呪われカラスと魔方陣の魔女
この台本は【怪物黒猫と魔方陣の魔女】よりも前のお話になります。まだ怪物黒猫
の台本を演られてない場合は、そちらを先に演っていただけると話がより良くわか
ると思います。
声劇台本:呪われカラスと魔方陣の魔女
作者:霧夜シオン
所要時間:約45分
必要演者数:4人
●はじめに
この台本は【怪物黒猫と魔方陣の魔女】よりも前のお話になります。まだ怪物黒猫
の台本を演られてない場合は、そちらを先に演っていただけると話がより良くわか
ると思います。
男性の方が魔女を演じるのは問題ないですが、くれぐれもオネエ言葉にならないよ
う各自で台詞や語尾の変換をお願いします。男魔女(ウォーロック。決してウホッ
なものではないです。)というのがスコットランドやイギリス北部に存在するので
。
あと、漢字チェックはしっかりお願いします<m(__)m>
●登場人物
魔方陣の魔女・♂♀:大陸西の辺境に住む、魔方陣を使った魔法を得意とする魔
女。双子の姉妹に森の魔女がいる。
研究に没頭するあまり、今まで使い魔を持たずに過ごして
きた。しかし研究の進捗と共に人手が必要になり、使い魔
を持つ決心をする。
落ち着いた物腰だが、刺すような皮肉を放つことも。
(容姿は20代後半~30代)
森の魔女・♂♀:大陸東のとある森に住む、魔方陣の魔女の瓜二つの双子姉妹。
魔法そのものは不得手で主に魔法薬を精製し、それを仲間の魔
女に売って生計を立てている。魔方陣の魔女と同様、使い魔は
持っていない。性格はかなりがさつ。言葉づかいも割と荒い。
なお、過去の出来事から猫が嫌い。
(容姿は20代後半~30代)
呪われカラス・♂♀:生まれた時は他と変わらなかったが、成長するにしたがっ
て人語を解し、喋ることができるようになったカラス。
その為、他の仲間からは気味悪がられて迫害を受け、孤独
に日々過ごしている。自身は気づいてないが、魔力の素質
を持つ。
(性別逆転の際はダディでもマスターでも適当に。)
ハルシオン・♀:西の辺境にほど近い街に住む、幼い頃から病弱で更には不治の病
にも侵されている少女。16才。
迷い込んできた呪われカラスを手当てする。
カラス1・♀:モブカラスその1。
カラス2・♂♀:モブカラスその2。
カラス3・♀:モブカラスその3。
カラス4・♂♀:モブカラスその4。
ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。最後まで読むと誰か分かります。
●キャスト(例)
呪われカラス:
ハルシオン・カラス1・3:
方陣の魔女・カラス4:
森の魔女・カラス2・ナレ:
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:中世の時代、魔術や魔法薬の扱いに長け、妖精や精霊の声を聞き、自然と
寄りそって生きる、魔女という存在がいた。
魔女には身の回りの世話や護衛をする使い魔というのがいる。
ある所に一人の魔女がいた。非常に研究熱心でろくに家からも出ず、何百年
も生きていながら未だに使い魔と契約していなかった。
これは、その魔女と無数の中の一羽の、出会いのおはなし。
――クリック?
ナレ役以外全員 :クラック!
呪われカラス:「呪われカラスと魔方陣の魔女。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:大陸西辺境の、さらに人里離れた場所。
誰も寄り付かない森へ分け入り、獣道を辿った先にある断崖絶壁。
その裂け目を奥へ抜けると、魔方陣の研究に日々いそしむ魔女の家があった
。
方陣の魔女:【大きく伸びをする】
ふう、今日はこんなところね…。
最近は作業の量も増える一方だし、そろそろ使い魔でも探したら
いいかしら。
森の魔女:やれやれ、こんなところに住んで…訪ねるのも一苦労さね。
こっちの身にもなって欲しいもんだよ。
【2・3・1の回数順でノック】
方陣の魔女:! あら、珍しいわね。何十年ぶりかしら。
【指を鳴らすか、もしくは手を一回叩く】
開けたわよー。
森の魔女:久しぶりだね。生きてたかい?
方陣の魔女:貴女ね…、何十年ぶりの姉妹に会って一言目がそれ?
本当にがさつなんだから。
森の魔女:ハン、知らない仲じゃあるまいし、挨拶も省いたっていいくらいさ
ね。
方陣の魔女:【溜息】
おまけにどうしようもない不精者ときてる。困ったものね。
…それで?
不精者な”引きこ森の魔女様”が、一体何の用でわざわざお越しに
なったのかしら?
森の魔女:あんたの挨拶も大概だけどね!
一度鏡でも見たらどうだい?
