限界
予は人間の王国の王、ルミナス一世である。
今王国は、魔王ライトの侵攻により、各都市が滅ぼされてしまい存亡の危機に瀕していた。
今後の対応を協議するために宰相以下主だった閣僚を招集する。
しかし、何人かの貴族たちは欠席していた。
「文部大臣や通商大臣、儀礼大臣はどうした」
「それが、酒による二日酔いで出席を見合わせると……」
王都を守る防衛大臣が苦り切った表情で答えた。
「何を言っておる。今は国の非常時じゃ。首に縄をつけてでも連れてこい!」
そういって騎士を派遣するが、連れてこられた大臣たちは酒に狂っていて使い物にならなかった。
「うい……ひっく。酒はまだか?」
「酒が切れた……苦しい」
「いくらでも払う。便宜も図ってやる。だ、だから……酒をくれ……」
奴らは焦点の合わない目をしており、狂ったように酒を求めていた。
「ええい!このものたちを職務怠慢で首にする。牢にでもぶち込んでおけ!」
騎士たちに連れていかれる元大臣を見送った後、残った者だけで閣議を再開する。
しかし、各大臣の報告は状況の悪化を告げるものばかりだった。
「コルタール他方の壊滅で、王都の食糧不足は深刻なものとなっております。このままでは飢饉が発生します」
「オサカの街の経済破綻により、王国の経済は疲弊の極に達しています」
「インディーズの冒険者たちはほとんど全滅状態です。傭兵として集めようにも難しいかと」
「援軍を求めようとしても、地方の貴族との連絡が途絶えました。ヴァンパイアが発生して大混乱に陥っているという情報もあります」
「宗教都市エルシドの壊滅により、聖水やポーションの供給が途絶えました。今後の医療には深刻な影響が考えられます」
各大臣は青い顔をして、それそれの分野での報告をするが、そのどれもが予をいらただせるものばかりだった。
「ええい。いずれ魔王が攻めてくるというのに、この体たらくはなんじゃ!」
各大臣の報告をまとめると、今の王都には食料も金も兵も薬もないということになる。
こんな状態で魔王に攻められたら、なすすべもなく滅ぼされるだろう。
さらに、王都内部にも深刻な問題が発生していた。
「禁薬……じゃと?」
「はっ。スラムの闇ギルドが発売している酒に、危険な薬が混入されていることがわかりました」
防衛大臣は、気泡が浮かんだワインを取り出して見せる。
「このワインに、コカの実を精製した禁薬が入っていることが判明したのです。スラムのカジノを利用している貴族たちの間に、急激に広まっています」
その禁薬とは、飲むと「ハイ」な感覚になり、極めて幸福な感覚になり、やる気に満ち、自信にあふれた人になったような気持ちになる。
しかし、依存性が大変高いので、使用量もどんどん増え、あっという間に中毒者になってしまうらしい。
そしてそのまま乱用の繰り返していると、幻覚や思考の異常、精神錯乱などの症状が出始める。
また、不眠や疲労困憊、焦燥感、うつなどの症状が始まり、最後には発狂して死に至るというものだった。
「貴族の間に広まっているじゃと……まさか」
「はっ。先ほどの大臣たちもおそらくは中毒患者になっていると思われます」
うむむ、予の知らないうちにそんな禁薬が蔓延しておったとは。
「この酒の販売は闇ギルドが行っているものですが、勇者殿も関わっているようです」
治安維持を担当する防衛大臣は、売られているコカワインのラベルを見せる。
そこには光司の絵が描かれており、「勇者の酒」と書かれていた。
「ぐぬぬぬ。奴め!勇者の名を汚す行いをしおって!戻ったら罰を与えてやる」
そろそろ、勇者を利用するのも限界か。
奴を甘やかして好き放題させたせいで、民の間にも不満が広まっている。ここらで罰を与えて、しつけ直さねばならぬ。
そう思っていると、避難民の慰撫に向かわせた騎士たちが帰ってくる。彼らは疲れ切った様子で、体中血にまみれていた。
「なにがあった?」
「はっ。実は……」
騎士の隊長から報告を聞いた余は、激怒した。
「光司は避難民たちを皆殺しにしたのか」
「はい。私たちも必死に止めたのですが、奴は容赦なく民たちを虐殺しました」
そう答える騎士たちの顔には、怒りが浮かんでいた。
これはまずい。いくら避難民とはいえ我が国の民じゃ。勇者が無辜の民を虐殺したなど広まれば、民の不満が抑えきれなくなる。
「それで奴はどうしたのじゃ」
「『酒が切れた』と申して、闇ギルドに向かいました」
それを聞いて、余は決心した。
「騎士隊をだせ。全兵力をもってして、勇者を捕らえよ。邪魔するようであれば、スラムの闇ギルドも壊滅させるのじゃ」
余は王都を蝕む禁薬を根絶やしにすべく、配下の全兵力をスラムに向かわせるのだった。




