圧倒
俺は光司。たった今魔王に対して、俺の最大魔法をぶちかましてやったところだ。
盛大な噴煙が吹きあがり、闘技場を覆いつくす。手ごたえはあった。奴は逃げることもできずにまともに食らったはずだ。
「ははは、やったぞ!ついに魔王を倒した!」
俺は勝利のガッツポーズをする。俺の後ろにいた民たちから悲鳴が上がった。
「そんな!ライトが負けるなんて!」
「ここでライトが死んだら、俺たちはどうなるんだ!」
怯える奴らに、俺はいい笑顔で言い放った。
「ついでに、お前たちも殺してやるよ。『火炎砲』」
魔力不足で威力はしょぼいが、一般市民なら問題なく殺せる。
俺が観客席に炎魔法を放とうとした時、冷たい声が響き渡った。
「勝手なことをするな。そいつらは俺の獲物だ」
噴煙の中から水色の結晶に包まれた人影が現れる。
それは水の魔法で自らを包んだライトだった。
「なかなかの魔法だ。『水鏡盾』を習得してなかったら危なかったかもしれん」
奴は余裕たっぶりに言い放った。
「てめえ……その力は……」
「お察しのとおり、コーリンの力だ」
ライトの手のひらにコーリンの顔が浮かぶ。彼女は苦しそうに顔を歪めていた。
「光司……もうあきらめて。こいつには誰もかなわないよ」
続いて、レイバンやデンガーナの顔も浮かび上がってくる。
「お前も罪を償うんだ……こっちにこい」
「光司はん……待ってるで」
奴らはまるで幽鬼のように暗い目で俺を睨んでいた。
勇者パーティとして命を預け合った仲間たちのそんな姿を見て、俺は怒りに震える。
「てめえ、奴らに何しやがった」
「別に?ただ殺して魂を吸収してやっただけだ。そうすることで、俺はさらなるレベルアップを遂げた。これが魔王の力だ。人間を殺せば殺すほどレベルアップしていく。今のお前なんて敵ではない」
奴の魔力が膨れ上がる。まるで巨人を相手にしているかのような、圧倒的な威圧感を感じた。
「く、くそっ」
俺は必死に炎魔法を放つが、奴の体に触れると同時にジュッとという音と共に消えた。
「な、なぜだ?なぜ燃えない」
「ふふふ。俺の光魔法にコーリンの水魔法が加わるということは、自力で聖水をいくらでも生成できるということだ。それを身に纏えば、魔力で作った炎など防ぐのは造作もない」
奴の体を、オレンジ色の水の膜が覆っていく。
「そんな!聖水を纏った魔王なんて反則だ!」
「聖水だけじゃないぞ。治療ポーションも作り出せる。『ヒール(自動回復)』」
水膜が奴の火傷を覆うと、俺が火炎砲でつけた傷がみるみるうちに治療されて消えていった。
それを見て、俺は心底恐怖を感じる。
「そろそろ死ぬか?『土重力』」
立ち尽くす俺に重力魔法がかけられ、身動きが取れなくなる。
「『風刃』」
奴の手から無数の風の刃が放たれ、俺の服を皮膚ごと切り裂いた。
くそっ。奴は殺した仲間たちの魔法を使えるのか。これじゃ俺一人で勇者パーティすべてを相手にしているようなものだ。いくら俺が勇者でも勝てるわけがない。
「うわぁぁぁ!く、来るな!」
俺は必死に腕を振り回すが、奴は口元に薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。
「やった!真の勇者であるライト様が偽勇者を倒した!」
「殺せ!殺せ!」
見物していた民たちは、俺を殺せと大合唱している。
「さて、どんな拷問にかけて殺してやろうか」
なぶるような笑みを浮かべて近づいてくる奴に、俺は絶望していた。
くそ。なんで俺がこんな目に。そもそも俺は勇者になんかなりたくなかったんだ。
俺がこんな目にあう原因は何だ?そうだ。シャルロットに召喚されてしまったからだ。
召喚なんかされなかったら、俺は日本で面白おかしくいきていけたんだ。全部奴が悪い。
「決めた」
奴が一歩足を踏み出したとき、恐怖のあまり俺は思わず小便を漏らしてしまう
俺がながした小便は俺の炎の魔力に反応し、蒸発していく。アンモニアガスとなって奴の顔面に噴出した。
「うわっ!くせっ。目に染みる」
奴が思わず一歩下がった時、俺を拘束してた土魔法が切れた。
「しめた!『爆煙流』」
俺は足元の地面に炎の魔法を使う。砂に含まれていた水分と反応して、すさまじい爆煙が巻き上がった。
「今だ!」
煙に紛れて、一目散に闘技場の出口に向かうのだった。