拒絶
「ああ……魔王様。子種を授けてくださいまして、ありがとうございます」
「気にするな。俺と同化しているララーシャの願いでもある」
そう告げる男の声は、ライトのものだった。
「確かに、魔王様からはお姉さまの匂いとぬくもりを感じます。ふふっ。妙な気分ですね。それではこの子は、ある意味お姉さまと私の子ということになるのでしょうか」
そう答えるルルの声は弾んでいる。
「お前がそう思いたいなら、そういうことにしておけ」
「はい。きっと私たちはこの子を立派なエルフ王に育ててみせますわ」
その幸せそうな声を聴いて、いたたまれなくなった僕はドアを蹴破って部屋にはいる。
ベッドの上には、裸のルルとライトがいた。
「な、何をしているんだ」
「何って、見ればわかるでしょう。魔王様にお情けをもらったのですわ」
そう答えるルルの口調には、嘲りが感じられた。
「そ、そんな……君は僕の婚約者で……僕は君を愛していて……」
「何を言っているのやら。婚約などとっくに解消していますし、そもそも私はあなたを愛してなどいませんわ」
冷たく言い放つルルの拒絶に、僕の心が壊れていく。
「うう……うわああああああ!」
我を忘れてライトに殴り掛かるが、あっさりとかわされてしまう。
その時、学園のあちこちから叫び声が聞こえてきた。
「きゃあああああああ!」
「そ、その姿は!誰か、助けてくれ!」
その叫び声を聞いたライトは、ニヤリと笑った。
「くくく……始まったようだな。王子はお前に任せる。好きにしろ」
「かしこまりました」
ライトは窓から夜の闇に消えていく。親愛の表情で彼を見送るルルを見て、僕の心は絶望に沈んだ。
「なぜだ!なぜ君がライトと!」
「決まっているではありませんか」
ルルはからかうように笑う。
「エルフの将来のためを考えたら、魔王様に身を捧げるほうが為になるからです」
ルルの姿が変わっていく。白い肌が黒く染まり、背中から蝙蝠のような羽が生えてくる。
そして口元からは、二本の鋭い牙が生えてきた。
「そ、その姿は……」
「私は魔王様に魂を捧げ、『ヴァンパイア』という魔物に転生しました。これであなたとの縁もきれましたね」
バサバサと空を飛びながら絶縁を告げられる。しかし、僕は全力で首を振った。
「嫌だ。君だけは絶対に渡したくない」
「どこまでも愚かな王子ですね。私はもはやモンスターになったのですよ。それでもまだ愛しているとおっしゃるのですか?」
ルルの表情に哀れみが浮かぶが、僕は全力で頷いた。
「かまわない。僕は君を愛している」
そうだ。たとえモンスターに堕ちようが関係ない。僕の愛する人は、ルルただ一人だ。
僕の返答を聞いたルルは、ふふっと小悪魔のように笑った。
「では、私の僕となってくださいませ」
蠱惑的な笑みを浮かべながら、ルルの赤い唇が僕に近づいてくる。
「魔王様の復讐対象は人間そのものです。あなたが彼の復讐から逃れるためには、人間としての立場をすべて捨てなければなりません」
優しく僕の耳元でそうささやく。
「あなたが人間でなくなれば、私と結ばれることもできるでしょう。主従という強い絆で」
ルルの牙が僕の首筋に吸い込まれていく。僕は首元から入ってくる闇の力に、その身を委ねるのだった。
王子のベッドの脇で、私は目覚める。
「はっ?もう朝なの?」
王子の看病をしていて寝過ごしてしまったみたいだ。締め切ったカーテンは部屋を薄暗くしている
が、小鳥がチュンチュンと鳴いている声が聞こえる。
「コーリン、カーテンは開けないでくれ」
部屋を明るくしようと窓に駆け寄った私に、おだやかな声がかけられた。
振り返ると、輝くような笑みを浮かべた王子が立っている。
「王子、もう起きて大丈夫なのですか?」
「ああ。君のポーションはよく効いたよ。おかげで全快したみたいだ」
王子は右腕をブンブンと振り回してガッツポーズをとる。あれ?あの右腕はライトに切られたんじゃなかったかしら。
疑問に思っていると、いきなり王子に抱きすくめられた。
「お、王子?」
「ありがとう。君の薬のおかげで腕が生えてきたよ。さすがは『賢者』だ」
そ、そうか。私の気持ちをこめたポーションはそこまで効果を発揮したのね。
それにしても冷たい体。それにまだ顔色が悪いような。
「王子、無理をしてはだめです。お休みになってください」
「大丈夫だ。ああ……それにしても、君はなんていい匂いがするんだ。思うさま蹂躙したい」
そのまま王子は私にのしかかり、ベッドに押し倒した。
「お、王子?」
「今すぐ君を吸いたい。いいだろう?」
大胆なことを耳元でささやく王子に、思わず身をすくませたとき、厳しい声がかかった。
「ハウス!お下がりなさい!」
声をかけてきたのは、王子のメイドであるルルである。彼女はまるでご主人様のように王子を叱っていた。
「こ、これはすいません」
王子は叱られた子犬のように、私から離れていく。なんて無粋なメイドなんだろう。せっかく彼と結ばれる所だったのに。
「奴隷の分際ででしゃばらないで!あなたこそお下がりなさい」
「……これは申し訳ありませんでした」
ルルは余裕たっぷりな笑顔を浮かべて、部屋から出て行った。




