教皇
私はマリア。現世ではコルタール公爵の長女で、『聖女』と呼ばれている女です。
ふふ、この私が『聖女』ですか。人間たちからそう呼ばれることになるとは、皮肉なものですね。
今、私たちは宗教都市エルシドに向かって護衛の騎士たちと共に馬を進めています。
幸いにも王都からエルシドは近く、街道も整っていたので、二日ほどで到着することができました。
エルシドの城壁に近づくと、なぜか所々に黒焦げになった人間の死体が転がっていました。
「マ、マリア様。これはなんでしょうか?」
動揺する騎士たちを下がらせて、死体を検分してみます。残った骨からは、とがった牙が確認できました。
「どうやら、ヴァンパイアはこの都市も襲おうとしたみたいですね。ですが、教皇様が設置した『防衛装置』がうまく機能したみたいです」
「防衛装置?」
騎士が首をかしげていると、都市の大灯台から真っ白い光が空中に向けて放たれた。
「うわっ!」
その光にあてられた黒いローブを纏った飛行物体が、拡散しそうになっている。
あれは……もしかして、ライト?
「チャンスです。今のうちにエルシドに入りましょう」
私たちは馬に鞭を当てて足を速める。こうして、無事にエルシドに入城できたのでした。
「ほう。また汚らわしい魔物の侵入をふせいだか」
大灯台の上では、太った教皇マルタールが満足の笑みを浮かべて最上階に設置されている祭壇を見る。
そこには、キラキラと輝く『輝きの球』が安置されていた。
「誠にこの『輝きの球』は素晴らしい至宝でございます。これを盗み出したライトは、とんでもない大罪人でしたな」
教皇に仕える枢機卿たちが、そう褒めたたえる。
「その通りだ。これこそが神の奇跡。光の神コスモスそのものなのだ
「そして、それを操れるのは教皇様のみ」
1人の枢機卿がそうへつらう。
「ふふふ。民たちも真に崇めるべきは、国ではなく教会だと思い知っただろう」
教皇は大灯台から眼下を見下ろす。そこには大勢の民衆が集まっており、『輝きの球』に祈りをささげてきた。
「ああ……光の神コスモスよ。私たちを守ってくださいまして、ありがとうございます」
「なにとぞ、第二の魔王と化したライトから私たちをお救い下さい」
薄汚れた格好をして一心不乱に祈っているのは、ライトの反乱によって家を追われた各都市の住人である。
彼らはなんとか逃げ出したものの行く場所もなく、最後の救いを求めてこの宗教都市に流れてきた者たちであり、全財産を教会に寄付することを条件に受け入れられた。尤も、教会に無償奉仕をする奴隷としてだが。
そのおかげで教会はうるおい、わが世の春を迎えている。
奴隷にした奴らも、こうして神の権威をみせつけると、文句も言わずにわずかな施しだけでありがたがって何でも言うことを聞いてくれた。
「奴隷……いや信徒のうち、使えそうな者は兵士として鍛え上げよ。魔王ライトに対抗するための聖戦士とする」
「はっ」
教会による魔王迎撃の準備は、刻刻と整えられていく。
だが、それは表向きのもので、本当の目的は別な所にあった。
「ライトを倒せるでしょうか?」
枢機卿の一人が不安そうに漏らすのを、教皇は聞きとがめた。
「貴様は神の力に疑いをもっているのか?」
「い、いえ、滅相もございません。ですが、ライトの魔王の力に、一般人の兵士が役にたつのかと……」
そう疑問をもらす枢機卿に、教皇は冷たい目を向けた。
「神の意思に異を唱えるとは。貴様は破門じゃ!衛兵!すぐにこやつを追い出せ」
「ひっ!お、お許しください」
土下座する枢機卿を、屈強な聖騎士が引っ立ててつれていく。
他の枢機卿は、絶対的な力を持つ教皇の前で恐怖のあまり平伏することしかできなかった。
彼らの様子をみて、教皇は愉悦に浸る。
(ふふふ……ワシが王家から追放されて教会に送られてきたときは、名ばかりの教皇として誰も言う事を聞かなかったのに、今はワシが奴らの生殺与奪の全権を握っておる)
以前は、教皇とは一種の名誉職であった。国王になれなかった王族はすべて出家させられ、名ばかりの教皇として権威の象徴にされていたのである。
当然、教会の内部での実権は無いに等しく、ただ枢機卿たちの命ずるまま民衆の前で手を振るお飾りにすぎない。
王位争いに敗れ、不満をもっていた教皇マルタールは、そんなお飾りの人形でいることに耐えられなかった。
だからライトの反乱に乗じて、王国に対してクーデターを起こす計画を練っていたのである。
奴隷になった民衆たちを、使い捨ての兵士として徹底的に利用するつもりだった。
(もっともっと権威を高め、兵力を養うのじゃ。そして魔王ライトを倒した暁には、王都に侵攻して兄である国王を蹴落とし、王国を乗っ取ってやる。そうなれば、ワシは教皇王マルタールとして世俗のすべてを手にいられる)
マルタールの野望は、始まったばかりであった。
その時、衛兵から報告が入る。
「申し上げます。王都から使者として聖女マリア様がいらっしゃいました」
「何?わが弟子マリアじゃと?すぐに通せ」
こうして、マリアは大聖堂に通される。まるで玉座の間を模したかのような懺悔室に通され、マリアはふふっと笑った。
「ここもだいぶ変わりましたね」
「すべては神の思し召しじゃ」
教皇の聖帽をかぶったマルタールは、豪華な懺悔室に設置された玉座の中でそっくり返った。
「それでマリア、わが兄はなんと言ってきておる?」
「教会の至宝『輝きの球』を貸し出して欲しいとの陛下のお言葉です」
うやうやしく国書を差し出してくる。教皇はそれを一瞥すると、フンっと鼻で笑った。
「くだらぬ。『輝きの球』はそうそう簡単に貸し出せるものでは無い」
「ですが、以前は私にお貸しくださいましたよ」
マリアは色っぽく笑う。
(ぐふふ、白々しい。それと引き換えに何を差し出したか、お前はわかっておろうに)
教皇はマリアをいやらしく見つめながら、心の中でそう思う。
「それは、魔王を倒したいというお主の崇高な献身にほだされたのじゃ」
マリアの華奢な体を引きよせながら、教皇は耳元でささやいた。
「あ、あれぇ、教皇様。いけません。神様が見ておられます」
「ぐふふふ。成長したのぅ。何人の男に抱かれたのじゃ。勇者か?ギルドマスターか?それとも国王か?」
マリアの豊かな胸をまさぐりながら、なぶるように問いかける。
「き、教皇様……意地悪でございます」
「よいよい。じゃが、お主の初めての男はワシじゃ。ワシはお主の主人同然。さあ、ベッドに行くとするか」
教皇はマリアを抱え上げ、私室に連れて行くのだった。