方陣の魔女:毎朝見慣れた顔が映るけど?
あ、目の前にはよく似た顔もあるわね。
森の魔女:~~~ああもう、ホントに口が減らないね!
その軽口に付き合っていると話が進まないんだよ、まったく!
そろそろ魔女集会だから一緒に行こうかと思って、こうして寄ったんだ
。
方陣の魔女:あら、もうそんな時期なの?
ホント、研究しているとあっという間ね…。
でもヴァルプルギスの夜までまだ日があるわよ?
急ぐ必要も無し、まずは座りなさいな。お茶を入れるわよ。
森の魔女:仕方ない、じゃあいただこうかね。
方陣の魔女:はいはい、本当に素直じゃないんだから…。
【三拍】
お待ちどおさま。ハーブティーをどうぞ。
森の魔女:ああ。
【一口飲んでひと息つく】
あんたんとこのお茶はいつも美味いじゃないか。
どうやって淹れてるんだい?
方陣の魔女:それは秘密よ。門外不出、秘伝の技というやつね。
森の魔女:なんだい、素直に教えてくれてもいいじゃないか。
さっきのやり返しかい?
方陣の魔女:【含み笑い】
さあ、どうかしら?
それにしても珍しいわね。
魔女集会はそんなに好きじゃなかったはずだけど?
森の魔女:錬金のから頼まれてる品があるんだよ。
そいつを集会で引き渡す事になってるんだ。
方陣の魔女:あら、錬金の魔女も来るのね。
あの外見で年寄り臭い態度と言葉づかい、見ててけっこう面白いわ。
森の魔女:そうかい?
あたしゃここのところ、魔法薬を値切られてて面白くないんだけどね。
そんなわけで、仕方なく行くのさ。
でなきゃ、使い魔持たないからってひやかされる集会なんぞに、
誰が行くもんかね。
方陣の魔女:そうねぇ、いつも苦い顔してたものねえ。
すましてれば結構素材はイイのに。
森の魔女:…さりげなく自分も持ち上げてないかい…?
方陣の魔女:さあて、どうかしらねえ。
そういえば、使い魔はまだ持たないの?
森の魔女:迷ってる。なかなか見つからなくてね。
方陣の魔女:ふうん…、それなら猫とかどうかしら?
森の魔女:…あんたね、あたしが猫嫌いなの知ってて言うんじゃないよ。
ケンカ売ってんのかい…!?
方陣の魔女:あらやだこわい。
気にさわったのなら謝るわ。
森の魔女:フン……。
方陣の魔女:私もそろそろ使い魔を見つけることにしたわ。
外へ久しぶりに出てみようかしら。
森の魔女:あぁそうかい。
…ってあんた、ちょいと試しに聞くんだけどさ。
方陣の魔女:? 何かしら?
森の魔女:最後に外へ出たの、いつだい?
方陣の魔女:んー…。
【二拍】
いつだったかしら…忘れたわ。
森の魔女:人のこと言えないじゃないか! 自分のことは棚上げ棚ざらしかい!?
まったく…。
さっきのセリフ、そっくりそのまま返しとくよ。
不精者の引きこもり魔女が。
方陣の魔女:…うふふ。
ナレ:いつにも増して減らず口に磨きがかかっていた。
そしてやり返されても、まるで堪えていない。
魔方陣の魔女は姉妹の苦々しげな視線を涼しい顔で受け流し、含み笑いしな
がら肩をすくめると、カップに口をつけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【三拍】
カラス1:おい、ヒトガラスぅ!
相変わらずキモチワルイ言葉使ってんのカァ!?
カラス2:お前、きっと呪われてンだ!!
今日から呪われカラスって名乗れ! いいカァ!?
おらァッ!
呪われカラス:うっ! くそ…こっちが何したっていうんだ! やめろよ!
ナレ:ところ変わって、ある一羽のカラスがいた。
生まれて間もない頃は他と変わらなかったが、成長と共に人間の言葉を話せ
るようになる。
それが他の仲間から気味悪がられ、差別されるのに時間はかからなかった。
カラス1:この呪われカラスガァ! 不吉なんだよ!
カラス2:こっちまで呪いが移っちまうぜ!
おらっ、これでもカァ! これでもカァ!
呪われカラス:ぐっ! ぁぐッ!
…ぃゃ…やめろって…言ってんだろおおおぉぉぉぉ!!!!!
【燃えるSEあれば】
カラス1:ひいいッ!? ほ、炎!?
カラス2:こ、こいつ、口から火を吐きやがった!
やっぱりバケモノだ! 呪われカラスめ!
呪われカラス:え、な、なんで…!?
人の言葉だけじゃなく火の玉まで…本当に呪われて…?
