応報
俺は……なんだろう。もはや自分が何者かも忘れてしまった。
あれから何十年たったのだろう。なぜ俺は殺され続けないといけないんだろう。
以前は覚えていたような気がするが、毎日のようにゾンビたちに殺され続けているうちに、何も思い出せなくなった。
俺がどんな罪を犯して、殺され続けなければならないのかわからない。だけど、俺には希望があった。
「あと少しで……ゾンビたちの数が0になる」
毎日のように空を見上げて、その数が減り続けることに希望を見出している。
このままいくと、あと数日で0になるはずだ。
「そうなると……ここから出ることができるかもしれない」
外に出たら何があるのかわからない。だけど、水や食料くらいはあるだろう。
ここ数年間、王都にある食料はすべて食べつくしてしまって、一滴の水もひとかけらのパンも食べてない。空腹のあまり無駄に餓死したことも何度もあった。
そして俺は、今日もすくなくなったゾンビに殺される為に王都をうろつく。
そして、ついにその日がやってきた。
「は、早く俺を殺してくれ」
何日も捜し歩き、ようやく見つけたメイド服を着たゾンビに首筋を差し出す。
喉笛が噛み千切られると同時に、天空から光が降りてくる。死ぬ寸前に上空のカウントが0になるところを、俺は確かに見た。
「やった!これで俺は解放されるんだ!」
復活した俺は喜びながら王都の出口に向かう。
しかし、オレンジ色の結界は俺の脱出を阻んだ。
「なんだよ!カウントがゼロになったら解放してくれるんじゃないのかよ!」
俺は虚しく喚き散らしながら、王都をさまよう。
『輝きの球』はそんな俺を、冷たく見下ろしていた。
100年後、王都の召喚の間に、一人の少年が座っていた。
もはや完全に正気を失っているのか、だらしなく目と口が開かれ、壁に向かってぶつぶつと何事かをつぶやいている。
壁に描かれた召喚の儀式に使われる魔法式の下に、びっしりと日本語で文字が描かれている。
もはや見る者もいないその内容は、このように書かれていた。
私は光司。以前は勇者と呼ばれていた者だ。
今ここに、私の真実と裏切りを残そう。
かつて愚かな私は、勇者パーティに属していた仲間に冤罪をかぶせ、彼とその家族を処刑した。
その後、怒りのあまり魔王となった彼の復讐により、人間の王国は滅び、私は永遠の虜囚となった。
彼は私を王都に閉じ込め、ゾンビたちとの終わらない戦いに差し向けた。しかし、本当の復讐はそれで終わりではなかった。
ゾンビたちを全滅させた私は、罪を償ったのだと思った。しかし、魔王は現れず、私はたった一人で王都に残される。
ここにきて、私はようやく気付いたのだ。ゾンビたちは私の正気を失わせないための刺激だったのだと。
すべてのゾンビを滅ぼした私が得たものは、この閉鎖された都市にたった一人取り残された孤独のみだった。
元の世界に帰ろうと、魔術式を解析してみたが、何度やっても反応しない。今や無人の都市となったこの王都には、私が孤独な王として君臨している。
天空にて輝き続ける『輝きの球』を見るたびに、私はいつも思う。いつか新しき勇者が現れて、『輝きの球』を手に入れて私を解放してくれる時がくるのだろうか。
その時のことを想い、私は正気を保っていられるうちに必死に思い出した私の犯した罪と与えられた罰を書き残そうと思う。
願わくば新しき勇者は、私のような愚かな勇者にはならず、真の勇者としてすべてに救いをもたらしてほしい。
そして魔王ライトよ。私が愚かであった。いつか君の魂にも安らぎをもたらされんことを、心から願っている。
床に座り込んだ少年は、壁に描かれた内容をぶつぶつと繰り返し続けながら、いつか解放してくれる新たなる勇者を待ち続けるのだった。
光司への復讐を果たした俺は、王都をでる。
『復讐の衣』が俺に話しかけてきた。
『汝の復讐は果たされた。次は汝が他者に与えた理不尽の報いを受ける番である』
「……ああ、わかっているさ」
最初からわかっていたことだ。俺は復讐を果たすため、多くの人間の命を奪い、不幸にしてきた。俺だけが救われるなんてことがあっていいはずがない。
『復讐の衣』が俺の体を包み込む。俺は生きたまま、闇の中に取り込まれていった。
「ここは……?」
俺の意識が戻ると、見覚えがあるダンジョンの最深部にある玉座に座っていた。
俺が出現した場所は、かつて勇者パーティが先代魔王を倒した「地獄の道」である。
先代魔王が倒されて以降、すべてのモンスターがいなくなった廃墟に、ただ一人俺は玉座に縛り付けられて動けなかった。
「ここに帰ってきたということは……」
『そうだ。これからお前の為した理不尽について、報いを与える』
着ていた『復讐の衣』から思念波が伝わってくる。
『お前は新たな種族が繁栄し、世界のバランスを崩す事態になる時代まで、今まで殺してきた魂たちの恨みをずっと聞き続けて、彼らが味わった苦痛を体験して過ごすことになる。それがお前に与えられる罰だ』
なるほど。先代魔王がダンジョンの奥にずっといて、出て来なかったのは本人の意思ではない。
強大な力を持つ魔王が自由に動けるとなると、人間は神の期待値を超えてあっという間に滅ぼされてしまう。奴は自分に対抗できる勇者が現れるまで、玉座から動けなかったんだ。
「俺にふさわしい罰だな。甘んじて受けるとしよう」
俺は目を閉じ、体の内側から伝わってくる恨み言に耳を傾ける。
「お前のせいで幸せな生活が壊された」
「俺たちはただ一生懸命にいきていただけなのに……」
「憎い。なぜ罪もない子供まで命を奪った……」
何千何万もの恨み言が聞こえてくる。彼らが味わった苦しみが伝わってくる。
俺は弁解も否定もせず、ただ彼らの罵倒を受け続け、彼らひとりひとりの死を追体験する。
こうして、俺は自分が理不尽に殺した者たちの苦痛を受け続けるという無限地獄に落ちたのだった。
~第一部完~
これで第一部完です
第二部ではアリシアが主人公となり、魔王となったライトへの救いと、コスモスへの復讐が描かれる予定です
その過程でマリアとアスタロトも復活しますね。さらに異世界管理局がどのようにからんでくるのか……。
いいアイデアがあれば感想でお送りください。
第二部は2022年から再開する予定です