凱旋
俺を乗せた馬車は民たちの歓喜の声につつまれながら、王城への通りを進んでいった。
「勇者ライト様!我らが救世主!」
「偽勇者光司をさばいてください!」
やつれた姿をした市民たちが、精一杯着飾り、思い切り媚びた笑顔を浮かべて俺にむかって花を降らす。
そんな中、俺はただ無表情で奴らの顔を見ていた。
(醜い……人間とはこんなに醜いものなのか)
あの日、俺が冤罪をかぶせられて王都を追放された日、奴らは馬につながれ引き回される俺に対して石を投げ、罵声を浴びせてきた。
それなのに、各都市を滅ぼし、何百万もの人間を殺してきた俺に対して笑顔を見せ、手を振っている。
異世界の、「一人殺せば犯罪者だが、百万人殺せば英雄だ」という言葉が思い出される。
(結局、人間に正義は無いんだな。奴らにあるのはただ敵か味方かだけ。自分にとって都合のいい存在を正義と崇め、そうでないものを悪と見下す。そして常に、断罪されるべき悪を探してうごめく醜悪な生物なのだ)
助かるためには自らの同胞を殺してきた魔王をも崇める風見鶏ども。
俺は心の中で奴らを軽蔑しながら、王城へと進んでいった。
王城に入ると、豪華な客間に案内された。
「ゆ、勇者様。こちらがお召し物でございます」
怯えたメイドが豪華な礼服をもってくる。
「いらん」
「で、ですが、そのお恰好で謁見されるのは……」
確かに俺が着ているのは、漆黒の闇がはりついたような『復讐の衣』と、今まで殺してきた人間の血と汚れがしみついたような襤褸切れのみだ。
だが、この汚れた服こそが復讐に狂って殺戮を繰り返していた魔王にふさわしい。俺は断じて着替えるつもりはなかった。
俺が睨みつけてやると、「きゃああああ」と悲鳴を上げてメイドは逃げ出していった。
ふふふ、それでいい。崇められるより恐れられるほうがよほど心地いい。なぜなら、俺は魔王なのだから。
しばらく待っていると、顔をこわばらせた騎士が呼びにきた。
「お、お待たせいたしました。こちらにどうぞ」
騎士たちに囲まれながら、俺は謁見の間にはいる。
奥の玉座には、引きつった顔の国王が座っていた。
俺はつかつかと歩くと、奴の前に進み出る。
「勇者殿。国王陛下の御前ですぞ。跪いてください……ひっ!」
何か言いかけた宰相を睨みつけて黙らすと、俺は国王の前で仁王立ちした。
「こ、こほん。勇者ライト殿。久しぶりじゃ。げ、元気そうじゃな」
国王はねこなで声で話しかけてくる。
「ほう。お前には俺のこの有様が元気にみえるのか」
今の俺はハゲ頭にやつれた顔、異臭がただよう汚い服と、どう見ても元気にはみえないに違いない。
皮肉たっぷりに聞き返してやると、奴は気まずそうに下をむいた。
「……お主にかけられた、数々の疑惑はすべて冤罪じゃ。このルミナス一世、一生の不覚じゃった。いまここに、心から詫びよう」
玉座に座りながら、頭をさげてくる。この期に及んでもまだ玉座にしがみついていたいらしいな。
俺が無言でいると、奴は俺の機嫌を取るように笑顔を向けてきた。
「これは予の詫びの印じゃ」
騎士たちが、宝箱いっぱいに入れられた金貨や宝石を持ってくる。
「ほかにもあるぞ。予の娘たちじゃ。何人でも好きなだけ妻にするがよい」
美しく着飾ったお姫様たちが、メイドたちに付き添われて入ってくる。彼女たちは皆、俺への生贄にされる恐怖におびえ、涙を流していた。
それでも俺が無言なので、王は焦った様子で続ける。
「予の娘と結婚して、王国の守護者になってくれたら、いずれそなたに王位を譲ろう。かくして二つの勇者の血を引きし家系は一つになり、勇者王として永遠にこの世を統べることになるだろう」
いつまでも続く媚びへつらいにうんざりし、俺は口を開いた。
「そんなことより、光司はどうしている」
「ああ、あの偽勇者か」
国王は唾でも吐きたそうな顔になった。
「偽勇者として予と予の民をたぶらかした罪で、牢に入れておる。そなたが望むなら、すぐに処刑しよう」
「無用だ。ただ単に殺すだけでは飽き足らないのでな」
俺の声に含まれた憎悪を感じ取り、国王たちは震えあがった。
「そ、それなら、明日闘技場で民の目の前で、奴を処刑しよう」
「……いいだろう」
そう言い捨てると、俺は踵を返して玉座の間を出る。
後ろからほっとしている気配が感じ取れた。
(何を安心しているんだ。明日が王国の最後の日となる。せいぜい、俺を懐柔できたと喜んでいるがいい)
心の中で思いながら、俺は客間に戻るのだった。