２１グラムの果実 ‐ゲオルグ‐
その銘は、ターン・アーク。
「あ」
禁裏の聖櫃。
「ああ」
始まりと終わりを司る祭器。
「あああ」
ゲオルグ・ファウストが生まれ、そして死ぬための機械。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！？」
超構造体のなかに、少女の絶叫が迸った。
ツェオ・ジ・ゼルの眼前で、ゲオルグの心臓が刺し貫かれていた。
それは、聖櫃の後端部から突き出た、一本の杭によるもの。
世界樹の杭。
レールカノンの機構を利用して射出されたその杭は、彼の心臓を、完全に、完膚なきまでに破壊していた。
ゲオルグの漆黒の瞳。
磨き抜かれた黒曜石のようだったそこに、いまのいままで宿っていた鬼火が。
それが、ゆっくりと輝きを失っていく。
代わりにこぼれ出すのは、心臓から滴る霊血と、そして優しい言の葉の群れ。
柔らかにかすんだ彼の瞳が、少女へと言葉を紡ぐ。
「ツェオ……おまえは、俺にとってのすべてだった」
「ゲオルグ、ゲオルグ……！ ああ、あああ！ 喋らないで、いますぐ、私が傷をふさぐから──」
「それができないように、わざわざレールカノンを──ターン・アークを使った。世界樹の杭は、万物を屠る切り札だ……同時に、これが、俺の心臓に宿っていたすべての演算能力──世界をいまの世界たらしめている観測者の視点を、おまえへと継承する」
「いらないです、そんなもの、ちっとも私は！」
「ツェオ。生きるとは、死へと限りなく漸近することを言う。ひとは死へと近づくことで、はじめて生きる意味を、価値を見出すんだ。俺は、ようやくそれを理解した。いまになって、いまさらに、だけれどやっと……価値を、意味を手に入れた」
「そんな話は、そんなことは聞きたくないです！ 私は、ただあなたにずっと生きていて欲しくて──」
「聞くんだ、ツェオ」
「──！」
隻眼の男の左手が、そっと少女の髪へと伸びた。
その不自然なほど長い銀髪を、赤い血でまだらに染めたそれを。
彼は優しく一房だけ掴みとり、親指の腹で撫でる。
「これは、あの日できなかったことへの贖罪だ。今度こそ俺は誓いを果たす。俺を守ってくれたおまえのために、この祈りを果たす。今日までおまえは、俺のために在ってくれた。でも、これからは……どうか自分自身のために、生きてくれ。ツェオ、おまえは──」
ゲオルグは儚く笑って、少女へと言祝ぎを贈った。
「人間として──生きて、死ね」
急速に暗転する視界のなかで、男はどこまでも、ひとえに愛を想った。
「時よ」
最後の呟きが、虚空へとほどけていく。
「時よ止まれ──この鼓動が、いつまでも──いつまでも、続くように……」
矛盾したその想いこそが、彼の本心だった。彼の得たものとは、たったそれだけだった。
ゲオルグが最後に感じたもの、観測したもの。
それは少女の。
その薄い胸の奥で確かに息づく、熱い生命の息吹だったのだ。
死者再生
いまこそ星の雫は発動し。
すべての因子が、観測が確定される──
