主人
結局、僕はルルをメイドとして雇うことにした。
エルフの国に帰そうとしても、「すでに城は壊されました。わが姉や同胞も捕虜になっています。今更私に帰る場所があるとでもお思いですか?」と返されてしまう。
幸い、メイドとしての仕事は完璧にこなしてくれた。
「ご主人様。これが今日のお着換えでございます」
「これが今日のお食事でございます」
「ベッドのシーツを交換しておきました」
パリッとノリが効いたシャツを用意してくれ、食事やベッドの管理もしてくれる。
「あ、ああ、ありがとう」
「礼は不要なので。私はあなたの奴隷ですから」
しかし、あいかわらず冷たい態度を取られるので、僕の心が休まる時はなかった。
どうしてこんなことになったのだろう。幼い頃は仲の良い友達で、彼女と婚約を結ぶことになった時は本当にうれしかったのに。
「な、なあ。何が起こったんだ。なぜ人間の王国がエルフ王国に攻め込んだんだ」
「王子であるあなたが知らないはずはないでしょう」
ルルがそう冷たく返してくるので、僕は全力で否定した。
「知らない。知っていたら止めていたさ。人間の王国とエルフの王国は、共に手を携えて魔王の脅威に立ち向かう友好国だ。それがなんで……」
「はぁ。本当にあなたは何もしらない子供のままなんですね……」
ルルはため息をついて、魔王討伐後に何が起こったのかを話し始めた。
「魔王の脅威が取り除かれたとみるや、あなたがた人間が本性を現したのです。魔王を倒したのが人間である以上、人間がこの世界のすべてを支配するべき尊い存在なのだと言い始めました。それが光の神の意思であると」
「なんだって!誰がそんなことを言い始めたんだ」
この世界には人間だけではなく、エルフなどの亜人も大勢いる。人間が世界のすべてを統べるべき存在などとは、思いあがりもはなはだしい。
「決まっているでしょう。あなたがたの聖女、マリアですよ」
「マリア様が?」
思いもよらぬ人物の名を告げられて驚いてしまう。
「教会はすっかり彼女の思想に毒されていて、国王をそそのかしたのです。魔王討伐の報告に来たという名目で訪れたあなたがたの使者である戦士レイバン一行を、私たちは歓迎して城に招き入れました。そしてその夜」
レイバンはすっかり油断して寝静まっていたエルフたちを、虐殺して回ったという。
不意を突かれたエルフたちはなすすべもなく敗北し、王と王妃は殺され、王女姉妹は人質として捕虜にされてしまった。
「そんな……」
すべてを聞いた僕は、あまりの卑怯さに吐き気がしてきた。
「ルル。すまない。父上や教会がそんなひどいことをしていたなんて。僕にできる事ならなんでもする。だから、許してほしい」
ルルの手を取って謝罪するが、彼女は冷たく僕の手を振り払った。
「あなたの謝罪など、何の意味もありません」
「わかっている。でも謝らずにはいられないんだ!」
僕は彼女の前で土下座して謝った。
ルルはそんな僕を冷たく見下ろしていたが、ふいに乾いた笑みを浮かべた。
「そうですか。なら、あなたにできることがただ一つだけあります」
「なんでも言ってくれ!」
顔を上げた僕の前で、ルルはいきなり服を脱ぎ始めた。
彼女の白い肌が、どんどん露わになっていく。
「な、なにを?」
真っ赤になった僕の前で、ルルは冷たく告げた。
「私を抱きなさい。あなたの子供を産んで、人間の王国の王子とします。そして、やがては人間の王国を滅ぼす獅子身中の虫として育て上げるのです!」
キャハハハと笑う彼女に対して、僕は絶望のあまり触れることもできなかった。
「さあ、どうしたのですか?早くなさい」
「無理だ……僕は君を愛している。だからこそ、今の君を抱くことはできないんだ」
それを聞いたルルは、軽蔑した目で僕を見つめると、服を着た。
「口先ばかりで何もできない王子ね。いいでしょう。いつまでも僕は関係ないと現実から目をそむけているがいいわ」
そういうと、部屋から出て行ってしまう。僕はあまりにも変わってしまった彼女を見て、涙を流すことしかできなかった。
(ライト……僕はどうすればいいんだ。王子として何をすべきなんだ。僕は……なんて無力なんだ)
王子の身分を持ちながら、親友を救い出すことも愛する人を守ることもできなかった自分の無力さに怒りをつのらせるのだった。
私はコーリン。魔王を倒した勇者パーティの一員で、あらゆる人体に関する知識を持つ『賢者』として人々から崇められている存在。だけど私はちょっと不満だった。
私は勇者パーティ内では、主に治療師として活躍していた。
私の体液治療と治療ポーションのおかげて、勇者パーティーはモンスターとの激しい戦いを潜り抜けてこられた。いわば私こそが影の立役者だ。
それなのに、勇者パーティには私以上に民から尊敬される存在がいた。公爵の長女にして闇魔法の使い手、聖女マリアである。
本来『聖女』とよばれるべきは私なんだけど、その称号はマリアにもっていかれてしまった。ポーションをつくりだし治療を行ってきたのは私なのに。
闇魔法をつかえて「麻痺」という目に見える効果を持つあの女のほうが、人々を救ったことになるなんて。
そんな誰にも言えない鬱憤が、彼女の婚約者であり、勇者パーティの一員である照明師ライトに向かったのかもしれない。
ライトは勇者の血を引くとはいえ、ただの農民の息子で身分が低く、彼を痛めつけても誰からも文句が来る心配はなかった。
次第に光司やレイバン、デンガーナから冷遇されるようになる彼に対して、私はポーションの実験台になってもらうことにした。
「この傷にはレッドポーションがいいわね」
ライトの傷口に、激痛を伴う治療薬を刷り込んでみたり。
「ダンジョンラットに噛まれて毒を受けた?ならブルーポーションね」
わざとお腹を壊す下剤入りの毒消しを飲ましてみたり。
こうしてライトを実験台にすることで、私の治療師としての腕は磨かれていき、生物の構造についてもずいぶん詳しくなった。
その知識を魔法に応用することで、旅の終盤には私は一線で戦える魔術師となっており、人々から尊敬を込めて治療も攻撃もできる「賢者」と呼ばれるようになったんだ。
ただ、私がライトをわざと実験台にしていることに気づいているはずなのに、一応婚約者のマリアは何も言ってこなかった。その意味では期待はずれだったのかな。
まあいい。結局マリアが聖女と呼ばれるようになり、勇者光司と結ばれた。気に入らない女だが、ここから離れた王都にいるなら顔を合わせることもないだろう。
後は反乱を起こしたライトを始末すれば、私の地位は安泰だ。そうなれば、リュミエール王子と……。