カラス3:なんだなんだ!? っ、またコイツカァ!
カラス4:やっちまえ! 袋叩きだァ!!
【カラスの集団の鳴くSEあれば】
呪われカラス:う、うぐッ!! ガハッ!!
カラス1:早くどっか行っちまいな!!
カラス2:さっさと野たれ死んじまえェ!
呪われカラス:く……っ、くそぉ…ッッ!
ナレ:他と違う事は、時に妬まれたり、迫害されたりする。
カラスは仲間だった者達によって住み慣れた土地を追われ、痛みをこらえて
羽ばたく。
まるで、見えない糸に手繰り寄せられるかのように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【三拍】
森の魔女:ッッッあ”あ”あ”~~~~~やっと終わったよ!
つっっかれた!!
方陣の魔女:あらあら、そんなに息苦しい思いをしたの?
ナレ:呪われカラスが故郷を追われてから、しばらく時が過ぎる。
とある街道を集会帰りの魔女が二人、のんびり歩いていた。
方陣の魔女:確かにいつも通り…いいえ、それ以上にさんざん冷やかされたわね。
しばらく参加してなかったから余計に。
森の魔女:まったく、これだから魔女集会は嫌なんだよ!
あともう百年は顔を出さないようにするかね!
方陣の魔女:今回も五十年ぶりだったでしょうに…。
まあ、私もいろいろと言われはしたけどね。
森の魔女:ホウキに乗れないのも含めて、あたしの方が言われてンだよ!
方陣の魔女:そうねえ。でも、アレじゃない?
森の魔女:…何がだい。
方陣の魔女:魔女が二人、雁首ならべて街道をノコノコ歩いてる・・・なんて誰が
想像できるかしら?
森の魔女:まぁ…魔女はホウキに乗って移動するもの、って思われてるからね。
方陣の魔女:だから、異端審問官の目をごまかすにはちょうどいいんじゃないかし
ら?
流れ星の魔女の話、聞いたはずよ。
森の魔女:ああ、十三局の奴にやられたんだって?
方陣の魔女:見栄っ張りな性格もあって、そこに付け込まれたみたいね。
森の魔女:ハン、あたしはせいせいしたよ。
一番コケにしてくれたからね。
方陣の魔女:もう…そんなこと言ってると、いつか自分に降りかかるわよ?
森の魔女:その時はその時さ。…さて、あたしはここらで別れるかね。
方陣の魔女:あら、うちに寄って行かないの?
森の魔女:あんまり留守にしてると、うっかり迷い込んだ人間に荒らされかねな
いんだよ。
方陣の魔女:え…扉を施錠する魔方陣を以前に教えたはずだけど…?
森の魔女:ああ、紙にメモっといたんだけど、なくした。
方陣の魔女:……。
【溜息】ものぐさが過ぎるわよ。
森の魔女:うるさいね…じゃ、そういうわけだから。
方陣の魔女:はいはい。
次は百年後? それともこれが、永の別れかしら?
森の魔女:縁起でもないこと言うんじゃないよ!
…じゃあね。
【二拍】
フン…相変わらず口の減らない奴だったよ。
よくよく頭から先に生まれて来たんだろうさ。
にしても…使い魔か。あたしも、そろそろ探さなきゃならないかね。
方陣の魔女:…さて、少し早いけど、今日はあの街で一泊しようかしら。
あ、いけない。そろそろあの子の魔方陣の書換えの時期だったわ。
ナレ:世の中には、避けられない事象がいくつか存在する。
その一つが、縁と呼ばれる代物。
それは、確実に魔方陣の魔女とカラスを引き合せようとしていた。
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【四拍】
ハルシオン:【溜息】
こうしてずっと部屋の中に…本当に籠の中の鳥みたい…。
ああやって飛んでる、自由な鳥になりたい……あれ?
呪われカラス:痛え……目が、かすむ……力が出ない…。
ナレ:生まれ故郷を追われたカラスは、あてもなく飛び続けるうちに、西辺境の
ある街にたどり着く。
しかし傷ついた翼は、もう思うように動かなかった。
とある家の窓際に墜落してしまう。
呪われカラス:だ、ダメだ、もう……ッ!
【二拍】
ハルシオン:カラスがこっちに来る…!?
ッッッ!!
…いったい何が…こんなに傷ついてる…。
呪われカラス:う、うぐぐ……や、やめ、ろ…。
ハルシオン:! 喋った…!?
それより怪我が…左の翼が一番ひどいわ…。
急いで手当てしないと。
【三拍】
包帯を巻いて…これでよし。
【溜息】…もう夕暮れね。
呪われカラス:う、うう……、はっ! こ、ここは…?
ハルシオン:あら、気が付いた?
