賢者
俺は魔法学園がある、学園都市モンジュにやってきた。
モンジュは王国中の貴族の子弟が、教育の名目で人質として成人するまで生活する場所であり、国内でも屈指の規模の都市として知られていた。
彼らを守り、また逃がさないため、都市には何重もの深い水堀で囲まれ、王国の中でも最精鋭の第一騎士団が駐屯している。
しかし、モンジュに到着した俺が見たものは、その周囲にちらばる無数の騎士の死体だった。
「これは、間に合わなかったかな。エルフたちはもうモンジュを滅ぼしてしまったかもしれん」
騎士たちの魂を吸収しながら進んでいくと、一番奥の水堀の前まで来たところで意外な光景を見た。
「なんだこれは。エルフたちが全滅している」
大勢のエルフたちが死んでいて、その体は溶けかかっている。そのことに俺は驚愕した。
俺の魔力を分け与えたエルフたちは、固い防御力を誇る特別なモンスターになったはずだ。いかに第一騎士隊といえども、対抗できるはずはない。
その時、目の前に倒れていた一人の女エルフが体を起こした。
「魔王様……申し訳ありません」
「しっかりしろ。何があった」
その女エルフ―ララーシャを抱え起こして聞いてみる。彼女は無念の表情を浮かべていた。
「魔王様、お気を付けください。この都市には、霧状になった聖水による結界が張られています」
「聖水だって?」
それはモンスターの体を酸のように溶かしてしまう聖なる水。
光魔法を発する教会の秘宝「輝きの球」を清らかな水に漬けて作り出すもので、大量には作れないはずなのに。
そう思っていたら、いきなり学園都市のほうから光り輝く霧のようなものが噴き出してきた。
「危ない!」
ララ―シャは俺を突き飛ばし、自らの身でその霧を受け止めた。
その体が霧に触れたとたん、溶けていく。
「お前……俺を助けたのか?」
「魔王様……私たちの同胞を、わが妹ルルをお願いします。何とぞ、人間たちから救ってやってください」
ララ―シャはそう頼むと、静かに消えていった。
俺はララ―シャに対して、心の中で謝罪する。
「すまなかったな。お前たちを利用して」
もしララ―シャたちが先行して戦いを挑まなかったら、罠として用意されていた聖水による結界にひっかかって、魔王である俺も大ダメージを負っていたもしれない。
ただ復讐のためにエルフたちを利用した俺を、ララ―シャはかばってくれた。
ある意味、借りができたも同然だった。
ララ―シャと騎士たちの魂が、自発的に俺に入ってくる。どうやら、彼らは魂だけになっても同胞を助けたいらしい。
「わかった。なんとかしてお前たちの同胞も助けだしてやろう」
俺はそうつぶやくと、学園都市の正門に視線をむける。
光り輝く霧の中から、勝ち誇った顔をした魔術師コーリンと、その隣で複雑な顔をしている王国の第一王子が出てきた。
少し前。
農業都市コルタール、商業都市オサカが壊滅したことで、国中の貴族は戦々恐々としていた。
それはここ、学園都市モンジュも例外ではない。
「実家はコルタール地方にあるのよ。どうなってるの?」
「オサカが壊滅したら、うちの領地の鉱石は誰が買ってくれるんだ……」
貴族の子弟たちは、それぞれの実家からの手紙で今の王国の混乱した状況が知らされて動揺する。
その後、反乱を起こした人物の名前が伝わってきたことで、さらに激しくなった。
「あの偽勇者ライトが反乱を起こしただって?」
生徒たちは信じられないといった顔をする。
この学園にいたころのライトは、攻撃魔法を一切覚えられない劣等生だった。
最初は勇者の血を引くものだと期待を寄せていた生徒たちも、彼が無能だと知ると手のひらを返して馬鹿にしていたものである。
「もしや、ライトが今になって勇者の力に目覚めたのか?だとしたら……」
「ここにもきっと復讐にくるぞ」
そう恐怖した生徒たちは、この学園に教師として帰ってきた勇者パーティの一員の元に参集する。
小さな体に教師のかぶる学者帽をかぶったその少女は、あらゆる魔法に精通し、「賢者」の称号をもつ美少女だった。
「賢者コーリン様。ライトが復讐にきたら、俺たちどうすればいいんでしょうか?」
そんな彼らを、賢者コーリンは厳しくたしなめた。
「あなたたち、何を動揺しているの?私たちは誇りある貴族でしょ!身に着けた魔法は何の為?あんな元農民ごときを恐れるんじゃないわよ」
コーリンの叱責にもかからわず、生徒たちの不安は収まらなかった。
「だ、だけど、私たちは修行中で、スライムやダンジョンラットぐらいしか倒したことないし……」
「私たちに戦えって言われても……そういうのは騎士たちの役目でしょ」
互いに顔を見合わせて尻込みする。コーリンはそんな彼らをみて、ため息をついた。
「もういいわ。あんたたちは学園の中で布団かぶって震えていなさい」
そう言い捨てると、コーリンはこの学園都市を守護している第一騎士団の元に向かった。




