結界
「最終ラインの内堀まで撤退!」
「は、はいっ」
私の命令を聞いた騎士たちは、すぐさま撤退を始める。しかし、狭い橋の上に人員を集中していたせいで混乱が生じた。
「は、早くいけ!奴らが来る!」
「お、押すな!落ちる!」
撤退しようにも,押し寄せる人の波に押されて堀に落ちる騎士たちが続出する。
なんとか内堀まで撤退できた私は、ここで非情な命令を下した。
「橋を落として!」
「し、しかし、仲間たちがまだ外にいます!」
意義を申し立てる騎士を鞭で叩いて、どやしつける。
「いいの!さっさとしなさい!」
内堀にかかっていた橋に炎がかけられる。それを見た外にいる騎士たちから絶望の声があがった。
「そんな!これじゃ撤退ができない!」
「俺たちに死ねっていうのか!」
そんな甘ったれたことをわめく騎士に、私は再び命令を下した。
「あんたたちは時間稼ぎをしていなさい」
それを聞いた騎士たちが絶望の表情を浮かべるが、奴らにかまっている暇はない。
その時、王子がやってきて怒鳴り上げた。
「なぜ橋を落としたんだ!騎士たちを見捨てるつもりなのか!」
ああ、うるさい。何も考えられない無能者はだまっていなさいよ。
「彼らに食い止めてもらうためです」
「バカな!橋を落としたって無駄だ!奴らは簡単に水堀を飛び越えてくるんだぞ」
この私がそんなことくらい考えてないとでも?騎士たちはこれから行う策のための時間を稼いでもらうだけよ。
「王子。騎士たちを救いたいのなら、協力してください」
そういって、堀にかけられた階段を降り、船着き場からボートにのる。
「どうするつもりだ!逃げるつもりか?」
「この状況で逃げられるわけないでしょうが!いいから、王子はこの水に光魔法をかけてください」
無理やり王子の手をとって、内堀の水につける。
「ひ、光魔法だって?そんなことしても!」
「いいから!」
「わ、わかった」
私の剣幕に押されて、王子は水に光魔法をかける。水面の一部が、魔道具化して光り輝く『聖水』になった。
私はその聖水が拡散するまえに、水魔法をかける。
「『沸騰』
私の魔法を受けた聖水は、温度を無視して気体に変化し輝く霧のドームとなって学園都市を取り巻いた。
「これで大丈夫ね。なんとか間に合ったわ」
ほっと一安心する私の隣で、王子が叫び声をあげる。
「ああ、騎士たちが!」
堀の向こうを見ると、決死の覚悟で戦っていた騎士の最後の一人の喉笛が噛み切られる所だった。
「王子、ご安心を」
「何が安心しろだ!次は僕たちなんだぞ」
王子の言う通り、取り残された騎士たちを殺しつくしたモンスターが、内堀を飛び越えて学園都市に侵入しようとする。
「ギャッ!」
しかし、空中で輝く霧の結界に触れたモンスターたちの体は、瞬く間に溶けて行った。
「な、何をやったんだ」
「やつらは魔王から特別な魔力与えられ、守られている魔物『アイアンモンスター』という存在です。固い闇のオーラに包まれて、並みの武器では傷一つつけられませんが、唯一ダメージを与える方法があります」
私は王子が光魔力を込めた聖水を指さす。
「光の魔力を込めた『聖水』なら、アイアンモンスターの皮膚を酸のように溶かすことができます。あとはそれを私の水魔法で『沸騰』させて光の霧を作れば、広範囲に効果を及ぼすことができるでしょう」
どう?これがマリアのアイデアを私が発展させた対ライト用のトラップだったけど、うまくいったみたいね。
私のトラップは効果を発揮し、モンスターたちは瞬く間に全滅した。
「どうですか!私の知恵は。国を導く王子のパートナーにふさわしいかと……」
私は王子の隣で威張って胸をそらすが、なぜか彼は逆上して掴みかかってきた。
「こんな方法があるなら、なぜ最初からしなかったんだ!そうすれば多くの騎士たちに犠牲を強いることはなかったんだ」
やれやれ。これだから実戦を知らないお坊ちゃまは。
