不当に解雇された執事とお嬢様
「お前はクビだ、レナード!」
「······え?」
開口一番、主人であるラルフは執事のレナードに解雇を言い渡した。
「理由をお伺いしても?」
「しらばっくれる気か?」
「そうは仰られましても、心当たりがございませんので」
さも当然というように、レナードは言い切った。
彼の言葉を聞いたラルフは、震える右手を左手で制止しながら答えた。
「メイド長のリザから全て聞いた。お前、娘のラミリスを手篭めにしたのだろう!」
「?」
貴族の娘に手を出した。
普通なら即制裁を受ける立場であろうというのに、当の執事は首をかしげるばかり。
まるで、何があったのか分からぬといった様子であった。
「さぁ、弁明はあるかレナード?」
腕を組み、自信たっぷりに問うラルフ。
それに対し、レナードは······。
「それでは、ひとつだけ」
左手の人差し指をピンと立てて言った。
「なんだ? 言ってみろ」
「はい」
ラルフに発言を促され、レナードは「それでは」と言った後、弁明に入った。
「私はラミリスお嬢様付きの執事です。それはご存知ですね?」
「そうだな」
何を隠そう、レナードをラミリスのお付きに任じたのはラルフであった。
「そして、お嬢様にはもう1人、メイドのカミュが付いております」
「ああ」
「カミュは私以上にお嬢様にお付きしております。それこそ朝晩のネグリジェのお着替えから入浴まで、付きっきりで。そのような状態で、いつ、私がお嬢様へ手出し出来るというのでしょう?」
「ぬ······」
レナードのかなり正確に的を射た弁明に、さすがのラルフも思わずたじろいだ。
それほどまでにレナードの言葉には、凄まじいまでの説得力があった。
が。
「う、うるさい!」
ラルフは思わず叫んだ。
「お前は、リザの言葉を否定するつもりか? かれこれ15年以上も当家へと尽くしてきてくれたメイド長の言葉を、たった3年しか働いていない貴様が?!」
「それとこれとはべ······」
「もういい!」
「······」
すっかり激昂してしまったラルフは、口を開こうとしたレナードの言葉をすぐに遮ってしまった。
それほどまでに、ラルフのレナードへの怒りは凄まじかった。
「貴様の顔など見たくもない! 声すら聞きたくもないわ! そのまま何も言わずに出ていけぇ!!!」
「っ!」
―――ガッッ!
ラルフは鉄製の灰皿をレナードに投げつけた。
鉄製の灰皿がぶつかったレナードの額からは、一筋の血がつぅっと流れた。
「·········」
レナードは、血を拭おうともせずにそっと頭を下げ、音もなく部屋を後にした。
◆◆◆
「父上!」
しばらくして、娘のラミリスがラルフのいる執務室へと入ってきた。
「おお、ラミリス! ちょうど良かっ···」
「父上、さっきレナードが荷物をまとめて出ていったのだが、何か大事な用向きにでも行かせたのか?」
先程までの事情を何も知らないラミリスは、真っ直ぐにレナードの事を尋ねた。
「······ラミリス、もう大丈夫だ」
「? 何の事なのだ?」
「レナードは先程解雇した」
「な?!!」
ラルフの一言に、ラミリスは衝撃を受けた。
「な、何故······」
「何故って、当然だろう。あいつはお前を傷物にし」
「···何だと?」
「!?」
ラミリスの口から出た低い声に、ラルフは背筋がぞくっとした。
それほどまでに、彼女の一言には迫力があった。
「······父よ、事情を聞かせてもらおうか?」
「あ、ああ······」
ラミリスは、怒りを露にした時にはラルフの事を"父上"ではなく"父"と呼ぶ。
その事を知っていたラルフは、何故娘がそこまで怒っているのかよく分からないまま、先程あった出来事を説明していった。
「······」
全てを聞いたラミリスはしばらく押し黙っていた。
「わ、分かっただろう? これもお前の為を思ぶっ!」
―――パァンッ!
