開始
「くそ……出口はどこだ」
俺は暗いダンジョンの中をめちゃくちゃに逃げ回っている。いつのまにか俺の子分たちも散り散りになり、一人きりになっていた。
そんな俺の耳に、誰かの絶叫が聞こえてくる。
「や、やめてくれ……」
「オラはモーリス様の命令に従っただけなんだ!」
「痛い!痛い!」
闇の中から俺の子分たちの声が聞こえてくる。俺の心の中に、恐怖と共に村長であるおやじの忠告が浮かび上がってきた。
「モーリス、お前は取り巻きたちにライトをいじめさせているようだな」
「ああ、そうだぜ。奴隷の扱いとしては当然だろ」
俺は平然とそう答えるが、おやじの顔には不安が現れていた。
「あまり奴を追い詰めるな」
「なぜだ」
不満そうな顔をする俺の前に、おやじは村の記録書をもってきて広げる。
「ここを見てみろ」
親父が指示したのは、400年前の記録だった。
「なになに?勇者ライディン、モース村に滞在する。そのとき一人の村娘を妾にして、一子をもうける……だって」
「そう。それがライトの家系の始まりたとすれば、奴は本当に勇者の血を引いている可能性がある。
何かのきっかけで、勇者の力が覚醒したら……」
心配するおやじを、俺は思い切り笑い飛ばした。
「心配するなって。万一そうなったとしても、この世界にもうモンスターはいねえんだ。モンスターがいなけりゃ、それを倒してレベルアップなんできないだろ」
「それはそうだが……」
「おやじは心配症だな。だったら明日奴をダンジョンにつれていって、最深部で殺してやるよ。それなら安心だろ」
そう言って奴をダンジョンに連れ出したが、予想外のモンスターの出現で大幅に計画が狂ってしまった。
「あの声……もしかして、ライトが何かのきっかけで勇者の力を覚醒させて、子分たちを殺しているのか?」
そう思うと、奴をこれでもかと虐めて追い詰めたことを後悔してしまう。
「なんとか、ここから脱出しないと……」
さんざん迷った末に、どうにか階段を見つけて上に上がると、前方にオレンジ色の光が見えてきた。
「ありがてえ。なかなか帰らない俺を心配して、おやじが救助隊を派遣してくれたのか」
オレンジ色の光を頼りに、通路を進んでいくと、ハゲ頭の男が立っている部屋にたどり着いた。
「おい。一人だけか?ほかのやつは……」
そう呼びかける俺の足元に、何かが転がってくる。それを見た俺は、おもわず悲鳴をあげてしまった。
「ひ、ひいっ」
俺の足元に転がってきたものは、一緒にダンジョンに入った子分たちの生首だった。
「ようやく会えたなモーリス。これで復讐できる」
ハゲ頭の男がゆっくりと振り向く。それは凶悪な笑みを浮かべたライトだった。
「ラ、ライト、貴様……」
「しゃべるな。息が臭い」
ライトはそういうと、ゆっくりと手を振り上げる。その手からは、禍々しいオレンジ色の半透明の剣が浮かび上がった。
「これが真の勇者の剣。『レーザーソード』だ」
禍々しくも美しい勇者の剣の威厳に打たれて、俺はその場から動くことができなかった。
次の瞬間、眼にもとまらぬ速さでライトの手が振られ、俺の首元に激痛が走った。
(切られた!)
俺は反射的に首元に手を当てるが、首は無事なままだった。
「へっ。何が勇者の剣だ。とんだナマクラじゃねえか……えっ?」
首から下の感覚がなくなっていく。俺の体から力がどんどん抜けていく。バランスを保てなくなった俺の体は、前のめりに倒れた。
冷たいダンジョンの床が、俺の顔面を濡らしていく。口の中に臭い土が入りそうになり、必死にもがいたが、動かせたのは顔面の筋肉だけだった。
「この『レーザーソード』は、実体を簡単に焼き切ることもできるが、対象物の体内電気回路『神経』だけを絶つこともできるんだ」
床に伏せて立ち上がることもできない俺の頭上から、ライトの冷たい声が響く。
「もうお前は一生体を動かすことができない。ここでダンジョンの蟲たちの餌になれ」
その言葉を最後に、ライトの気配が去っていく。俺はダンジョンの暗闇の中、たった一人で残された。
「まて、待ってくれ。悪かった。助けてくれ」
どんなに泣きわめいても、ライトは戻ってこない。
やがて、ガサガサという音とともに、ダンジョンゴキブリの群れがやってきた。
「や、やめろ!やめてくれーーーーー」
動かない体で必死に喚き散らすも、ゴキブリたちは容赦なく少しずつ俺の体を食い荒らしていった。