呪われカラス:!え、に、人間!?
ハルシオン:こんにちわ、喋るカラスさん。
あなた、私の部屋の窓際に落ちて来たのよ。
呪われカラス:!!あっ! し、しまった、つい…!
ハルシオン:ねえ、どうして話すことができるの?
呪われカラス:え、いや、それは…気が付いたらできるようになってた…。
というかその、怖くないのか?
ハルシオン:すごいとは思ったけど、怖いとは思わなかったわ。
そっかあ…あなたはきっと、特別なのね。
呪われカラス:…特別なもんか。
って、なんだよ、うらやましそうな顔して…。
こんなの、きっと何かに呪われてるん…うぅッつッ!
ハルシオン:っ動いちゃダメ。
左の翼が一番酷く傷ついていたんだから。
その場しのぎの手当てだし、無理してはいけないわ…。
呪われカラス:!これは…手当てしてくれたのか…。
助けてくれてありがーー。
ハルシオン:【↑の語尾に被せて】
ッごほ、ごほごほっ…!
呪われカラス:! お、おい大丈夫か!?
ハルシオン:ごほッごほッ、けほっ、けほ…。
…気にしないで。ちょっとした病気なだけだから…。
私ね、ずっと一人ぼっちで淋しかったの。
良かったら傷が治るまでのあいだ、話し相手になってほしいな。
呪われカラス:は、話し相手?
…変わった人間だな。
ああ、かまわないぜ。
ハルシオン:嬉しい…ありがとう。
私はハルシオン。あなたは?
呪われカラス:名前…いや、そんなものはない。
ハルシオン:そうなんだ。
…じゃあ、カラスさんて呼んでいい?
呪われカラス:ああ、いいぜ。
う……。
ハルシオン:? どうしたの?
呪われカラス:実は、もう二日も何も食べてないんだ。
腹が減りすぎて、目が回る…。
ハルシオン:そんなに?
いいわ、もうすぐお夕飯だし、私のを分けてあげるね…けほ、けほ
っ。
ナレ:どの種族にも奇妙な、あるいは、変わり者と呼ばれる奴はいる。
ハルシオンと名乗る痩せた少女は、とても嬉しそうに微笑むと
また小さくせき込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【三拍】
方陣の魔女:ありがとう、何かあったら声を掛けますので。
ナレ:夕焼けに背中を押されるように街へ入った魔方陣の魔女は、小高い丘の上
から街を見下ろす屋敷へ向かった。
そこには生まれつき病弱な一人の少女が、貿易で不在がちな叔父の元で
療養している。
留守居のメイドに案内されて少女の部屋の前に立つと、中から話し声が
聞こえてきた。
呪われカラス:それでな、胡椒の袋の底が破けて、中身が辺りに飛び散ったもん
だから、くしゃみやら涙やらで大変な騒ぎになったんだ。
オロオロする人間の慌てっぷりがもう、おかしくてさ。
ハルシオン:まあ…とんだ災難ね。
うふふ、目に浮かぶわ。
方陣の魔女:?話し声? 先客でもいるのかしら。
【ノック】
アンリエットです。入りますよ?
呪われカラス:【声を抑えて】
!うっ、家の人間か? ヤバい…!
ハルシオン:あ、アンリエット先生だわ。
大丈夫よ、カラスさん。先生は普通の人とはちょっと違うの。
呪われカラス:そ、そうなのか…?
ハルシオン:だから心配しないで。
どうぞ。
方陣の魔女:! 久しぶりね、調子はいかが?
ハルシオン:ええ、おかげさまで最近は、大きな発作もなく。
方陣の魔女:さっき誰かと話す声が聞こえたけど…、
? ずいぶん人慣れしているカラスね。窓際にとまって…。
まさかカラスとおしゃべりしてたのかしら?
ハルシオン:あ、そうなんです。このカラスさん、人の言葉が話せるんですよ。
呪われカラス:!?んなっ、ちょっ!?
方陣の魔女:! ふうん、そうなの。
珍しいわね。
ハルシオン:あのね、先生は魔女なの。魔術を使えるすごい人なんだよ。
呪われカラス:魔女…! 聞いた事がある。
道理で普通の人間とは何か違うと思った。
方陣の魔女:よろしくね、…ええと、何て呼べばいいのかしら?
ハルシオン:それが、名前がないらしくて…だから、仮にカラスさん、と
呼んでるんです。
方陣の魔女:【苦笑】
あら、そうなの?
ちゃんと付けてあげれば良いと思うのだけど。
じゃ、あらためてよろしくね、カラスくん。
呪われカラス:あ、ああ…こちらこそ。
方陣の魔女:さて、それじゃ作業を始めるわね。
ハルシオン:よろしくお願いします。
カラスさん、ちょっと離れててもらっていい?
