別離
次の日
「お前たちは実家に帰って、仲間を増やせ」
「はい」
ヴァンパイアと化した生徒たちが、魔法学園を出発する。かれらはそれぞれの領地に戻って、騒乱を起こす予定だった。
「王子、いやリュミエール。お前はどうする?ルルと一緒にエルフ王国にいくか?」
「いや、僕は王都にいく。そこで仲間を増やしながら、君が来るのを待ってるよ」
俺とリュミエールは、昔のようにがっしりと握手を交わした。
それぞれ、夜の闇に紛れて去っていく。それを見届けると、ルルが聞いてきた。
「彼らは、領地で人間を支配できるでしょうか」
「難しいな。奴らはヴァンパイアとはいえ、真祖である俺から数えて孫世代に当たる。いわば劣化コピーだから力も弱いし、炎や太陽の光という弱点もある。まあ、おそらくは駆逐されるだろう」
闇血の注入による仲間の増殖方法は、世代が下るにつれて血が薄まって力が弱くなる。仲間を増やそうとしても、すぐに能力を失って、いずれは人間たちに倒されるだろう。
これがヴァンパイアが人間を征服できなかった理由でもある。
「それでも、大きな騒乱を起こして多くの人間を破滅させるだろうな。そして奴ら自身も親兄弟や仲間と争いながら死んでいくだろう」
これで王国の地方貴族たちも滅びるだろう。あとは宗教都市エルシドと王都だけだ。
「そうですか。これで人間の王国は滅ぶのですね。エルフの復讐は果たされました」
ルルを始めとするエルフたちは、満足そうな顔をしている。これで安心して国に帰れるだろう。
『魔王様、エルフを救ってくださいまして、本当にありがとうございました』
俺の体からララーシャとエルフ騎士団の魂が抜けていき、天に昇っていく。彼らも成仏できたみたいだ。
「お前たちは冒険都市インディーズで仲間のエルフたちと合流したのち、商業都市オサカに向かえ。そこで食料になる人間と船を調達しろ。オサカにはまだ大勢人が残っているだろうからな。必要ならこれを使え」
勇者の道具袋から金貨を大量に出して、ルルたちに渡す。
「魔王様、いろいろとありがとうございます」
ルルが頭をさげる。エルフたちもこぞって俺に礼をした。
「日光には気をつけろよ。当たると体が爛れてしまうからな」
「はい」
ルルはくすっと笑うと、親愛のこもった目で俺を見つめた。
「魔王様はお優しいのですね」
「優しい?どこが?俺は人間なら女子供でも殺すような非情な男だ。お前たちエルフにしても、復讐のために利用したにすぎん」
俺は冷たく突き放すが、他のエルフたちにも笑われてしまった。
「これが異世界の言葉で、『ツンデレ』というものですか?」
「おい」
まずいな。俺の血を入れたことで歴代魔王の記憶の一部でも伝わったのか、変な言葉を覚えている。
微笑みながら俺を見ていたルルが、真剣な顔をして聞いてきた。
「魔王様は復讐を終えた後はどうなされるのですか?」
「どうって……」
そんなこと考えたこともなかったが、予測はつく。俺はおそらく最後には破滅するのだろう。
暗い気持ちになりかけた俺に、ルルが提案してきた。
「よければ、私たちエルフの国にいらっしゃいませんか?」
「えっ?」
俺は思わず聞き返してしまうが、ルルの顔は真剣だった。
「私たちエルフは、魔王様を真の救世主として崇めます。その、私と結婚して、エルフの国の再興を……私は、優しいあなたのことを心から愛して……」
何か言いかけたルルの唇にそっと手を当て、黙らせた。
「残念だが、俺には人を愛する資格も、愛される資格もない」
「なぜですか?」
「最愛の人を俺の手で殺したからだ。復讐のために」
彼女のことを想うと今でも胸が苦しくなる。だが、俺は復讐をやめられないのだ。
そして復讐のために直接関係ない人間まで殺している俺は、幸せになる権利もない。そんなことは自分が一番わかっている。俺はただ、人間を巻き込んで破滅への道を歩むのみだ。
ルルはそんな俺の気持ちをわかってくれたのか、静かに頷いた。
「私たちはあなたの恩を永遠に忘れません。私たちは今後、あなたに救われた者として『ダークエルフ』を名乗るでしょう」
「好きにするがいい」
そういうと、俺は飛んでいく。ルルたちは、いつまでも俺を見送ってくれていた。




