曠野の只中にて
〝島〟と〝島〟の狭境は、終わった世界と形容できる。
少なくとも、ゲオルグの目には、そう映る。
シリコンと重金属が大地を覆い、無秩序に命を持たない鉄の木々が乱立する。
火山灰が降り積もり、従って大空には厚く雲がかかっている。
陽光など射すことはなく、風は身を切るように冷たい。
植物や動物の姿はほとんど見られず、数少ない例外は、大地を食い散らかす常軌を逸した存在だ。
幾つもの穴ぼこをあけるそれは、ブヨブヨとした外殻を持つ十数メートル級の地虫──越種と呼ばれる存在で、それは、生命と呼ぶにはあまりに不条理だった。
狭境にあるものといえば、そのぐらいのものだった。
ただひたすら、どこまでも荒涼とした大地が広がっているだけ。
終わった世界があるだけなのだと、ゲオルグはそれを見るたびに自覚する。
いまの世界に、文明と呼べるものはない。
ゲオルグの知らないなにかをきっかけとして、一度完全に滅んだ世界は、〝月種〟の名を冠するものによって再生した。
月より降り注ぐ種。
神樹木。
珪素を主成分とするそれは、高次元の処理能力を有し、大気と反応することで水素や酸素を生み出した。
同時に、人間が生きるために必要な食糧や、技術までも。
そうして長い時間の経過とともに、神樹木を中心とした幾つもの〝島〟が、世界中に産まれた。
人間はもはや、〝島〟以外では生きることができない。
外界には有害な放射性物質や病毒が満ち、大気を犯し、神樹木が発する胞子の領域内にいなければ、人間は数時間で死に至る。
防塵マスクと、簡易流体被膜による全身の防護。それが無ければ、ゲオルグであっても旅を続けることはできない。
それは、ネクロイドであるツェオにしてみても同じことだった。
「……参ったな」
それ以上は口にしなかったものの、本心を言えばゲオルグは両手を上げてしまいたい心地だった。
彼の目の前では、ツェオがぐったりと横になっている。人を超えたネクロイドは、疲労とは無縁であるにもかかわらずだ。
ミチミチと、金属が肉を食む音が響いている。
野営のために準備した隔離テント内部は適温に保たれているのだが、ツェオの顔色はすぐれない。
元より青白い顔は、いまや蒼白となっている。
無数の拘束帯と防護皮膜で包まれた全身から、装身具をひとつひとつ取り外し、負荷を減らしながら、しかしそれに反比例するようにして、ゲオルグは渋面を色濃くしていった。
「調律が必要だ」
ポツリと彼がそう呟けば、
「否定──その必要は、ありません」
やはり無機質な、しかし幾分かすれた声で、ツェオが反論する。
「無用です。ツェオは十全です。問題ありません」
「しかし」
「…………」
ゲオルグの皮手袋に包まれた手が伸び、ツェオの右手を外套の中から引きずり出す。
編み込まれた鋼鉄のような、人体を刃金で再現したような、異形の四肢。
それを無遠慮に撫でまわされ、ツェオはそっと目を背けた。
ゲオルグは、棺桶型複合調律解析機と、ツェオの首筋の機械を接続しながら、量子モノクルに情報を表示し、検分していく。
やがて、溜め息とともにひとつの結論がこぼれ落ちた。
「慧可珪素置換症が着実に進んでいる。大気の汚染がひどいからか……いまは二の腕までだが、そう遠くないうちに肩まで行くだろう」
「…………」
「それ以前に、ネクロイドとしてのパフォーマンスが下がっている。情報流体の損耗か……あるいは指示式を更新する時期が来ているのかもしれない」
「不要です。ツェオは完全に完璧です」
「……わかっている。だが、細部のオーバーホールだけは行いたい。関節や神経系も傷んでいる。情報流体の再接種、可能なら指示式の更新が必要だ」
「ツェオは」
「──でなければ、俺たちは闘う術をうしなって死ぬだけだ」
「…………」
「俺は必ず、星の雫をこの手にする。そしておまえを、人間にする。だから、俺の言うことを聞け、ツェオ」
「…………」
次の〝島〟を見つけたら、そこで応急処置を行う。
有無を言わせぬ調子でゲオルグがそう告げると、少女はゆっくりと目を閉じ、やがて、こくりと頷いた。
「ヤー、マイスター。御心のままに」
その言葉には、感情のいっぺんすら含有されていないことを、ゲオルグは知っていた。