不満
広場には粗末な台がおかれていた。
俺は騎士たちに促され、しぶしぶその台に昇る。
「おお、勇者光司様!」
「我々の救世主様!」
俺が台の上にたつと、避難民たちから熱狂的な歓声があがる。
しかし、俺はどこか冷めた目で民たちを見ていた。
こいつら、どいつもこいつも不細工で汚い面してやがる。美少女に褒められるならいい気分になるが、薄汚いおっさんたちにあがめられても嬉しくないんだよ。
ああ、早く帰って酒が飲みてえと思っていると、騎士たちが俺を民たちの前に押し出した。
「さあ、勇者様。魔王の脅威に震える民たちを安心させてください」
騎士たちはそんな事を言っているが、何を言えばいいんだ?
自慢じゃないが俺は元の世界でも人前で話したことはねえし、何を言えばいいかからない。
ただ台の上で立ち尽くしていると、民たちが勝手なことを言い始めた。
「勇者様、おらたちの農地を取り返してください」
逃げてきた農民が、俺を拝みながらそう要求する。
「勇者様、俺の金を取り返してください。魔王のせいで一文無しになったんです」
ボロボロの服をきた商人らしい男が頼み込んでくる。
「もう仕事がみつからないんです。俺を仲間にしてください。なんでもしますから。ああ……腹が減った」
腹をすかせた冒険者らしい奴らが、パーティ全員で土下座する。
「あんたは神の使徒なんだろ?ヴァンパイアになってしまった息子を助けてくれ」
傷だらけになった地方貴族らしい中年男が、隣で縄に縛られている人型の棺桶を指さして懇願した。
「勇者様……お願いします。光魔法で、病み苦しむ父の病気を治してください」
汚れた服を着た少女が、全身が腫れあがった父親を抱いて涙を流していた。
奴等の勝手な願いを聞いていた俺は、だんだん腹が立ってくる。
なんでも勇者に頼めばなんとかなるってか?俺にはそんな力はねえよ。神様にでも頼むんだな。
「うるせえなぁ」
それはほんの小さな一言だったが、俺の前にいた避難民たちが聞いていたらしく、怒り出した。
「なんだその態度は、それでも勇者なのか!」
それを聞いた俺は、今まで我慢していた不満を思い切り吐き出した。
「うるせえって言ってんだよ。勇者勇者となんでも押し付けてんじゃねえ。農地を返せ、金を取り返せ、病気を治せだと?知らねえっていってんだよ。自分でなんとかしろ」
俺の言葉を聞いた民たちは、シーンと静まり返る。
「もう一度いう。自分たちでなんとかしろ。俺はお前たちのことなんて知らん。勝手に野垂れ死んでしまえ!」
それを聞いた避難民たちは、怒りに声を張り上げた。
「なんて言いぐさだ!今までさんざん勇者って威張っていたくせに」
「勇者なら勇者らしく、俺たちを救え!」
あまりの言い草に、俺が思わずフレイムソードを抜きかけた時、女の叫び声が響き渡った。
「そいつは勇者じゃない!ただの人殺しよ!
避難民たちが一斉に声がした方をみる。そこには、首が折れた子供の死体を抱きかかえた女が立っていた。
「私の坊やは、そいつに殺されたの。汚い手で俺に触れるなって!」
女はそういいながら泣き崩れる。それを見ていた避難民たちの間から、次々と声が上がった。
「そうだ。俺もみていたぞ。勇者が子供を殺すところを」
「子供を殺すような奴は勇者じゃねえ!偽物だ!」
その声は、燎原の火のように広がっていく。
「やっぱりライト様がいう事が正しかったんだ」
「俺たちは騙されていたんだ!こいつは偽勇者だ!」
「こいつをライト様に差し出して、許しを請おう」
ついには、俺にむかって石を投げつけてきた。
「やめろ!勇者様に無礼だぞ!」
騎士たちが必死に止めようとするが、興奮した民衆は止められない。
「偽勇者を倒せ!」
ついには、俺に向かって殺到してきた。
上等だぁ。お前らがそのつもりだと、容赦しねえぜ。
俺はフレイムソードを抜き、襲い掛かってくる避難民たちに切りかかっていくのだった。