが見えた。
「紫蘭さまぁー」と、式典時の様に抜けた声が紫蘭の耳に入り眉を顰めた。