勇者のギャンブル
「ああ……屋敷が無くなってしまった」
「ひどい……私たちはこれからどうしたらいいの?」
廃墟となった屋敷の前で、中年男と娘が泣き崩れている。さ、さすがにちょっとやりすぎたかな?
ちょっとだけ後ろめたく思っていると、屋敷が燃えるのを見た衛兵たちが駆けつけてきた。
「貴様ら!何が起こったんだ!」
「ええと……」
俺たちが何か言う前に、娘が叫び声をあげた。
「あいつらが放火したんです!捕まえて下さい」
「なんだって?」
娘の訴えに、衛兵たちはいきり立って迫ってきた。
「ち、ちょっと待て、俺たちは……」
「問答無用。その恰好からみると、お前たちはスラム街のヤクザたちだな!話は駐在所で聞こう」
衛兵たちは手下たちの姿格好を見て、こちらを悪だと決めつけてきた。
ま、まあ確かにチンピラっぽい恰好はしているけど、俺たちの方が正義だぞ。借金を返さない不届き者から取り立てているだけだぞ。
俺が弁解しようとしたら、手下たちがしゃしゃり出てきた。
「控えろ!このお方を誰だと思っているんだ。勇者光司様だぞ!」
手下たちは俺を衛兵のほうに押し出してくる。俺は仕方なく、勇者の剣を掲げた。
「そ、その剣は、確かに勇者様!」
俺の正体をしった衛兵たちは、一斉に跪いてくる。
なんだこれ。ちょっと気持ちいいぞ。
「まさか勇者様に逆らうつもりじゃないだろうな」
手下たちがニヤニヤしながら煽ると、衛兵たちはお互いに顔を見合わせて、その場から退いた。
「めっそうもありません。世界の救世主である勇者様に逆らうつもりなど、毛頭ありません」
そういって頭をさげてくる。俺は改めて自分の権威を確認して、いい気分になった。
「そ、そんな!捕まえてくれないの?」
娘が絶望的な顔をするが、衛兵たちは顔をそむけて聞こえないふりをした。
「なら、こいつらは好きにしていいな?」
「は、はい。勇者様のご自由に」
そういって衛兵たちは帰ってしまう。中年男と娘はその場に泣き崩れた。
「さあ、立て。お前たちにはきちんと働いて借金を返してもらう」
手下たちが二人を拘束する。俺はふと気になって聞いてみた。
「こいつらはどうなるんだ?」
「ご心配なく。ちゃんと三食付きで働ける職場を用意しますから、10年も働けば自由になるでしょう」
そうか。まあちょっと気の毒だけど、金を返せなかったんだから仕方ないよな。
「お疲れ様でした。これで今日の取り立ては終わりです」
手下たちに丁寧に礼をされ、俺はスラムの裏ギルドに戻っていった、
スラムのアジトに戻ると、満面の笑みを浮かべたボガードに迎えられた。
「勇者様、お疲れでした」
そういってずっしりと重い袋を渡される。中を見ると、金貨が300枚入っていた。
ヒュー。数時間のバイトで金貨300枚、日本円で300万円相当の報酬かよ。こりゃ勇者としてモンスターと戦っていた頃より割がいいな。
「歓待の用意ができています。ささ、こちらに」
こうして、俺はアジトに併設されているカジノで酒と豪勢な食事をたしなみ、美女と戯れる。
いい気分になっていると、ボガードが話しかけてきた。
「勇者様はカジノなどには興味ございませんか?」
「ギャンブルか?そういえばやったことねえな。金ならデンガーナに言えばいくらでももらえたしな」
あの頃はモンスターとの戦いでいっぱいで、金のことなんて考える余裕もなかった。
別に金に困っていたわけでもなかったし、カジノで遊んだって伝説のアイテムとか手に入れられるわけでもないしな。
「いかがですか?少し遊んでいきませんか?」
「いいだろう。ちょっとやってみるか」
こうして、俺はカジノに足を踏み入れるのだった。
そして数時間後‐
ルーレットで、俺のかけたマスに球が放り込まれた。
「あっはっは。また勝ったぜ!これで金貨1500枚だ!」
「すごーい。光司様」
俺の両脇についているバニーガールが感嘆の声をあげる。俺は勝ちに勝ちを積み上げ、元手の金貨を五倍にまで増やしていた。
「さすが勇者様だな」
「ああ。勇者とは神に愛された特別な人間だ。その運も常人とは違うのだろう」
俺を見て、羨ましがっている貴族たちの声が心地いい。
さらに倍プッシュしようとした時、慌てたボガードがやってきた。
「ゆ、勇者様。これ以上はカジノのお金が用意できません。なにとぞ、今日のところはご勘弁を」
「なんだよぅ。面白くなってきた所なのに」
俺はちょっと不満をもらすが、奴は卑屈に頭を下げ続ける。
「お願いします。次はもっとお金を用意しておきますので」
「仕方ねえなぁ。今日の所は帰ってやるか」
こうして、俺は大量の金貨を袋に入れて機嫌よく屋敷に帰っていくのだった。
私はボガード。王都のスラムの闇ギルドの顔役をしている者だ。
勇者光司の姿が帰った時、カジノの支配人が話しかけてきた。
「勇者様の懐柔はうまくいきましたな」
その言葉に、私はニヤッと笑って応じる。
「ああ。勇者とはいえ所詮は小僧だ。簡単にこちらの手中で踊ってくれる」
勇者光司を使って没落貴族の借金取り立てを行った儲けは、金貨3000枚になる。その半分をそのまま渡してしまうのでは芸がない。奴をもっとこちら側に引き込むのは、もう一工夫必要だ。
そう思った私は、直接渡すのは本来の1/5程度にして、残りはギャンブルでの勝ち分で還元するといった方法をとった。
思った通り、奴はギャンブルでの勝利による快感を覚えたようだ。これで奴はギャンブル中毒になり、このスラムに足しげく通うようになるだろう。
何回かアメをしゃぶらせた後に回収してやれば。奴に払った取り立ての報酬も取り返せるしな。
さらに勇者の権威を借りることができれば、今後は王国の衛兵におびえることもなくなり、わが闇ギルドは大いに発展するだろう。
「まさに勇者サマサマですな」
「ああ。勇者を紹介してくださった、マリア様に感謝を」
私と支配人は、都合のいい手駒を手に入れたことを喜び合うのだった。