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失楽園のネクロアリス ‐Garten der Rebellion‐  作者: 雪車町地蔵
幕間 むかしの伝承と種の〝島〟

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停車駅 ‐ライナ-ズ・ストップ‐

 軌道列車には、いくつかの停車駅が存在する。

 本来はその停車駅から乗り込むのが、正式な乗車の仕方だった。


 ヘレネーの導きによって、おおよそ正しいとは言えない乗車の方法をとったゲオルグ一行。彼がその駅に降り立ったのは、乗車して28単位が経過したころだった。

 軌道列車の内部に、電子合成音のアナウンスが流れる。


『次ノ停車駅ハ、第26セクタ──停車時間ハ、7単位ヲ予定──』


 不眠不休でツェオの整備に努めていたゲオルグが、目の下のクマを擦りながら顔を上げた。流体化していたツェオの四肢は、なんとか本来の形を取り戻しつつあった。

 室内を見渡すと、ヘレネーの視線とぶつかり、ゲオルグは尋ねる。


「……来たと言っていたが、ここが目的地か?」

「いえ、違うわ。だけれど……そうね。うまくすれば、そのネクロイドを修復する資材を、この軌道列車以上に入手することは可能かもしれないわ」

「何故わかる」

「このセクタが、あの培養槽と同じ、古いエメトから分かれた月種の領地だからよ。いえ……だった、というべきかもしれないわね」


 その言葉に彼は一瞬納得しかけ、それから僅かに首を傾げて、ヘレネーを見た。


「だった……とは?」


 ゲオルグの問いかけに、ヘレネーは肩をすくめて見せる。

 表情には、ありありと呆れの色が浮かんでいた。


「期待を裏切ったものは()てられるのが道理でしょう?」


 彼女は続けてこう言った。


「そのセクタは、月種にとって、とんだ不良品だったのよ」



§§



 圧力によって蒸気が排出され、鋼鉄の分厚い扉が開く。

 まだ歩けないツェオを背負ったゲオルグは、軌道列車から一歩、外へと踏み出した。

 そのあとに、棺桶を担いだヘレネーが続く。

 2000キログラムを超える質量を、高位情報知性体を自称する彼女は、軽々と抱える。


 (ステーション)──とはいったものの、それはほとんど廃墟に近かった。

 ドームのようになっている施設の、天井は穴だらけだ。

 崩れかけたアーチ状の構造体からは、充填剤(つめもの)として用いられた肉色の樹脂が滴っており、微妙に拍動している。


 倒れふした柱や、崩れた壁の部分にも、同じように充填がなされ、かろうじて建造物が崩壊しないような、補修が行われている。

 元の形がわからないほどの増改築の結果なのか、そのステーションは迷宮のようになっていた。


「いえ、正しくはこの駅自体がセクタなのよ。だから、住まいが無くならないように、住人達は必死で補強するわけ」

「その住人とは、あれか」


 ゲオルグが顎で示した先に、数人の女性が立ち、様子をうかがっている。

 着ているものは粒子塗布素材(スプレード・シルク)の衣服であり汎用的なものだが、何故か全員、頭部に球体を乗せていた。

 みな頬が上気しており、ちらちらとゲオルグ──と、その横に立つヘレネーを熱っぽい視線で見つめている。

 やがて、そのうちのひとり、小柄な女性が声をかけてきた。


「あの……ライナーで来た方々ですか?」

「ライナー?」


 ゲオルグが聞き返すと、ヘレネーがすかさず耳打ちをした。


「軌道列車のことよ」

「……ああ……そうだ。軌道列車でここまで来た。叶うなら、物資を分けてもらいたい。とくにエメト代謝物と情報流体があればありがたい」

「こちらは相応の対価──こいつがひと働きする準備があるわ。どう、交渉に乗ってくれない?」


 ゲオルグを指し示し、許可も無くそんなことを口にするヘレネー。

 ゲオルグは一瞬顔をしかめたが、小柄な女性と、その背後に控えていた数人が話し合いを始めたのを見て、表情を消した。

 彼女たちは何度か頷いたすえに、こう提案してきた。


「もちろんです。このセクタの住人は、旅人さんたちを歓迎する()()()()があります。特に男性は大歓迎です。どうぞ、集落まで来てください。出来うる限りのことはしますよ」


 慮外の反応に、ゲオルグは一瞬言葉に詰まったが、すぐに首肯を返した。

 そうして、気になっていたことを口にする。


「ところで……その頭のものは?」

「あ、これですか」


 小柄な女性は、よくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張り、こう答えた。


「これは魔除けです! これがあれば〝竜〟だって襲ってこないと言われていて、我々は生まれたときから頭に載せて育つんです! 旅人さんも、おひとついかがですか?」


 差し出された奇妙な球体。

 ゲオルグの背中でもぞもぞとツェオが動き、物珍しそうにそれへと形を成していない手を伸ばす。

 ヘレネーがツェオの手を叩き、ゲオルグの耳元に顔を寄せて、こう呟いた。


「騙されているのよ、あれは処刑具。このセクタの長が、自分の意に添わない行動したものを高圧電流で焼き殺す、奴隷を作るための器具よ」

「…………」


 ゲオルグは、小柄な女性の申し出を固辞した。

 彼はなんとも言えない表情になって、ツェオを背負い直したのだった。

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