天雷
「私の思惑通り、あなたは第二の魔王となり復讐を始めました。そして人間たちと戦うことで、その憎悪はさらに膨れ上がりました。これで私の役目は終わりましたわ」
「……すべて、お前が裏で糸を引いていたのか」
「はい。途中であなたの復讐心が満たされたりしないように、適当に人間たちに肩入れもしました。コーリンに聖水結界のことを教えたりとか。抵抗されたほうが復讐心は燃え上がるでしょう?」
そういってマリアは残酷に笑う。
すべてを知った俺は、彼女に問いかけた。
「これが……真実なのか。すべては神の思い通りだったと。一体、神とはなんなんだ」
「そうですね。まったく自意識をもたず、定められた使命を忠実に処理するための『管理システム』というのが正しいのでしょうね。そこには愛も憎しみも、正義も悪もありません」
マリアによると、神とは世界を維持するという使命を持った電気信号のようなものらしい。増えすぎた種の数を刈り取り、減りすぎた種族に恩恵を与えて世界中の各種族を管理しているのだ。
「神の計画通り、先代から現在まで続く魔王の侵攻でかなりの人間が死んでいきました。それに、次に増えつつあったエルフの数を減らせたのも大きいですわ」
これで世界のバランスは、数百年は保たれるという。
「あなたがこのまま復讐を続けると、王都を滅ぼした時点で計算上は人間に割り振られた適正値に戻ります。おそらく、その後はアスタロトお兄様と同じ運命をたどるのでしょう」
マリアは冷酷に事実を告げた。
「だとしても、俺は復讐をやめるつもりはない」
俺はそう告げると、マリアに向けてレーザーソードを構える。
「無駄ですわ。所詮はあなたも私も神のチェスの駒。私を殺したところで、運命からは逃れられません」
「ほざけ!」
俺はマリアに向けてレーザーソードを突き出す。何の抵抗もなく胸に突き刺さるが、マリアは平然としていた。
「お忘れですか?今の私たちは魂だけの存在。実体がない魂に剣を突き刺しても意味はありません」
「ぐっ!」
そうだった。俺たちの肉体は地上にあるんだった。
悔しがる俺に、マリアは無垢な微笑みを向けてくる。
「あなたにとっては不本意でしょうが、私に復讐することはできません。なぜなら、私の運命はすでに決まっているからです」
マリアの体が縮んでいき、姿を変えていく。そして一行の計算式になった。
「神に魂を売って望みをかなえた者の末路は、魂を神に囚われ、自我を無くして永遠に神の一部になるのです。二度と転生できなくなって消滅すること。これが私への報い。ですが……」
マリアの声が小さくなっていき、無数の計算式の中に紛れていく。
「これでアスタロトお兄様を救えました。たとえ永遠に会えなくなっても、私に後悔はありませんわ。あとはお好きになさってください。勇者を殺そうが、王国を破滅させようが、もはや私には関係ないことです」
マリアの魂が神に呑み込まれ、完全に消滅したことを感じ取った時、俺の魂は地上に戻っていく。
気が付けば、俺は元の救護院にいた。
俺の隣にはマリアが倒れている。慌てて鼓動を探ってみたが、すでにその心臓は動きを止めていた。
「くそっ」
俺は最初からこうするつもりだったことを悟り、地団駄を踏んで悔しがる。
勝ち逃げならぬ死に逃げである。俺の魔王の力はあくまで直接間接的に殺した人間の魂を吸収するもので、自殺したものの魂には及ばないのだった。
マリアにしてやられて悔しい気分のまま、俺は救護院を出る。
周囲には、大勢の病人が群がっていた。
「ああ……マリア様。お救い下さい」
「……私たちに、安らかな死を」
彼らは、苦しみのない死を求めてマリアに祈りをささげていた。
「マリアは死んだ」
俺がそう告げると、彼らは絶望して地面に伏して涙を流す。
「そんな!神様、お願いします」
「もうこれ以上苦しみたくありません!救いを!」
天に向かって祈りだす。俺は人間というものが、神に翻弄されるだけの存在だと知り、虚しさを感じていた。
「……わかった。お前たちに救いを与えてやろう」
俺は空に浮かび上がり、両手を天に掲げて魔力を集中する。俺の魔力を受けて、上空に真っ黒い雷雲ができてエルシド中を覆った。
「ひっ!魔王ライト!」
俺をみた民たちが、恐怖の叫び声をあげる。
「嫌だ!死にたくない」
逃れる場所を探して、一目散に逃げ散っていく。
勝手なことを言う。お前たちは死にたいんじゃないのか。どいつもこいつも、神にいいように操られるだけの哀れな人形たちめ。
「極大光魔法 『暴雷嵐』」
俺は腹立ちまぎれに、全力で雷を放つ。
エルシド中が雷に覆われ、光の結界に覆われていた大灯台にいる者以外のすべての命が刈り取られた。
「あとは、教皇とその取り巻きだけか」
大灯台を見ると、恐怖の表情を浮かべた教皇と枢機卿たちが最上階から街を見下ろしているのが見えた。