呪われカラス:ああ、わかった。
…床に消えかかった模様が…これが魔方陣なのか。
ハルシオン:いつも定期的に魔方陣を書き換えに来て下さるの。
この中にいれば、けっこう元気に動けるんだよ。
呪われカラス:そうか…。
それで今にも折れそうな腕でも、俺を抱えて運べたんだな。
ハルシオン:まぁ、失礼しちゃうわ。
こう見えても、意外と力持ちなのよ?
呪われカラス:ソ、ソウデスカ…。
ハルシオン:あ~、急にカタコトになるなんて、信じてないわね~?
呪われカラス:ソ、ソンナコトナイゾー。
方陣の魔女:…喜劇か何かかしら…。
まあ、治癒の魔方陣がこういう形で役に立つとは、思ってなかったけ
どね…。
さて、もう少し…。
呪われカラス:!魔方陣が、光り始めた…!?
【二拍】
方陣の魔女:…マナが陣全体に行きわたったわね。
「大地よ、彼の陣を寄る辺となして、癒しの力を与え給え…」
「リジェネレイト・スクウェア」
ん、これでよし、と。
どうかしら?
ハルシオン:………ええ、少し、良くなった気がします。
方陣の魔女:…そう……。
そこのカラスくんには私の姉妹が作った薬を塗ってあげるわ。
怪我の治りが早くなるはずよ。
呪われカラス:え、いいのか?
ハルシオン:カラスさん、先生の言ってることは本当よ。
ここで働いてるメイド達も、先生の薬にはお世話になってるの。
さっきのは応急手当だから、きちんとした薬を塗っていただいたら
いいわ。
呪われカラス:わかった。…じゃあ、よろしく頼む。
方陣の魔女:ええ、まずは傷を見せて。
【二拍】
【声を落として】
後で話があるのだけど、いいかしら?
呪われカラス:【声を落として】
? あ、ああ。
【二拍】
方陣の魔女:さ、できたわよ。
ああ、それと魔方陣の経過を見たいから、今回は数日ほどご厄介に
なってもいいかしら?
ハルシオン:いいんですか? 嬉しい…先生ともお話しできるなんて。
叔父様もいつもより早くお戻りになられるみたいだし…。
最近は良い事が続いてる気がするわ。
方陣の魔女:…そう、それは、良かったわね。
ハルシオン:あら、もうこんな時間…。
そろそろお休みしますね。
カラスさん、先生、明日からいっぱいお話を聞かせて下さいね?
呪われカラス:あ、ああ、おやすみ。
方陣の魔女:ええ、わかったわ。おやすみなさい。
ナレ:この時、呪われカラスはまだ気づいてなかった。
部屋に入ってハルシオンを見た時のアンリエットの表情。
魔方陣の効果を確認された時の、ハルシオンの顔。
それらの、意味するものに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ナレ:魔方陣の魔女はカラスを肩に乗せると、メイドに案内された部屋に腰を落ち
着けた。それを待っていたかのように、カラスは口を開いた。
呪われカラス:で…話って、なんだよ。
方陣の魔女:単刀直入に言うとね、私、使い魔を探してるのよ。
呪われカラス:使い魔…って、魔女と契約してる奴の事か?
方陣の魔女:ええ。
貴方のその、自然と人間の言葉をしゃべれるようになった、というの
はね、すごい才能なの。
呪われカラス:才能?
ッそんなわけあるかよ!
しゃべれるせいで他の仲間達からは忌み嫌われて迫害されたんだ!
これが呪われてるんじゃなきゃ何だって言うんだ!
あげくの果てには、口から火まで吐き出すし…!
方陣の魔女:!ますます驚いたわね…それ、魔術よ。初級魔術のファイアボール。
呪われカラス:え…魔術? 俺が?
方陣の魔女:そう。貴方は別に呪われてなんかいないわ。
ただ、生まれる時に魔力の素質をもって生まれてきてしまった。
だから成長するにつれて、人の言葉も自然と話せるようになったし、
魔術も無意識にとはいえ使う事が出来たの。
むしろ、胸を張って良いことよ。
呪われカラス:そ、そうなの、か…?
俺は、呪われたりしてるんじゃ、ないんだな…?
方陣の魔女:ええ、そこは安心して。
…それで、ものは相談なのだけど…私と主従の契約を結んで
もらえないかしら?
呪われカラス:え!? い、いや、急に契約とか言われても困るんだが…。
それに、ハルシオンが治るまでここにいようって思ってたし…。
方陣の魔女:…残念だけど、それは無理な話ね。
呪われカラス:は…!? どういうことだよそれ!