容赦のない平手打ちが炸裂し、乾いた音が部屋中に響いた。
「ふっ···、ふざけるでないぞ父よ!」
「な······。ら、ラミリス······?」
ラルフはわなわなと震える手で頬を押さえた。
ラミリスが何故ここまで激昂しているのか、ラルフは未だに察せずにいた。
「何故だ? ラミリスよ、どうして···」
「私がレナードに、だと? 何故そんなありもしない事を平然と信じきっておるのだ?! もうろくしたな父よ!」
「なっ! 何だと?!」
ラミリスの一言に、ラルフの方も怒りが込み上げていった。
「父に向かって何たる言い草だ!」
「そうであろうが! 情報源はメイド長だったか? まさかそれだけで信じたわけではあるまいな?! 何故カミュに聞かなかった? あいつは私の世話係だぞ? 何故そこまで調べあげずに結論を出したのだ!? ふざけるでないわっ!!!」
「っ!」
その通りであった。
そのあたりの事情は、全てカミュを含めたラミリスの周りのメイドに聞き込みすれば良かっただけの事。
それなのに、ラルフはメイド長の発言のみ聞き、それを信じきってしまった。
図らずも、ラルフは"経歴や階級のみで他人の信頼序列を決めつけている人間"だと露見してしまった形になった。
「······失望したぞ、父よ」
ラミリスは、ラルフと目線を合わさずに部屋を出て行こうとした。
「ま、待て···!」
「ふん」
ラルフの制止も聞かず、ラミリスは部屋を出ていった。
バンっと乱暴に閉められたドアの音が、屋敷中へ虚しく響いた。
―――翌朝。
「遅いな······」
いつもの朝食の時間。
既に席に着いているのは父ラルフと母のアンジェリカのみ。
長兄ジュリオは王都の学園の学生寮に行っている為不在。
残すは末のラミリスのみ。なのだが······。
「あの子が寝坊なんて珍しい······。あなた、先日何かありまして?」
「う······。い、いや···」
「ん〜······?」
今にもアンジェリカの追求が始まろうかというその時。
「た、大変ですっ!」
―――バァンッ!
食事の間のドアが荒々しい音を立て、執事長のエドモンドが何やら慌てた様子で駆けつけてきた。
その手には、1枚の手紙が握りしめられていた。
「旦那様! これを······」
ラルフは手紙を受け取り、中を開いた。
読み進めて行くたび、ラルフの表情からはみるみる内に血の気が引いていった。
『くそったれな父へ。正直いって失望した。私はレナードを連れ戻す為に後を追う。私の為を思うのならば、絶対に探してくれるでないぞ。 ―――ラミリス』
「なん······、な·······」
「······あらあら」
ラルフは声にならない声を上げ、アンジェリカはいつもと変わらずおっとりとしていた。
「あなた?」
「!」
「説明、してくださいますか?」
―――ぎゅっ。
「!!!」
普段は見せない怒りがアンジェリカの雰囲気から醸し出されていた。
ラルフは観念して全てを話し、その後アンジェリカにこってりと絞られた。
◆◆◆
―――シルトの街。
レナードは、朝から商店街の街並みを散策していた。
次の勤め先を探しているのである。
「見つかりません、か······」
就職先など、そうそう見つかるものでもない。
レナードは執事として育てられてきた為、身の回りの世話はもちろん、様々な技術を習得している。
しかし、それらは全て"主の為"のもの。屋敷内で、仕える主を戴いてこそである。
通常の店では、レナードの能力はオーバースペックもいい所だった。
「おじさん、シシ肉の串焼きをおひとつ」
「あいよ」
露店で買った肉を食べながら、次の行動を考え始めた。
その時。
「見つけたぞ!」
「ん?」
聞き馴染みのある声を聞き、レナードはパッと横を振り向いた。
そこには······。
「ようやく見つけたのだ! はぁ···、はぁ···。ったく、苦労させるでないわ!」
先日まで世話をしていた、ラミリスの姿。と、その横にそっと付いているメイドのカミュ。
その2人が今、レナードの目の前にいた。
「お嬢様、どうしてここへ······」
「決まっておるだろう! ···お前を連れ戻しに来たのだ!」
「なるほど」
理由を聞いたレナードは······。
「お引き取りください」
「んなっ!」
冷静に、ピシャリと言い放った。
「な、何故だ?!」
「何故もなにも、私は解雇された身です。今さらあそこへは戻れません。どうぞお引き取りください」
「ま、待つのだ!」
立ち去ろうとするレナードを、ラミリスは精一杯引き留めようと食い下がった。
「事の顛末は父から聞いた! その上で張り倒しても来た! 謝罪は私がする! 他に私が出来る事があれば何でも、何でもするから······!」
「お嬢様······」
