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失楽園のネクロアリス ‐Garten der Rebellion‐  作者: 雪車町地蔵
第2幕 この生産場の最下層なら

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死者使役者 ‐ネクロマンサー‐

「奴らは稀有けうだ」


 調達屋の男は、記憶を辿るように口を開いた。


「〝神樹木〟から汲み上げた知恵を使って、死者を自在に動かせる力を手に入れている。その気になれば、〝島〟のひとつぐらいひとりで支配できるし、支配して、供給される情報流体でさらに手足(ネクロイド)を増やす──そんな怖ろしい奴らだ」


 彼の表情には、本物の恐怖があった。

 或いはこの男性も、過去にネクロマンサーから襲われたことがあったのかもしれない。

 ゲオルグは、ほんの少しだけそんなことを考えた。

 事実、調達屋はこう補足した。


「おれの家族も、この〝島〟に来るまえ、ネクロマンサーの手にかかって死んじまった。幸いだったのは、その死体を利用されなかったってことぐらいさ……」


 彼は、寂しい表情で続ける。


「死体……それは奴らにとって手足にすぎねぇ……ネクロイドは無数の手足だ。意志なんてない、玩具(おもちゃ)か道具みたいなもんだ。そしてネクロマンサーってのは、そんな倫理観のへったくれもねー、冒涜を極めた、死んだ人間すら再利用する最低のイカレ野郎なんだ。道具を消耗するように、生前のことなんて一切関係なく、死体を使い潰しちまう人格的なバケモノ。そんなの、嫌悪するのは当然だろ……」


 彼の言葉に、ゲオルグは同意を示した。

 命を奪い、それを理不尽に再生させる。

 そしてその亡骸を、罰当たりなほどぞんざいに扱う。

 利用し、()()が来ればたやすく捨て去る。

 ゲオルグは、そういった振る舞いを好ましくないと考える。


(しかし)


 されど、ゲオルグはこうも思うのだ。

 死者蘇生術──リ・バースが必要な瞬間も、また確かに存在するのだと。


「屍人兵ってのは、情報流体で動かされてるただの死体だ……でも、もとはきちんと人格があって、生きてた──なのに、ネクロイドになったら乱暴に使われて破棄されて、使い潰される。そんな替えの利く手足をいくつもネクロマンサーはもってやがる。奴らには人間として重要ななんかが欠けてんだ。そんなの、ブルっちまうのは当然だろ? 気味が悪りぃよ、恐ろしいさ、それが正常なはずだ」


 調達屋の揺れる視線。

 その先にいるのは、ひとりの少女だった。


 眼を眠たげに半分閉じ、何度もあくびをする小柄な少女だ。

 肌の色は不健康で青白いが、しかし愛嬌というものがある。

 それを認めたとき、彼の表情は苦しげにゆがんだ。

 その手が強く、しらばむほどに握りしめられ、爪が(てのひら)に食い込む。

 調達屋の男は、耐えきれなくなったように視線をツェオからそらすと、額の汗をぬぐうようにして顔を覆った。


「でも……おれだって聞いたことぐらいある。手足を作る奴だけじゃない。ネクロマンサーには、たった一人だけを、ひとつだけを傍に置くような、そういう奇特なやつがいるって。本当の稀有なやつが……大事なモノを忘れてないやつもいるって」


 顔の前から手をどかし、男は、ことさらに大きな声で、ゲオルグへと尋ねた。


「忘れちゃいけねぇことが、亡くしちゃいけないもんが、この世にはあるんだろ……?」

「…………」


 この調達屋の男性と、ゲオルグの付き合いはわずか数日に過ぎない。

 その間、情報をやり取りし、食事や寝所を都合してもらったというだけの関係である。

 それ以上の感情を持ち合わせる相手ではないのだ。


 それでも、確かにゲオルグは、その男性へと思うところがあった。

 口にすることの難しい、表情にするにしても困ったようにしか映らない、そんな不可思議な感情が彼にはあったのだ。

 だから、彼は会話の初めからずっと手のなかに潜ませていた小型弾体射出装置を、そっとポケットへしまった。

 それから、


「ああ」


 と、いくつもの感情の上に立脚する首肯を返したのだ。

 先程から変わらない、繰り返したやり取りのように。だけれど、確かに違う、なにかを。

 ゲオルグが誠実に応じたから。

 だから、男性は破顔した。


「だよな」


 彼は、嬉しそうに笑ったのだ。


「そうだ。そうなんだ。なくしちゃいけねーもんは、やっぱなくしちゃいけねーんだ。それはどうしたって取り戻さなきゃならねーんだよ。だからさ、そういうやつは、屍人を傍に置く。おれだって、死んでほしくなかったやつは、いっぱいいるんだ。死んじまった馬鹿どもに、いまも生きててほしいって願うんだ」

「……正しい想いだろう、それは。なにも間違っていない。間違っているものか」


 ゲオルグの返答に、男はひとつ頷き、しかし惑うように眉根を寄せる。

 いくばくかの沈黙。

 やがて男は、真剣な表情を作って、ツェオとゲオルグを見据えた。


「……なあ、あんちゃん。なんだったらよ、あんたら二人で、ここに住まないか? 旅人なんて大変だろうし、俺の手伝いをしてくれれば不自由は──」

「──残念だが」


 その続きをゲオルグは語らせなった。

 遮ったゲオルグの声を押しのけるように、男性が声のトーンを上げたときには、彼はもう立ち上がっていた。

 そうしてツェオを手招きすると、横に並ばせ、そのまま歩き出す。


「俺たちは立ち止まるわけにはいかない。これは、そういった旅路なんだ。それにおまえは──地図は用意できなかった。だから……取引はこれまでだ」

「ちょ──ちょっと待ってくれ!」


 かすかに口の端を上げ、ゲオルグが彼へと背を向けたとき、調達屋は大声を出した。

 ゲオルグたちは立ち止まる。

 しかし、振り向きはしない。

 そのまま時間が経って、もう誰も口を開かないのかと思われたとき、調達屋は躊躇い混じりに、こんな話を切り出した。


「……聞いたことが、あるんだ」


 それは正確とは言い難い、不確かな噂話のような情報だった。

 情報が価値を持つこの〝島〟では、きっと鐚一文(びたいちもん)の値打ちもない情報。

 しかし──


「ここから北へ、200キロほども行ったところに、ふぉーみゅらーたちの(ネスト)がある。じいちゃんたちの代に、観測士たちが調べたことなんだが、もしかしたらそこに──」


 そこになら、この〝島〟にもない情報が眠っているかもしれない。


「────」


 それは──ゲオルグにとって値千金の情報だった。

 数秒、或いは数分。

 奇妙な沈黙のあと、ゲオルグはほとんど聞き取れないような小声で、調達屋へと呟きを返した。


「おまえは、一流の調達屋だ……深く、感謝する──」


 振り返ることはついぞなく。 

 ゲオルグの足が、再び動き出す。

 もはや止める者はいない。

 

 彼の後を、小さな金属の足音が、ついていく──

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