勇者のお酒
王都 勇者の屋敷
「光司様、最近よく外出されてますけど、まさかほかに女ができたとか?」
この屋敷の女主人で、勇者の正妻予定のシャルロット姫が、膨れた顔をして俺を問い詰めてきた。
「ちげーよ。ただアルバイトしているだけだよ」
「アルバイト?」
お姫様育ちのシャルロットは、何のことだかわからずに首をかしげてくる。仕方なく、俺は何をやっているか話すが、呆れた目で見られてしまった。
「光司様。あなたは勇者様なんですよ。そんなことをする必要はないでしょうに」
「そうはいってもなぁ」
稼がねえと飯は食えねえんだぜ。それに最近はまっていることもあるしな。
「はまっていること?」
「お前もきてみるか?」
こうして、俺はシャルロットを誘ってカジノに行く。
最初は渋っていた彼女だったが、途中から目の色を変えてギャンブルにのめり込んでいった。
「赤の16番に金貨200枚!」
「お、おい。もう金はねえぞ。ほどほどにしとけって」
慌てて俺は止めようとするが、血走った目で睨み返される。
「お黙りなさい!ここで負けたら金貨1000枚も失ってしまうのです。王女としてのプライドが……あっ!」
ルーレットの球が投げ入れられる。
「ほら、そこです。あともうちょっと!」
ふらふらと勢いがなくなっていき、球が落ちていく。
「あーーーっ!」
惜しくも黒の16番に入ってしまい、シャルロットは膝から崩れ落ちた。
「きーっ!悔しい!」
ハンカチを握りしめて悔しがるシャルロットを慰めていると、黒い服を着たシスターが近づいてきた。
「あら?お二方も来ていたのですか?」
「マリアか、お前もギャンブルしに来たのか?」
そう聞くと、マリアは妖しい笑みを浮かべる。
「うふふ、違います。もっとお金儲けできるように、新しいお酒を開発したので、ボガード様に協力してもらおうと訪れたのですよ」
「新しい酒?」
俺が首をかしげると、マリアは黒紫色のワインの瓶を開けると、並々とグラスにそそぐ。そして白い粉をグラスにいれて溶かすと、俺に差し出してきた。
「よろしければいかかですか?食べるといい気持になるコカの実の粉を混ぜて作り出した「コカワイン」です」
グラスを差し出して注いでくる。
「なんだこりゃ。空気の泡が浮いているぞ」
「刺激があってジュースみたいに飲みやすくなるんですよ」
「ふーん。炭酸みたいだな」
興味をもった俺は、ぐっと飲んでみる。心地いい刺激と共に、芳醇な香りと味が口に広がった。
「こ、これはうまい」
「本当に美味しい!いくらでも飲めそう」
たちまちその美味さにとりこになってしまう。さらに飲み続けていると、だんだんハイな気分になってきた。
「あはは……俺は勇者だ……偉いんだそ!強いんだぞ」
「くすくす……私は高貴な姫。世界で一番幸せなのよ」
二人で手をとりあって踊りあかす。俺たちはたとえようもない幸福感にみたされるのだった。
次の日、気が付いたら俺はベッドの上にいた。
「あれ?いつの間に屋敷に戻ったんだ?」
マリアに会って新しい酒を飲んた所までは覚えているが、そのあとの記憶がおぼろげである。
隣を見ると、裸で安らかに眠っているシャルロットがいた。
「あ、思い出した。あの後戻ってから、ハッスルしたんだった」
いやーすごかった。あんなに頑張ったのは初めてじゃないだろうか。
昨日の余韻に浸っていると、不意に疲労感に襲われた。
「なんだか疲れたな。もうひと眠りするか」
そう思ってベッドにもぐりこむが、なぜか目が冴えて眠れない。
それどころか、なぜか不安感が襲ってきた。
(俺、こんなことしていていいのかな?元の世界はどうなっているんだろう。今頃、退学になっているんじゃないだろうか)
考えれば考えるほど暗い気持ちになってくる。
強引に眠ろうとしても、体は疲れているのに目が冴えて眠れなかった。
(お、俺はどうなったんだ!なんだこの気持ち!ああ、あの酒が飲みたい)
布団の中で紋々としていると、隣でシャルロットがうなされている声が聞こえてきた。
「ああ……お父様に叱られる。正式に結婚もしてないのにこんなことして。それにライトが反乱を起こしたっていうわ。もし奴が攻めてきたら……姫である私は確実に殺されちゃう」
いったいどうしたんだ?昨日はあんなに幸せそうだったのに。
もうろうとした頭で考え込むが、なかなか考えがまとまらない。
その時、ドアがノックされ、マリアが黒紫色のワインが入ったグラスを持ってくる。
「お二人とも、起きてください。お体の調子が悪いようですので、迎え酒を持ってきました」
酒と聞いたとたん、俺たちはベッドから起きて手を伸ばす。
「は、早くくれ」
「私にも!」
震える手で受け取って、コカワインを一気飲みする。先ほどまで感じていた不安感は嘘のように消え、自信が漲ってきた。
「ふう……一息ついたぜ」
「私も落ち着きました。それにしても。このお酒は本当に美味しいですね」
俺たちは元気を取り戻し、新しい酒のことを褒める。
「うふふ……そうでしょう。教会とボガード様にお願いして、このお酒を王都に広めたいとおもっています。光司様も協力してください。勇者様のお墨付きがあれば、飛ぶように売れると思います」
「ああ、任せな」
俺は自信満々で胸を叩く。マリアはそんな俺を、妖しい笑みを浮かべて見つめていた。




