空戦
俺は倒れたミナを抱きかかえて様子をみる。幸いなことにまだ息はあるようで、ほっとした。
「くくく。なにを安心しているんだ。その女を殺さなかったのはわざとだ。もし殺してしまえば、臆病者のお前は逃げてしまうかもしれないだろう?」
頭上からライトのあざけりの声が降ってくる。俺はミナを後ろにかばい、奴に向けて槍を構えた。
「見逃してくれ……といっても、無駄なんだろうな」
「当然だ。お前もそこの女も、苦しめながら殺してやる」
ライトは以前とは全く違った冷たい目を向けてくるが、俺は負けるわけにはいかない。
そうだ。俺には守るべき人がいる。ミナがいる限り、俺はどこまでも戦えるんだ!
俺はミナを背にかばって、魔王と化したライトと対峙した。
「『風舞』」
俺は風魔法を纏って、宙に浮く。そして槍に風をのせて、超スピードで突き出した。
「おっと、危ない」
ライトは間一髪槍を交わしたが、俺の槍に恐怖したのか後ろに下がって距離をとった。
馬鹿め。俺は風魔法の使い手だ。空中戦なら負けはしない
「まだまだ!『風刃』」
俺は槍から風魔法を放ち、無数の空気の刃を放つ。
「くっ!」
奴はかわしきれなくなったのか、両手から出ているオレンジ色の剣を振って刃を叩き落した。
いけるぞ。風は無限だ!このまま手数で押しきればきっと奴の首を刈ることができる。
そう思って全力をこめて槍をふるうと、いきなり奴の姿が消えた?
「どこにいった!」
次の瞬間、背後から稲妻が走り、俺の背中を打った。
「ぐぉぉぉぉ!」
痛みをこらえながら振り向くと、体中に雷を纏ったライトが飛んでいた。
「いや、すまんな。あまりに必死だったので少しチャンバラに付き合ってやったんだが、俺はいつでもお前の攻撃なんてかわせたんだよ」
「なんだと!『風速移動』」
俺は再び全身に風を纏ってライトに突きかかる。
風を纏った時の俺スピードは音速を超える。ライトごときにかわせるはずが無い……。
しかし、俺の槍が奴の黒いローブを捕らえたと思った瞬間、いきなりその姿が消えた。
「『雷速移動』」
ライトの体が光に包まれた瞬間、まるで瞬間移動でもしているかのように別の場所に移動する。俺はそれを捕らえることができなかった。
「ば、ばかな。俺の動きは音速だ。勇者光司だって追い付けないんだぞ」
「ははは。馬鹿め。雷の動きは光速に等しい。所詮風ごときが光においつけるはずがないんだよ」
ライトは瞬間移動を繰り返しながら俺に雷をうつ。
俺は全身を襲う激痛に、ひたすら耐えることしかできなかった。
奴のスピードに追い付けないと知った俺は、攻撃を捨て、全身に風を纏ってひたすら奴の雷から身を守る。
「しぶといな。さすがに戦士だけはある。くくく……」
ライトの嘲りが聞こえてくるが、長い間戦いの経験を積んだ俺は奴の弱点に気が付いていた。
奴は手に入れた勇者の力に酔って好き放題振るっているようだが、そんなことはいつまでも続かない。高速移動や雷などの強大な魔法をつかっていれば、いつかは息切れするはずだ。
(いい気になっていろ。お前の光魔法はすさまじい魔力を使う。戦っていればそのうち魔力が切れて使えなくなる。そうなれば、俺の勝ちだ)
どうだ。戦いの中でも冷静に戦略を練ることができる俺は、お前みたいな素人とは違うんだ。
何百何千ものモンスターと戦ったおれは、その経験を戦いに生かすことができるんだ。
そう思っているが、どれだけ耐えていても奴の魔力が衰える気配がしない。
「なぜだ!なぜ魔力が切れない」
「そりゃ、俺は一人じゃないからだよ。それに、俺にはこんな力もある」
ライトは余裕たっぷりに手のひらをかざすと、そこから今までとはまったく違った魔法が放たれた。
「土重力」
「ぐっ!」
いきなり体に高重力がかかり、俺は地面にたたきつけられる。
な、なんだこの力。ライトの魔法属性は光だったはずだ。なぜこんな力が……まさか?
「そ、その力、もしかしてデンガーナの?」
「ふふふ。察しがいいな。そうだ。奴の魂はすでに俺が吸収した」
奴は見せつけるように手のひらをむけてくる。
その表面に、苦しみにゆがんだデンガーナの顔がうかんだ。
「レイバンはん……助けて。苦しいんや…ぎゃっ」
彼女は必死に俺に助けを求めている。奴が手を握り詰めると、デンガーナの顔が握りつぶされた。
「やつだけじゃないぞ。俺の体の中には今まで死んでいった何万人もの魂がいる。そのおかげで、魔力が尽きることはない」
奴の体の表面に、いくつもの顔が浮かぶ。それらは皆苦しそうに顔をゆがませていた。
「奴らの魂は俺が滅びるときまで救われることはない。お前も殺して吸収してやるよ」
そういって笑うライトに、俺は心底恐怖を感じる。
こいつは……勇者の力が覚醒した上に、魔王の力まで手に入れたのか。そしてデンガーナをはじめとする多くの人間の力まで自分のものにしている。
いけない。こいつは先代魔王などよりはるかに危険な存在だ。放っておけば、全人類を滅ぼすだろう。今ここで倒さなければ。
歯を食いしばって立ち上がろうとするが、高重力に押さえつけられて身動きすらできなかった。
「さあ、復讐の時だ」
邪悪な笑みを浮かべてライトが近づいてくる。俺はどうすることもできず、ただ絶望を感じていた。