畜生
「まずいな。皆殺しにしてしまったかも」
俺は上空から眼下の惨状を見下ろして、ちょっと後悔してしまう。
大灯台は完全に崩れ落ちて、中には騎士や修道女、枢機卿たちのぐちゃぐゃになった死体が転がっていた。
「教皇だけは拷問して殺してやりたかったんだが」
奴の死体を探していると、瓦礫の中から一人の太った中年男がはい出してきた。
「はぁ……はぁ……誰かいないのか?ワシを助けろ」
聖帽をかぶったその男は、俺が探していた教皇マルタールだった。
その胸には「輝きの球」が抱かれている。
「『輝きの球』で結界を張って、自分の身だけは守る事が出来たのか。運のいい奴だ。いや、運が悪いのかな」
これから凄惨な罰をうけることになるのだから。
教皇の前に降り立つと、奴は震えあがって逃げようとした。
「ひっ!魔王ライト!」
後ろを向いて走り出そうとしたが、瓦礫につまずいて転んでしまう。
俺はその背中を踏んづけてやった。
「や、やめろ!『輝きの球』よ。ワシを守れ!」
必死に魔力を込めて結界を張ろうとしたが、『輝きの球』は発動しなかった。
「残念だったな。『輝きの球』は祭壇に設置されていると自動発動できるが、そこから外されると発動に光の魔力が必要になる。お前には点火する魔力すら残ってないみたいだ」
「ひいいっ!」
最後の頼みの綱が断ち切られて、教皇は絶望する。俺は『輝きの球』を取り上げると、道具袋に入れた。
「や、やめてくれ。殺さないでくれ!」
教皇はみっともなく命乞いを始めた。俺が足を離してやると、土下座を始める。
「すまなかった。お主を冤罪に落としたのはマリアにたぶらかされたせいなのじゃ」
「知っているさ。マリアは死んだぞ」
マリアの死を告げられて、教皇はますます卑屈になる。
「な、ならもう復讐は果たされたじゃろう。そうじゃ、お主を勇者の正統後継者として教会が公認し、その後ろ盾となろう。そうなれば、いずれ王位すら夢ではないぞ」
「残念だが、俺は勇者にも王にもなるつもりはない」
そう言われた教皇は絶望した顔になる。
「た、頼む。金も女もいくらでもやる。ワシの命だけは助けてくれ」
地面に頭をこすりつけて頼み込む教皇に、俺は優しく告げてやった。
「いいだろう。今から言うことをやりとげたら、命だけは助けてやろう」
「わ、わかった。なんでも言ってくれ」
そういうやつの前に、腐ったダンジョンラットの死体を投げつけてやった。
「これを食え」
「ひっ!い、いくらなんでも、腐ったネズミを食えだなんて……」
「食わなければ殺す」
そう脅された教皇はしばらくためらっていたが、意を決して口にいれる。
「く、臭い。まずい。気持ち悪い。うぐっ」
「吐き出すな。最後まで呑み込め」
剣で脅してやると、教皇は涙目になりながらもラットの死体を呑み込んだ。
「ぐ、ぐうううううう」
教皇の腹がギュルルとなって、盛大に漏らしをする。同時に全身が腫れあがり、腫瘍から噴き出す膿にまみれた。さらに体に斑点が浮き上がり、とてつもない苦痛が襲い掛かってくる。
「こ、これはなんだ?」
「さっきのラットには、特別強い黒死病の菌を埋め込んでおいた」
俺がそう答える間にも、教皇の息がどんどん苦しくなっていく。
「た、助けてくれ」
「もちろん助けてやろう。命だけは助けてやる約束だったしな」
奴の体に十分に黒死病が染み渡ったのを確認して、『魔化』の魔法をかけてやる。
教皇の姿がどんどん変わっていき、ネズミと人間の中間のような生物になった。
「グゲゲ……コレハ?」
細くなった呼吸器からゼーゼーと音を出しながら、必死に聞いてくる。モンスターになっても、病の苦しみからは逃れられなかった。
「『ラットグール』という魔物だ。人間に疾病をもたらす魔物として忌み嫌われている。動物の死体や糞尿しか食べることができず、あらゆる毒や病をため込んで苦しみ続ける魔物だ」
俺の言葉を聞いた教皇は、必死になって舌を噛んで自殺しようとしている。
しかし、どんなに頑張っても死ぬことはできなかった。
「無駄だ。アンデッドの一種だから通常の方法だと死ぬこともできない。死ねるとしたら、光魔法による浄化だが……」
俺はやつの醜い姿を見て、残酷に笑う。
「ふふふ、お前はこれから永遠に、光魔法を使って自らを浄化してくれる勇者をさがして世界をさまようことになるんだ。人間に病をもたらしながらな」
俺の言葉を聞いた教皇は、土下座して頼み込んできた。
「タノム……コロシテクレ」
「断る。勇者の血筋の者を冤罪に落とした罰を受け続けろ」
俺は教皇をあざ笑うと、王都にむけて飛んでいく。誰もいなくなった宗教都市エルシドに、魔物になった教皇のみが取り残されるのだった。