立ち去ろうとするレナードの腰にしがみつき、泣きじゃくりながら必死に懇願するラミリス。そして最後の一言······。
その光景を傍観していたメイドのカミュは······。
······ドン引きしていた。
「······お嬢様」
レナードはピタリと足を止め、くるりと振り返った。
「な、何······?」
「今、"何でもする"と······」
「あ···、そ、それは······っ!」
自分のした発言を振り返り、ラミリスの顔は一気に紅潮した。
「そ、それは、その······」
「まさか、あのお嬢様が······、事ある毎に私をおもちゃにしてきたあのお嬢様が、私に対して"何でもするから"などと······」
「あう、うぅ······」
レナードは、さもわざとらしく"何でもするから"の部分を強調しながら感慨にふけっていた。
「さて、お嬢様」
「ひぅ···っ!」
不意に呼ばれ、硬直するラミリス。
「お言葉に甘えまして、私からひとつ、お願いが······」
「あ、あぁ······」
レナードは人差し指を口の前でピンと立て、最後の方はほぼ囁くようなトーンで言いながら、徐々に顔を近づけていく。
ラミリスはレナードの顔を直視出来ずに目を瞑りながら横を向き、身体をぷるぷると震わせていた。
「お嬢様······。いえ、ラミリス様」
「ふぁ、ひゃいっ!」
「それでは、私の"主"になっていただけませんか?」
「······」
「さぁ、ラミリス様。お口を御開けくださいませ」
「······あー、んむ」
「おぉ、よい食べっぷりです」
レナードの望みは、ラミリスに"レナードの主になってもらう事"だった。
その望みを叶えるべく、ラミリスは現在宿屋にてレナードの"お世話"をひたすら受けていた。
「······なぁ、レナード」
「はい、なんでしょうかラミリス様」
「······屋敷に戻らないか?」
「お断りいたします」
「何故だ? 屋敷に戻れば、私の世話などいくらでも···」
「お断りいたします」
ラミリスは機を見ては屋敷に戻るよう問うが、レナードは全て丁重に断っていた。
「なぁ、レナード。どうして屋敷に戻りたがらないのだ?」
「私は"同じ主君には二度は仕えない"という誓約を自己に課しています。ですので、御屋敷へは戻りません」
「だとしたらコレは何だ? 言ってる事がおかしいのではないか?」
ラミリスは今の現状を指摘した。
「おかしくありません。御屋敷では"ラルフ様"にお仕えしておりました。今は"ラミリス様"に、です。ほら、おかしいところはないでしょう?」
「詭弁だな。父も私も、同じ"シュトレーゼン"だ。使用人は家に仕えるものだろう」
「それは見解の相違というものですね。ラミリス様と私の視点では物事は違って見えているようですので、これ以上の議論は無駄でしょう」
「ぐ······っ!」
レナードは会話を打ち切ったが、ラミリスは未だ納得がいっていないようだった。
その後もレナードの世話は続き······。
気がつけば、外は薄暗くなっていた。
「さて、ここまでですね」
「え?」
宿屋を出たレナードは、唐突に切り出した。
「ここでお別れです」
「な······っ!」
「カミュ、お嬢様をよろしくお願いいたします」
「かしこまりました」
最後にラミリスをカミュに託し、レナードは振り返った。
「お、おい!」
慌てて追いかけようとするが、ラミリスはカミュに手を繋がれてしまった。年の差もあり、カミュの手をラミリスは振り解けなかった。
「くっ、離せカミュ!」
「いいえ、離しません。レナードさんに頼まれましたので」
「お前、まさか······!」
そこで初めて、ラミリスは理解した。
「お察しの通りです。私は、彼の目的が初めからこれであると分かっておりました」
「そんな······! レナード!」
「さようならです、お嬢様」
軽く手を振り、レナードはゆっくりと歩き出した。
「待てレナード! わ、私がお前を雇うから······っ!」
「それは無理です」
「な、何故だ?」
「お嬢様。彼のさっきの言葉、もうお忘れになりましたか?」
「え······?」
カミュに指摘され、ラミリスは懸命にレナードの言葉を次々と思い出していった。
―――私は"同じ主君には二度は仕えない"という誓約を自己に課しています。
ラミリスはさっき、レナードの"主になって欲しい"という望みを叶えたばかり。
そして、レナードの望みは無事に達成され、本人の口から終わりを告げた。
つまり······。
「先程彼の"主"となったお嬢様は、もうレナードさんを雇う事は出来ないのです」
「っ!!!」
カミュの一言がトドメとなり、ラミリスは膝からその場に崩れ落ちた。
「そん、な······」