方陣の魔女:治らないから、よ。
呪われカラス:治らないって…、じゃああの魔方陣は何のためのものなんだよ!
方陣の魔女:延命治療…いえ、今となってはもう、気休め程度ね。
呪われカラス:ッそれじゃ、効いてないってのかよ!
魔術ってすごいんだろ!? もっと強力な奴があるんじゃないのか
!?
それを使えば!
方陣の魔女:勘違いしないで頂戴。
魔術の力は万能ではないわ。
治癒の魔方陣で多少の延命はできても、最終的に待っている運命は
変えられないの。
それは私も、貴方も同じ。
遅かれ早かれ、避けられぬ別離…、
いずれあの子に死は訪れるわ。
呪われカラス:そ、そんな…!
方陣の魔女:あの子は幼い頃から病弱でね。屋敷の外へはおろか、部屋からもほと
んど出た事が無いの。
そこに数年前から不治の病まで加わってしまった。
正直、よく今日まで生きていられたと思うわ。
呪われカラス:…不治の病って…ウソだろ……!?
方陣の魔女:だから…今のうちにいっぱい話してあげて。
少しでも楽しい思い出を作ってあげて欲しいの。
あの子ももう気づいているから、それで気持ちがまぎれるはずよ。
呪われカラス:…わかった。
方陣の魔女:それと、使い魔の件だけど、考えておいてもらえるかしら?
呪われカラス:……ああ。
ナレ:それからカラスは、何かに憑かれたようにハルシオンと話し続ける日々を
過ごす。ハルシオンはいつでも心から楽しそうに、微笑んで聞いていた。
だが無情にも、日を追うごとに彼女の顔は生気を失っていく。
あらかじめ定められた時の針が、もうすぐそこを指し示そうとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【二拍】
呪われカラス:今日は何の話がいいかな……。
そうだ! 港で水夫が魚の入った籠ぶちまけて派手に踊ってた話と
か、笑えていいかもな。
方陣の魔女:あら、それは面白そうね。
【ノック】
呪われカラス:?返事がない…?
方陣の魔女:!まさか!
ナレ:カラスが初めてここへ来てから幾日か経った。
今日も面白い話を携え、魔方陣の魔女の肩に乗ってハルシオンの寝室を訪れ
る。
だが、いつもなら微笑みながら迎えてくれるはずの彼女は、ベッドに横たわ
ったままシーツを握りしめ、肩で苦しそうに呼吸していた。
方陣の魔女:! ハルシオン、しっかり!
【声を落として】
限界ね…その時がもう、そこまで迫っているわ…。
呪われカラス:ッおい、ハルシオン! 俺だ! しっかりしろ!
ハルシオン:けほ…けほっ…あ…カラスさん…。
呪われカラス:今日な、とっても面白い話を持って来たんだぞ!
だからーーー
ハルシオン:【↑の語尾に被せて】
ごほっ! ごほっ!
ご、ごめんね、カラスさん…そのお話は、またね…。
呪われカラス:まただなんて言うなよ! いつもの発作だよな!?
少し経てば、すぐ収まるよな!?
ハルシオン:…ごほごほっ!!
はあ、はあ…思ってたより…長く生きられたなぁ…。
呪われカラス:!! バカ言うな! たった十六歳だぞ!
人間は四、五十年も…いや、運がよけりゃ、それ以上生きられるん
だぞ! それなのに…!!
ハルシオン:あは……そう、だよね…ッごほッ、ごほッ!!
呪われカラス:ッハルシオン!!
方陣の魔女:カラスくん、落ち着いて。
あまり大声出すとよくないわ。
呪われカラス:う……けど、あんまりじゃないか…!
なんでハルシオンが、こんな目に逢わなきゃならないんだよ!
ハルシオン:…はあ、はあ…カラスさん…いいの…。
呪われカラス:ッ、なにが……!?
ハルシオン:…叔父様に迷惑をかけてたのは知ってたの…。
メイド達も知ってるから…、態度は、冷たかったわ…。
こんな体で生きているのは…間違いじゃないか、って…思ってた…
。
方陣の魔女:生きるために最善を尽くすことは、間違いなんかじゃないわ。
呪われカラス:……なんだよ、それ…そんなに病人が邪魔なのかよ…。
ハルシオン:ホントはね…!ホントは…先生を、恨んだこともあるの…。
どうせ死ぬと分かってて…効いてるかもわからない延命治療を続け
るくらいなら…このまま、死んでしまった方がいいんじゃないか…
って思ってた……ごほッ、ごほッ!!
方陣の魔女:ハルシオン…。
ハルシオン:でも…先生は…、私を…一人の人間として見て、扱ってくれた…。
そして…カラスさんに出会えた……それが、うれしかったの…。
ッ、ごほっ! ごほっごほっ!!
