邂逅
「どうやら、うまくいったようだな」
そうつぶやく男には見覚えがあった。このエルシドを地獄に落とした男である。
「魔王ライト!」
驚いた私はナイフを構えるが、奴は私のことなど眼中にないようで、ただ薄笑いを浮かべて苦しむ患者たちを見下ろしている。
「どうやら、俺がばらまいた『黒死病』は効果があったようだな」
「『黒死病』だって?それはなんなんだ!」
私の問いかけに、奴は冷たく答える。
「異世界で、人類史上最悪の病魔として猛威を振るった病原菌だ。ラットについている蚤が感染源で、一度人間に感染すると風と水を媒介にどこまでも広がっていく。人間にとって最悪といえる病だ」
ライトは残酷な笑みを浮かべながらつぶやく。
「この都市から逃げ出した奴の中にも、きっと感染している奴がいるだろう。ふふふ、人間はこの病のせいで、さらなる地獄に落ちていく」
「貴様!」
私は力の限りナイフを突き出すが、奴はあっさりとかわした。
「貴様はなぜこんなことをするのだ!」
「なぜ、だと?」
ライトは恐ろしい目つきで、私を睨んできた。
「貴様たちが俺に何をしてきたのか、都合よく忘れたみたいだな」
「うっ……」
それを聞いて、ライトがこの都市に連れてこられた時に何が行われたのかを思い出す。
「お前たちは俺がこのエルシドでさらし者にされているとき、大喜びで石を投げつけてきたよな。偽勇者、盗人として、それはそれは嬉しそうに。お前もその中にいたはずだ」
「そ、それは、お前が『輝きの球』を盗んだせいで」
私は必死に言い返すが、奴は首を振った。
「それは冤罪だ。先代魔王の『復讐の衣』をはぎ取るために『輝きの球』が必要だった。だから教会は勇者パーティに貸し出したんだ」
ライトは淡々と話す。
そんな……それじゃ、ライトは無実の罪で貶められたのか?だとすると、私たちがやってきたことは……。
「どうだ?教皇の言うがまま、正義の立場に立って石を投げつけるのは楽しかったか?自分が断罪者として上位に立って、罵声をなげつけるのは気持ちよかったか?」
そう弾劾されて、私は自らの罪を自覚する。
確かにライトが民の前でさらし者にされたとき、私も喜々として責め立てた。
許しがたい罪人を裁くのは、正義の執行者である私に与えられた使命だと思っていた。
それが冤罪だったということになると……。
「……私たちは罪を犯したのかもしれぬ。だが、この子たちに何の罪がある」
私は苦しむ子供たちを指さして、ライトを責め立てる。
「罪はある。罪人の子供だという立派な罪がな。それを教えてくれたのはお前たちだ。俺の家族は、罪人の身内というだけで火刑にされた。お前たちがそうしたんだ。恨むなら、愚かな自分たちを恨め。はっはっはっは」
ライトはそう言って、高笑いした。
うっ……しかし、たった数人のことではないか。その復讐に、何千何万人もの罪なき民を巻き込むべきではない。
私はそう思ったが、なぜか口に出すことはできなかった。その代わりにライトの前に跪いて、許しを請う。
「頼む。罪のない子どもたちだけでも助けてくれ。私の身を捧げてもいい」
「断る。それに、お前の身など何の価値もない。なぜなら、お前はすでに病魔に冒されているからだ」
「なっ!ごほっ!」
私の口から血が混じった痰が吐き出される。まさか、私も死病に取りつかれていたのか?
「苦しみながら死ね。罪深き者たちよ」
ライトの呪詛を聞きながら、私は床に崩れ落ちる。
おお、神よ。なぜ私たちを助けてくださらないのですか?
絶望の中で神への信仰が揺らぎそうになった時、教護院に澄んだ声が響きわたった。
「眠りなさい。神の意志に翻弄される哀れな人間たちよ。あなたたちは充分に苦しみました。死という救いを与えましょう」
私の霞んだ視界に、黒い清楚なシスター服を纏った美少女が映る。彼女はまるで死の女神のように美しかった。
「ああ……感謝します。聖女マリア様」
マリア様の闇の魔力が、苦しむすべての者たちの体を覆っていく。
私たちの魂は安らぎを感じながら、天へと昇っていった。