ラミリスの目から涙がこぼれ落ちる。
ぽつり、またぽつりと······。
涙は、まるで壊れた蛇口のように幾度となくこぼれ続けた。
「レナードぉ······」
徐々に小さくなっていくレナードの背中。
その姿が、涙で滲んで見えづらくなっていた。
「うっ、う······」
「お嬢様······」
「うわああああぁぁぁぁ·········! ああああぁぁぁぁ·········!」
ラミリスの悲痛な泣き声が、明かりが灯り始めた夜の街に響き渡った。
ラミリスは、レナードの姿が完全に見えなくなった後もしばらく泣き続けていた。
◆◆◆
―――10年後。
「それじゃ、行ってくるのだ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「「「行ってらっしゃいませ!」」」
たくさんのメイド達に見送られ、ラミリスは馬車に乗り込んで出発した。
レナードと別れてから月日が経ち、ラミリスは24歳になっていた。
今はシュトレーゼンの実家から独立し、独自に屋敷を購入して生活していた。
もちろん、屋敷のメイド長はカミュであった。
レナードと別れた後、ラミリスはしばらく屋敷の部屋に閉じこもっていた。
だが、ラミリスはその後カミュの献身的な支えもあって何とか立ち上がり、新たな決意と目標を固めて努力を始めた。
猛勉強の末に学園を首席で合格し、常に成績トップのままに学園を無事卒業。
その後は"シュトレーゼン宝石店"を開き、わずか数年で街1番の有名店にまでのし上がった。
そして、ラミリスは今日も貴族の屋敷へと訪問していた。
「今戻ったぞ」
「おかえりなさいませ、ラミリス様」
屋敷へと戻ったラミリスを出迎えたのは、メイド長のカミュだった。
「ラミリス様。先程ガーレンツ伯爵様の使者がお越しになられておりました。お手紙をお預かりしております」
「ガーレンツ伯爵様からか、ありがとう」
手紙を受け取ったラミリスは、ナイフで封を開けて中身を拝読した。
「なるほど······」
「どういった内容で?」
「ああ、エルマエメラルドをひとつ譲って欲しいという内容だった。エルマエメラルドはウチにあるから、料金の請求書と共にそのまま渡せれば良かったのだが······」
「申し訳ありません。そのような対応は難しく······」
「ああいや、気にしなくていいのだ。私は命じていないし、それはメイドの範疇を超えておるからな」
ラミリスは執務室へと入って手紙を机の上に置き、上着を脱いだ後に金庫からエルマエメラルドをひとつ取り出した。
それを小さな木箱に納め、布で包み、手紙をささっと書き上げた。
「ではこれを明日、伯爵様のところに届けさせてくれ」
「かしこまりました。······ラミリス様」
「ん。······何だ?」
「······やはり、"執事"を雇い入れた方がよろしいのではないでしょうか?」
カミュはやや躊躇いながらも、そう提案した。
「······」
「メイドの本分は屋敷の管理・維持及び主人の身の回りの世話などです。主が不在の場合の来客の対応となると、さすがに執事の方が体裁の面からも優秀です」
「分かってる······」
レナードの一件以来、ラミリスの心にはまだ深い傷が残っていた。
それ故、ラミリスは執事を敬遠し、これまで1度も執事を雇ってはいなかった。
だが、このままではいけないという事はラミリス自身も分かっていた。
「······検討はしておくのだ」
ラミリスは、かろうじてそれだけを言い、寝室へと向かっていった。
「······ふぅ。まだ時間がかかりそうですよ、レナードさん···」
ラミリスが脱ぎ捨てた上着を片付けながら、カミュはぽつりと呟いた。
「······執事、か···」
本日の仕事は休み。
ラミリスは、ひとりで街を練り歩いていた。
昨夜カミュが言っていた一言が、今もラミリスを悩ませていた。
「おっと」
「う···。ぶつかってしまったな、すまないのだ······」
ラミリスは筋骨たくましい男2人組とぶつかってしまった。
男2人組はどうやら冒険者らしく、軽装の鎧に加え、腰に剣を差していた。
最初はうっとおしそうな表情を浮かべていた男達は、相手が女性と分かると態度が急変。
ラミリスの進路を妨害するように立ち塞がった。
「む······。一体何の用だ?」
「いやいや。ここでぶつかったのも何かの縁、一緒に飲みに行かねぇかと思ってな?」
「う······っ」
酒臭い。
男が口を開く度に漂う悪臭が、ラミリスの表情をどんどん曇らせていった。
「あっちへ行くのだ! 酒臭くて敵わんのだ!」
「へへへ、良いじゃねぇかよ姉ちゃん」
「よく見りゃ相当美人じゃねぇか。俺達と楽しもうぜぇ、へっへっへ」
「ええい、寄るな! この飲んべぇが!」