呪われカラス:ッ気をしっかり持て!
ハルシオン:ッはぁ、はぁ……、ねえ、カラスさん…。
私のお願い…聞いてくれる…?
呪われカラス:ああ! 何でも聞くから、言ってくれ…!!
ハルシオン:…カラスさんには、名前が無いよね?
だから…私の名前を、もらってほしいの…。
呪われカラス:な、名前…!?
何を言って……。
ハルシオン:小さい頃から…はぁ、はぁ…この部屋で、過ごしてた。
体が弱くて…ごほっ、ごほっ、外にも、出られなかった…。
窓から見る風景しか、外の世界を知らない…。
鳥の名前なのに…自由に羽ばたく事もできなかった…!
呪われカラス:ッ!! それであの時、羨ましそうにしてたのか…。
ハルシオン:…これからは…カラスさんといっしょに…あちこち、いろんな
ものを…見てまわるの………。
だから…わたしの、なまえ……もらって…?
呪われカラス:う…く……ッ!
ああ、分かった…!
お前の名前、俺が受け継ぐから!
今日から俺が、いや、お前と二人でハルシオンだ!
ずっと……一緒だ。
ハルシオン:…さいごまで…やさしいんだね……ありがとう…。
呪われカラス:なあ…夜が明けたらさ、朝焼け見に行こう。
特等席があるんだ。
だから…今は…ッ休むんだ……な?
ハルシオン:ふふ…うん…ちょっと…やす…む…ね…。
お…や……す………み…………。
っ………………。
呪われカラス:!!! う、うう……ああぁ……っ!!
こんな、こんな事が…あってたまるかよ…ッ!
方陣の魔女:ッ………!
【声を震わせながら】
十才までの余命宣告されてから六年…頑張ったわね。
けれど、どうやったって運命には抗えない。
神様でもないかぎり、それはくつがえせない。
呪われカラス:神様なんて…いるのかよ…。
方陣の魔女:さあ、どうかしら…。
教会の連中はそろいもそろって、神の存在を声高に叫ぶけどね。
呪われカラス:いるもんかよ!
いるんだったら、ハルシオンがこんな目にあうわけがない。
こんな最期を…迎えるはずがないッ!
方陣の魔女:…そうね…そうかも、しれないわね…。
ナレ:夜のとばりはまだ厚く垂れていて、明ける素振りも見せない。
まるで眠っているようなハルシオンの亡骸を見守りながら、ベッドの縁
にとまっていたカラスがぽつりと呟く。
呪われカラス:そういえば、家の者は呼ばないのかよ。
方陣の魔女:遺言でね…、息を引き取ったのが夜だったら、朝まで誰も起こさ
ないで欲しい、って言ってたわ。
呪われカラス:そっか…。
方陣の魔女:ところで、先日私が持ち掛けた話、覚えてるかしら?
呪われカラス:使い魔にならないか、だろ?
………。
なってもいいけど、ひとつ、条件がある。
方陣の魔女:何かしら?
呪われカラス:俺は、ハルシオンから名前をもらった。
そして一緒に、世界のあちこちを見て回るって約束もした。
だから…
方陣の魔女:【↑の語尾の直後に】
分かってるわ。
それでなくても、魔方陣の研究の為に各地を巡って研究資料を集めな
いといけないの。
東西南北、あちこちを旅することになるわよ。
呪われカラス:そっか…そりゃいい、コイツも喜ぶぜ。
方陣の魔女:今までは家の中だけで研究してたけど、引きこもりは卒業かしらねぇ
。
まずは、人の姿になる術を覚えてもらうわよ。
カラスの姿のままだと、いろいろ不都合が生じるわ。
呪われカラス:う…お手柔らかに、頼むぜ…。
方陣の魔女:うふふ…それじゃ、契約を交わすわよ。
「我、魔方陣の魔女が、汝、ハルシオンと今ここに盟約を結ばん。
これより全ての苦難、全ての歓楽を共にせん。
我が身 朽ちるまで、汝の身 果つるまで、血の契りをもって為さん。
「ジーナス・コントラクト」
呪われカラス:! …なんか、何かがつながった感じがする…。
方陣の魔女:契約を交わしたことで魔力のやり取りができるようになったの。
そのうち左の翼も治って、ちゃんと飛べるようになるはずよ。
呪われカラス:そうなのか。飛ぶのがやっとの状態がずっと続くのかと思ってた。
…あのさ、夜が明けたらコイツに空からの景色を見せてやりたいん
だが、今は飛べるのか?
