過去
気が付くと、俺たちは平凡な農村にいた。
「ここは……どこだ?」
「400年前、現在のコルタール地方にあった魔族の隠れ里エイビスですわ」
マリアの声が聞こえる。
「よく見ていてください。あなた方人間が何を行ったかを」
俺の目の前では、少年と少女が遊んでいた。
「アスタロトお兄ちゃん。だーいすき」
マリアにそっくりの美少女が、金髪の美少年に抱き着いている。
「やめろよケイオス。俺たちはただの幼馴染で本当の兄弟じゃないんだから、あんまりベタベタするな」
アスタロトと呼ばれた少年は、真っ赤になってケイオスという少女から離れようとしていた。
奇妙なことに、二人とも頭には鋭い角が生えていた。
「彼らは……」
「そう。今は滅亡した種族……魔族ですわ」
マリアの声からは、深い悲しみが含まれていた
。
その時、村の大人たちが慌てた様子で駆け込んでくる。
「まずいぞ。人間たちにアスタロトの存在を嗅ぎつけられてしまった」
そういいながら、少年を村の隠し倉庫に連れて行くと、その入り口を隠した。
「いいか。アスタロトは魔族王の血を引く最後の一人だ。彼を守らねばならん。人間たちと戦うぞ!」
大人たちは武器を用意して気勢を上げる。暗い倉庫の中で、少年はただ恐怖に震えていた。
すさまじい戦いの気配が伝わってくる中、ふいに隠し倉庫の入り口が開いて、ケイオスが入ってくる。
「お兄ちゃん。お別れだね」
ケイオスはにっこりと笑うと、村の秘宝『変化のブローチ』を使ってアスタロトの姿になった。
「ケイオス!何をするつもりだ」
「お兄ちゃんはここにいて」
微笑みを残して倉庫の扉に鍵をかけると、ケイオスは外に向かう。
「やめろ!もどってこい!くそっ、なんで開かないんだ!」
アスタロトは力の限り扉を叩くが、どうやっても鍵が開かない。
そのうち、外から人間たちの声が聞こえてきた。
「アスタロトを討ち取ったぞ!」
「これで、世界は俺たち人間のものだ!」
人間たちが喜び合う声が聞こえてくる。アスタロトはただ一人、暗い倉庫の中で涙を流し続けていた。
数時間後、アスタロトはやっと倉庫から出る事ができる。エイビスの里は、死体が転がっていてひどい有様だった。
村は焼きうちにあったのか、畑も家も燃えている。
「ひどい……なんでこんなことに……」
炎に包まれた村を彷徨っていると、自分の家が燃えているのが見えてきた。
「父さん!母さん!」
家の前には、自分を育ててくれた義理の両親の死体が転がっていた。
「……これは……もしかして」
「そうです。アスタロト様もあなたと同様に、人間に両親を殺されてしまいました」
マリアの悲しみに満ちた声が聞こえてくる。
しばらく両親の亡骸に取りすがって泣いていたアスタロトは、立ち上がって彼にとって最後に残された大切な者を探しに行く。
しかし、彼が見たものは、村の中央広場で磔にされた自分の姿をした者だった。
「ケイオス!」
慌てて処刑台から降ろして、「変化のブローチ」を外すと、ケイオスの姿に戻った。
「あはは……お兄ちゃん。無事だったんだ。よかった」
「しっかりしろ!今ポーションをもってくる」
アスタロトが駆けだそうとしたが、ケイオスに止められる。
「もう私はダメみたい。お兄ちゃん……人間に苦しめられている魔族を守って……」
ケイオスはそういうと、静かに息を引き取った。
「ケイオス――――!」
エイビス村にアスタロトの慟哭が響き渡る。こうして村は壊滅するのだった。