血痕式
俺の前ではコーリンが、地面に押さえつけられて悔しそうにしている。
あれだけプライドが高い女だ。見下していた俺に手も足も出せないというのは屈辱だろう。
「ひどいことをするなぁ。また片腕になってしまった」
リュミエールがぼやいている。
「問題ない。それくらいの傷、いくらでも治るさ」
ヴァンパイアは再生力も高い。これから始まる儀式で血を飲めば、元に戻るだろう。
「こほん。それでは、あらためて『血痕式』を始めましょう」
ルルの指示により、コーリンの処刑道具が運び込まれる。
それは無数の穴が開いた棺桶のようなもので、人型をしていた。
口元の部分は漏斗状になっており、液体を注ぎ込めるようになっている。
参列者たちは、鋭く先がとがった鉄のストローのようなものが配られた。
「な、何をするつもりよ」
コーリンは精一杯強がっているが、その声は恐怖に震えている。
俺はこれから起こることを丁寧に説明してやった。
「ヴァンパイアという魔物には、常に食料問題がつきまとうんだ。直接人間の血を吸ったら、牙を通して自分の闇の血が入り込んで相手を仲間にしてしまう。それじゃせっかく捕まえた食料が長持ちしないだろ?」
ストローを見せびらかしながら続ける。
「だからこの刑を考えたんだ。異世界のある国の拷問に『凌遅刑』というものがある。存命中の人間の肉体を少しずつ切り落とし、長時間にわたり激しい苦痛を与えて死に至らすというものだ。それをヴァンパイア風にアレンジしてみた」
先のとがったストローを、棺桶の穴に差し入れてみる。サイズはぴったりだった。
「ま、まさか!」
「察しの通り、お前をこの中に入れて、ストローで刺して少しずつ血を吸う。喜べ。お前の血は一滴も無駄にならず、こいつらの食糧になるぞ」
俺の言葉に、生徒たちが一斉に騒ぎ出した。
「賢者様……血をください」
「ご主人様に血を吸い取られて、足りないんです」
みんな物欲しそうな顔でコーリンを見つめている。そんな彼らを、エルフたちはたしなめた。
「ステイ!お下がりなさい。私たちが先です」
「は、はい。すいませんでした」
生徒たちは謝りながら、エルフたちの『隷属の鎖』を外していく。主従関係は完全に逆転していた。
「さあ、血痕式を始めようか」
俺の合図とともに、棺桶の蓋が開かれる。
「や、やめなさい!助けて!王子!」
泣きわめくコーリンを土魔法で宙に浮かし、無理やり棺桶に押し込んだ。
「すぐに死んでは、血が腐ってしまいますからね。頑張ってください」
「ストローの先はかすり傷程度に抑えるように調整しました。これからじっくりと血を絞らせてください」
エルフたちはきっちり蓋を閉めて、中から開かないように鍵をかける。
「さて、最初は誰にする?」
「やはり、魔王様から」
ルルが勧めてくるので、俺は苦笑して首を振った。
「俺はヴァンパイアじゃないから、血を吸ってもまずいだけだ。お前からしろ」
「はい!」
ルルはうれしそうに、ストローを適当な穴に差し込んで吸い上げる。
「痛い!」
棺桶の中のコーリンの叫び声と共に、少しずつ血が吸いだされてきた。
「賢者とかいうわりには、下品な味ね。高貴な私にとってはちょっと合わないかしら」
ルルは口元から血を垂らしながら、その味を批評する。
「もういいわ。あとは皆、好きにしなさい」
「はい」
エルフたちは手にストローをもって、ブスブスと刺し続ける。
「あなたたち人間に親兄弟を殺された、私たちの痛みを思い知りなさい」
「魔王様まで裏切って……その罪を自覚なさい」
エルフは口々にコーリンを罵りながら、ストローを刺し続けた。
棺桶からは全身穴だらけにされたコーリンのすすり泣きが聞こえてきた。
「痛い……痛い……もう許して……」
「ふざけるな。お前は俺がそう言ったとき、許してくれたのか?」
コーリンがポーションを作れるようになるまで、俺はほとんど毎日のように薬の実験台にされていた。
何日も下痢が続いて、まともにトイレから出られなかった時もある。
光魔法の使い過ぎでハゲ始めた時、奴が「毛生え薬よ」と渡してきた薬のせいで毛根まで死滅して、二度と生えなくなった。
俺がハゲたのもこいつのせい……って、どうでもいいことだけどな。
エルフたちが満足した後、続いて生徒たちがストローを手に取る。
一斉に差し込もうとした時、ルルが止めた。
「お座り!待て!」
ヴァンパイアは、自分より上位の階層のヴァンパイアに決して逆らえない。叱りつけられた生徒たちは、よだれを垂らしながらその場に座り込んだ。
「なぜ止めるんだ?」
「エサの生命力が弱まっています。このままだと死んでしまうかと」
血の匂いでコーリンの状態を察したルルが忠告してきた。
「お願い……もう許して……ライト、私が悪かったから」
棺桶の中からコーリンの声が聞こえてくるが、俺は無視した。
「ああ、そうだったな。なら、治療してやるか」
俺は治療ポーションを手に取り、人型の棺桶の口元に流し込んだ。
コーリンが作った治療ポーションは効果を発揮し、穴だらけにされた体がふさがっていく。
「これでしばらくは持つだろう。後は好きにしろ」
「はい!魔王様、ありがとうございます!」
生徒たちは目を輝かせて、棺桶に群がった。
「そんな!ああ……おねがい!許して。せめて殺して!お願い」
そんな声が棺桶から聞こえてくるが、生徒たちは最後の一滴まで血を貪り続けるのだった。