最初からアイアンモンスターが襲ってくるなんてことが、わかるわけないでしょうに。
戦の中で情報を掴んで、それをどう生かすかが重要なのよ。後からああすればよかったなんて、誰でもいえるのだからね。
その意味では捨て石にした騎士たちは充分役目を果たしたんだけど、王子には理解できなかったみたいだ。
「すまない。勇敢な騎士たちよ……」
死んでいった騎士たちの為に泣く王子を見て、私はちょっと幻滅するのだった。
私たちは学園都市に籠城し、王都からの援軍を待つことにした。
「さすが賢者様だ。モンスターを全滅させるなんて」
「聖水を霧にするなんて、ちょっと思いつかないよね。これが魔王相手に戦い抜いた賢者の力なの」
貴族の生徒たちの賞賛の声が心地いい。
「聖女様は勇者様と結婚するんだし、これで賢者様が王子と結ばれれば、王国は安泰なんじゃないか?」
「そうよ。王妃には知恵に優れた賢者様がふさわしいわ」
戦いを見ていた生徒たちは、そんなことを口々に言い合っていた。
よろしい。これで次世代の貴族の心をつかんだわ。彼らは領地に戻ったら、私を王妃にするように両親たちに働きかけるでしょう。
王子はあのルルとかいう元婚約者に未練があるみたいだど、そうなれば私との結婚を拒否できないでしょうね。
私はすべてがうまくいっていることに満足しながら、ダメ押しとして治療院を訪れる。
そこでは、傷付いた騎士たちが寝かされており、まるで野戦病院のような有様だった。
「痛い……苦しい」
「早くポーションをもってこい!」
傷付いた騎士たちが、使用人のエルフたちを怒鳴りつけている。
「で、でも、もうポーションは使い切ってしまいました」
「うるさい!なんとかしろ!」
騎士たちは癇癪を起して、エルフ奴隷たちに八つ当たりしていた。
いい傾向ね。治療ポーションの用意を少なめにしておいて正解だったわ。
「勇敢な騎士たちよ。私が作ったポーションをもってきてあげたわ。感謝なさい」
持ってきた鞄を開けて、ポーションを見せる。
しかし、騎士たちはなぜか手をだそうとしなかった。
「あれ?どうしたの?」
「帰れ」
その声と共に、私の顔になにかが当たる。それは騎士たちの体を巻いていた、血に汚れた包帯だった。
「何するのよ!」
「うるさい。お前のせいで、仲間が死んだんだ」
その騎士は、憎しみの目で私を睨んでいた。
「なんで私のせいなのよ。騎士たちはモンスターに殺されたんでしょ!」
訳のわからない言いがかりをつけてくるその騎士に反論するも、他の騎士たちからもブーイングが上がった。
「お前が橋を落としたせいで、仲間たちは撤退できなかったんだ」
「そうだ!俺たちの仲間を捨て石にしやがって」
「俺の弟を返せ!」
そんな罵声と共に、包帯や空き瓶が投げつけられる。私は怒りのあまり、怒鳴りつけた。
「はあ?甘ったれんじゃないわよ。あんたたちは騎士でしょ!命を捨てて私たち貴族を守るのが当然じゃない!」
そもそも騎士とは、魔法がうまく使えないから貴族爵位を継げずに軍隊に入った者がほとんどだ。
そんな半端者が選ばれた魔法使いである貴族の為に死ねたんだから、誇りに思うべきよ!
「それが君の本音というわけか」
冷たい声が響く。振り向くと、リュミエール王子が軽蔑した視線を私に送っていた。
「お、王子、これは違うんです。私は別に騎士たちを見下しているわけじゃなくて……」
「もういい。僕たちは仲間を見捨てた君を絶対に許さない。君が作ったポーションに頼る位なら、死んだ方がましだ。でていけ」
王子は冷たく私を突き放す。
その時、外を見張っていた兵士たちから報告が入った。
「申し上げます。黒いローブを纏った男が現れました。反乱者ライトだと思われます」
「くっ……こんな時に……わかった」
王子はまだ動ける騎士たちを連れて、治療院をでる。私は慌ててついていった。