お決まりのような絡みをしてくる男達を振りほどこうとするが、力の差は歴然。
あれよあれよという間に、ラミリスは路地裏まで流されていた。
「う! し、しまった!」
「もうここまで来ちまったら良いか」
「よっしゃ。やってやんべぇ!」
「え。ちょ、ちょっとまっ···」
この後の展開が読めたラミリスは必死に抜け出そうとするが、両腕をがっちりと捕まえられ、壁に押し付けられた。
「は、離せ!」
「ここまで来て止められるかってぇのぶぁっ!」
「な、何もんだてめ···ごぶぶぁっ! ······!」
「···?!」
背後から何者かに襲われ、男2人は抵抗する間もなく気絶させられた。
「······?!?!?!」
ただ1人、ラミリスだけは未だに状況を理解しきれていなかった。
「······やれやれ。聞き覚えのある声に惹かれてやってきてみれば、このようなチンピラ達に囲まれているとは······。これも一種の才能ですかね」
「?!!! こ、この声······」
聞き間違えるはずはない。
ラミリスも見知った顔が、今、目の前にいた。
「という訳で······。お久しぶりです、お嬢様。成長なされましたようで、何よりでございます」
「れ、レナード······」
ラミリスは、レナードと10年振りに再会した。
レナードは10年前となんら変わらず、髪型すらも変化していなかった。服装も変わらず、執事のトレードマークと言える燕尾服を着用していた。
「そう言えば······」
「な、何なのだ?」
ラミリスはどういう反応をすれば良いのか分からなくなり、何となく居住まいをぱっぱっと正したりしていた。
「先程何かちらりと聞こえましてね。確か、"執事"がどうのと······」
「き、聞こえていたのか?!」
ぶらりと歩きながらぼそっと言った独り言が聞こえていたというレナードの地獄耳っぷりに、ラミリスは驚愕した。
「そ、そんな······、はっ!」
「?」
「いかんいかん。忘れるところだったのだ······!」
「???」
ラミリスはレナードと再会した事で、10年前の記憶がまるで昨日の事のように次々と思い出せていった。
「レナード!」
「はい。何でしょう?」
「私のところへ戻ってこい!」
「お断りいたします」
ラミリスの10年越しの再スカウトだったが、やはり丁重に断られた。
だが、ラミリスには秘策があった。
「お忘れですかお嬢様。私は」
「"同じ主君に二度は仕えない"、だろう? 安心しろ、ちゃあんと覚えておるぞ」
「なら···」
「まぁ、話は最後まで聞け」
ラミリスはレナードの口を人差し指で制止した。
「確かにあの時、私はお前の望みを叶えてやった。"私に仕える"という望みをな」
「ええ、そうです。ですから···」
「だが! 私はあの時、お前を"解雇"してはいない!」
「!」
「あれはお前が勝手に出ていっただけだレナード。よって、まだ契約は途切れていない!」
「······」
一見すると無茶苦茶な論理に聞こえるが、一応の筋は通っている。
このラミリスの言葉を聞いたレナードは、にやりと口角を上げた。
「······お見事です、お嬢様」
「レナード······!」
「まさかあの時の事で揚げ足を取られるとは······。私も、まだまだ詰めが甘かったですね」
「ふふん、そうだぞレナード。私だって成長しているのだからな!」
「ええ、そうですね。本当に······」
そう言って、レナードはラミリスのある部分をそっと見つめ······。
「本当に···、成長しましたね······。······はぁ」
ラミリスの成長ぶりを褒めたたえながらもそっと目を逸らし、ついでにため息も吐いた。
「おいレナード、今何処を見てそう言った? そして何なのだ、最後のため息は!」
「いえいえ、あの頃と変わらぬ部分もあって、少しばかり感激してしまいました」
「よぅし、分かったのだ。さっさと屋敷に帰るぞ。そこで成長した私の凄さを存分に見せてやるのだ!」
「はいはい。よろしくお願いいたします、ラミリス様」
こうして。
無事に再会出来たラミリスとレナードは、まるでこれまでの10年を埋めるかのように。
思う存分語り合いながら帰路についた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この作品は約2年前に書き上げたもので、元々は連載用の骨組みとして組み上げ、ストーリー仕立てで書き留めたものです。
このまま倉庫でホコリ被って埋もれていくのも可哀想なので、思い切って投稿する事にしました(連載予定無し)。
少しでも、何か感じられるものがあれば幸いです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




