謝罪
「チッ。殺せなかったか!」
結界に爪をはじかれた王女が、悔しそうに舌打ちする。
「まあいい。獲物はいくらでもいる。貴様は後回しだ!」
エルフの王女はそうつぶやいて、去っていく。殺されかけた私は、恐怖のあまりその場に座り込んだ。
「レイバンが助けてくれた……!」
ペンダントを握りしめて感謝の涙を流す。
「そうだ。レイバンなら、なんとかしてくれるかもしれない……」
そう思った私が闘技場のほうに戻ろうと歩き出したとき、突風が吹いて空からレイバンが降りてきた。
「ミナ!無事だったか!」
飛んできた彼の姿は、あちこち火傷ができてひどい有様だった。
こんな大けがをしながら、私のことを探しに来てくれたんだ。
「レイバン……」
私は彼の大きな胸の中で涙をながすと、彼はとまどったように顔を赤くした。
「と、とりあえず、話はあとだ。ここは逃げるぞ。『風舞』」
レイバンの心地いい風に包まれ、私は空を飛ぶ。
こうしてインディーズから逃げ出すことができたのだった。
「ミナ、ここまで来たら大丈夫だ。ここならエルフたちもおってこれないだろう」
レイバンは、そういって慰めてくれる。
私たちはインディーズから少し離れた所にある、断崖絶壁に囲まれた谷グランドキャニオンに来ていた。
レイバンに慰められて、私は少し落ち着きを取り戻す。
そうなると、仲間の冒険者や街の人たちのことが気になった。
「わ。私はもう大丈夫。それより、街のみんなが!私はいいから、助けに戻ってあげて!」
しかし、レイバンは怯えた顔をして首を振った。
「だめだ。モンスターになったエルフの力は異常だ。その上、魔王と化したライトもいる。傷付いた俺が今インディーズに戻ったら、命はないだろう。ミナ、このままここで休んで、体力が回復したら王都に行こう」
このまま逃げようとするレイバンを、私は思わず冷たい目で見てしまった。
「あなた、ギルドマスターなのに仲間を見捨てるの?」
「し、仕方ないじゃないか。あいつらは普通のモンスターじゃない。剣も槍も通じないんだぞ。王都には勇者光司もいるし、聖女マリアもいる。勇者パーティの力を結集したら、ライトごとき恐れる必要はないんだ。これは逃げるんじゃない。戦略的撤退というやつなんだ」
そう言い訳するレイバンは、いつもの自信に満ちた様子ではなくて、昔の弱虫だったころに戻ったようだった。
なんて勝手なんだろう。エルフたちには武器を与えず一方的な試合を強いておいて、不利になったら自分だけにげだすなんて。やっぱり彼は、心の底では臆病者で、それを隠すために弱者に対して傲慢にふるまっていたんだわ。
「あなた、ライトが言っていたことは本当なの?自分なりに勇者パーティに貢献していた彼を偽勇者扱いして、冤罪に落としたの?なぜそんなことをしたの?」
もし彼が言っていたことが本当なら、怒って復讐するのも無理はない。
彼がこの都市にいた時も、冒険者たちからひどい扱いを受けていた所を何度も見ている。
それを止めなかった私にも責任はあるのかもしれない。それでも、私はレイバンに問いたださずにはいられなかった。
レイバンは、下を向きながらその訳を話す。
「し、仕方ないだろう。俺は冒険者になってよくわかった。力があるものが賞賛され、無き者は食い物にされる。だから俺は勇者光司に従い、ライトを邪険に扱ったんだ。そうしなければ、俺が……」
「下らん。それがお前の正体か」
冷たい声が響き渡る。いつのまにか、グランドキャニオンの上空に黒いローブを纏ったハゲ頭の男が浮かんでいた。
「普段の豪放無頼の振る舞いは、自らの臆病さを隠すためのもの。自分が虐められたくないから、弱者を虐げ強者にへつらっていたんだな」
ライトは私たちを冷たく見下してくる。
レイバンが何か言う前に、私は彼の前に土下座した。
「ごめんなさい!私たちが今までしたことは謝るわ!」
地面に頭をこすりつけて、レイバンや冒険者たちの行いを謝罪する。ライトはそんな私を面白そうに見下ろしていた。
「ふん、今更謝罪して何になる」
「レイバンは本当は優しい人なの。彼が冒険者を目指したのも、幼い頃、モンスターに襲われた私を守れなかったから……」
私は服を脱いで背中を見せる。そこには大きな傷跡がついていた。
「彼が力に傾倒するようになったのも、元はといえば私のせい。もう二度と彼に弱者を虐げさせたりしない。私がずっとそばにいて、道を踏み外しそうになったら叱ってあげる。だから……」
「見逃せとでもいいたいのか。下らん。邪魔だ!」
ライトの手から稲妻が発生し、私を打つ。
「きゃああああ!」
すさまじい痛みが私をおそい、立っていられなくなって地面に倒れこんだ。
「ミナ!」
慌ててレイバンが私を抱え起こそうとする。
ああ、やっぱり彼は本当は優しい人だ。私が代わりに罰を受けてもいいから、なんとかもう一度更生するチャンスを……
「レイバン。ライトに謝って」
最後にそう告げると、私の意識は闇に落ちていった。