方陣の魔女:ええ、怪我そのものはまだ完治してないけど、魔力の補助で飛ぶこと
はできるわ。
呪われカラス:そうか…わかった。
じゃあ、これからよろしくな。
方陣の魔女:ええ、よろしくね。
【二拍】
あ…一番鶏が鳴いたわね。
そろそろ家の者を呼ぶから、貴方は外で待ってなさい。
呪われカラス:ああ…。
さあ、行こう。
最初に空から見た街並み、見せてやるからさ。
方陣の魔女:…夜が明けるわ。
旅立ちには、ちょうどいいわね…。
ナレ:窓から飛び立つと、上手く動かない左の翼を魔力の補助で動かし、カラスは
上空へと舞い上がった。
空が白み、朝焼けが街並みを照らし始める。
呪われカラス:どうだ、空から朝焼けなんて、他の人間にはできない体験だろ。
…それにしても、なんだろう…。
見慣れた光景なのに、今日はとても新鮮で、美しいとさえ思える。
…お前と一緒だから、かな。
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【二拍】
ナレ:家の者にハルシオンの死を伝えると、魔方陣の魔女はその足で街の外へ出た
。必要以上にうろついて、教会の異端審問官に見つかるのを避ける為に。
カラスは街中を飛び回っていたが、ふと上空から見下ろすと、魔方陣の魔女
が歩いているのを見つけて舞い降りる。
呪われカラス:!あれは…。
【二拍】
終わったのか?
方陣の魔女:ええ、事情を伝えてさっさと出てきたわ。でないと、あらぬ疑いを
かけられるかもしれないからね。
呪われカラス:疑いって…今まで治療してたのにか?
方陣の魔女:魔女は本来、忌み嫌われる存在なの。
都合のいい時は笑顔で近づいてくるけど、自分たちの思う通りにいか
なくなると、途端に手のひらを返すわ。
呪われカラス:それであのどこか素っ気ない態度か。
必要以上に深入りはしない為に・・・。
これからどうするんだ?
方陣の魔女:ひとまずは家に帰るわ。あそこのお屋敷も調度品は立派だったけど、
我が家ほど落ち着くわけじゃないしね。
呪われカラス:確かに、住み慣れた所が一番だろうな。
方陣の魔女:ええ。
あ、そうそう、大事なこと忘れてた。
呪われカラス:な、なんだよ。
方陣の魔女:以後、私の事は、マム【性別逆転の際はダディでもマスターでも適当
に】と呼ぶように!
いいわね、ハルシオン?
呪われカラス:…お、おう…マム。
あれ?そういえば、アンリエットってのは名前じゃないのか?
方陣の魔女:ああ、あれはね………適当に付けた名前よ。
さ、行くわよ。
呪われカラス:了解、マム。
ナレ(N):こうして魔方陣の魔女は生涯を籠の中で生きた少女、ハルシオンか
ら名を受け継いだ一羽のカラスと主従の契約を結んだ。
このあと各地を旅したり、ハルシオンを家事に魔術にしごいたりする
のだが、それはまた別の物語で。
~~ッッやれやれ、やっと終わったよ。語り部するってのも楽じゃな
いね。
あたしゃこういうのは得意じゃないんだよ。
…あん? さっき物語の中に出てきてなかったかって?
そんなことはどうだっていいじゃないか。
さてと、うちの泣き虫弱虫なクソ猫があたしを捜し始める前に、
帰ってやらないとね。
はつかねずみがやってきた。――はなしは、おしまいさね。
END
●劇中語句説明
ハルシオン:比較的安全性が高い睡眠導入剤として有名。
かつてアメリカのブッシュ大統領来日の折風邪が悪化、晩餐会中に
倒れた際に服用して休んだという話も残っている。
「幻想」は英語で「ハルシネーション」と言い、これから由来して
いると思われがちだが、実際はギリシャ神話の【翡翠になった
夫婦ケーユクスとハルキュオネの話】から来ている。
翡翠は英語でハルシオンバードと言うが、この逸話からそう呼ばれ
るようになったという。
以上の事から、まるで波風を鎮めるように眠りに導いてくれるトリ
アゾラムはハルシオンと名付けられた。ただし、最近では成分名を
名前にする薬が多く、ハルシオンの名前を目にする機会は今後減る
と思われる。
はつかねずみがやってきた:西洋民話によく用いられる、締めの言葉の一種だそ
うです。
「シオンさん、魔方陣の魔女とハルシオンがどうやって出会ったのか、出会いの物語をリクエストしたいです!」
「え?」
から始まった二カ月に及ぶ格闘の末、難産ながらもやっと生み出す事が出来ました。
良ければ演じてみていただけたら幸いです。
演じて下さった方々は作者に感想をいただけると泣いて喜びます。
ツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた
だければ聞きに参ります。録画はできれば残していただければ幸いです。
ではでは<m(__)m>