2人の女性が常識人の場合
「珍しいな、普段から目立つような動きを彼女は嫌うのだが…」
「女同士の醜い争いとも無縁の方ですしね…」
腹心で切れ者な私の側近、将来の宰相がほぼ確定しているルーカスは首を傾げた
かくいう私も首を傾げているのだが
王太子である私の婚約者であり、公爵家の令嬢であるアリアーナは少し不思議な令嬢だ
社交の場ではきちんと淑女としてパートナーを務めてくれる彼女だが、自分の家では様子が変わるらしい
未来の王妃ともなれば監視は不可避、公爵家には王家への報告役が使用人として何人か入っている
もちろん義父、公爵閣下もその辺りは分かってくださっているのだが
そしてそんな彼女の本性に私は惚れていたりするのだが
最初の報告を受けた時
家では様子が違うと聞いて真っ先に想像したのは猫被りだった
家では傲慢な振る舞いをする令嬢などよく居るからだ
しかし詳細を聞くとまるで違ったのだ
最低限度の貴族の振る舞いは維持しているが、屋敷の皆と非常に仲が良く、特に小さい頃から専属の侍女に関しては姉妹のような関係だと
二人きりの時は年相応にはしゃいでじゃれあったりもしていると聞いて…正直子爵家の次女である侍女に嫉妬したりもした
また貴族の令嬢としては驚くほど懐が深く、引き出しも多く、たまに自分より歳上の平民の人生経験豊富な女性から助言されたような感覚を覚えるという報告もあった
ところで
この王立魔法学園に最近扱いの難しい生徒が転入した
孤児院で育ち、たまたま1000年に1人と言われる癒しの魔力の保有が発覚し、教会が後ろ盾となって入学して来た少女だ
平民だが、教会のバックアップも強くて扱いが難しく、貴族令嬢達からは良い感情を持たれないことは容易に想像できる
はっきり言ってこの国の主だった貴族令嬢のなかでアリアーナの人柄、人徳は別格だ
これは心の醜い令嬢達に夜会のたびに囲まれてすっかり女嫌いになっている私の側近達も認めるところである
「…何かお考えがあるのでしょうか」
彼女に対して少し盲信気味のルーカスははなから彼女を疑う概念が無い
あと、私の婚約者だぞ
お前もさっさとパートナーを見つけろ…と、思考がそれたな
先程から私たちが首を傾げているのは、そんな彼女が聖女様を転入初日に呼び出したと聞いたからだ
まあ心優しい彼女のことだ…恐らく学園に馴染めない聖女を心配してのことであろうが
「よう」
「おお、お疲れ様」
「カイル、どうでした?」
遠目から様子を見て来たらしい、騎士団長の息子で次期騎士団長であるカイルが部屋に入ってきた
彼はどうしても外見のイメージが先行して脳筋と勘違いされやすいが、文武両道で頭も切れる男だ
そんな彼は小さく唸り、言葉を選んでいるようだ
「ああ、安心してくれ
普通にお茶会してたよ。険悪な雰囲気とかは一切無かったな…ただ、うーん…初対面のはずだよな?」
「どういうことだ?」
カイルの報告がどうにも歯切れが悪い
「なんていうか…楽しく話してるってよりは…なんというか…討論?みたいな感じだったんだよな
片方が何か仮説を出して、それを言われた方が理由付きで否定して…みたいのを交互にやってる感じだったぞ
2人して腕組んで考え込んだりしてたし…流石に内容までは聞き取れなかったんだけどさ」
…ふむ…いずれにせよ初対面でそんな会話をしている聖女に嫉妬してしまうな───
───では記憶の戻りは同じ時期なんですわね
「ええ、私も5歳です」
「そうなると、それ以前の傾向から本来の立ち位置をどこまで推測できるか…」
「アリアーナ様は、もし戻りが無かったらあからさまにアレな令嬢になってたと思いますか?」
「んー、そんなことは無いと思うわよ?両親は人格者だし今より多少プライドが高くなる程度じゃないかしら」
「ふむふむ」
「逆にマリアさんは?
記憶無しの場合、お花畑の天然ビッチになってたと思う?」
「んーーちょっと未知数ですねぇ
小さい頃なんてみんな夢見るお馬鹿じゃないですか?そのまま成長しなかったら…いやでも自分で言うのもアレですが心優しい性格だったと思うので…」
「嘘ついて他人を貶めたりする系になるのは想像しにくいってことね」
「はい」
「まあそもそも、私達乙女ゲームやったことないし」
「類似するシナリオが前世にあったかも分かりませんしね…でもやたらトイレとかご都合主義な世界だから疑いたくなりますよね」
「そうなのよね…中世風なのに学食に普通におにぎりとかアジフライ定食とかあるのおかしいでしょ…お味噌もあるし」
「それに関しては大賢者イエローサーティーンがチート転生者だった可能性が濃厚ですね」
「米を広めたのも彼らしいからね」
「とにかく5歳で記憶戻りでは戻らなかった場合の人格の想定は無理がありますね…可能性が広すぎて」
「そうね…私で言ったら…母が亡くなって父が人が変わってしまって私も変わってしまうパターンとかよく見たわね」
「あー!よくありましたねそういうの」
「仮にそういう未来というか運命の分岐があったとしても…」
「5歳から行動変化させてたら無意識にぶっ壊してる可能性が高いですね」
「そうなのよ
まあ両親が今も健康で仲睦まじいのは素直に嬉しいわ」
「なによりです!」
「まあ、リアルを毎日生きるしか無いけれど…ここまで役者揃ってると元ネタの有無に関わらず筋書きには警戒しなければダメね」
「それは同感です
前世のゲームとかは関係なく、悪意を持って描く現地人は居るでしょうし…」
「公爵家を快く思ってない派閥なら正統派悪役令嬢ざまぁ、教会と対立気味の勢力ならビッチヒロインざまぁに持っていきたい筈ですわね」
「世知辛いですねぇ…」
「ほんとにねぇ…」
「…具体的にどっちに転がりそうですか?」
「うーん、いわゆる攻略対象ポジの人たちみんなまともなのよね
逆ハーみたいの嫌いだから婚約者以外とは常識的な交流しかしてないけど」
「流石アリアーナ様!…そうなるとビッチヒロインざまぁに傾くんじゃ…」
「そこは大丈夫よ、みんなまともなんだから貴女が常識的な振る舞いをしていれば何かあっても庇ってくれるわよ」
「あ、そっか…よかったぁ〜」
「そうなるとあとは…所謂イベント的な出来事ですかね警戒すべきは」
「あー、魔王が復活とかですわね…希少歴史書などをある程度浅く広くチェックしておきますわね」
「聖女の権限では王立図書館のVIP入れないんでお願いします」
「引き受けましたわ」
「結論としては私達が仲良しなのを見せつけていきつつ、いざという時のための戦闘力ですわね」
「私魔力1兆あります」
「やば!…私もそんぐらいよ実はw」
「やっぱ使い切りトレーニングやりますよねw」
「そりゃねw」
「本気出したらマリアさんはどこまでの破壊力出せるのかしら?」
「一都市区画くらいなら吹き飛ばせます」
「…わたくし、一年前くらいに戦術級の魔法式…完成しましたわよ」
「さすあり!」
「えへへ」
───では、これからも普通に仲良くしたいしお友達ということで」
「シリアスイベント起きたら協力してぶっ飛ばす…というか跡形もなく消滅させればいいですね!」
「そうね!よろしくね!───
これが後に慈悲の死神と名高い王妃と、死の選定者として恐れられた聖女の友情の始まりである
なお、国王はただの妃大好き嫁馬鹿として記録に残っている