王女
俺は宿屋に戻り、これからどう復讐していくべきかをじっと考える。
「どうすれば、レイバンたちに一番屈辱を与えられるだろうか……」
今の俺の力をもってすれば、誰彼かまわず打倒して殺戮するのも不可能ではない。
だが、一瞬で殺しては面白くない。奴らには魂すら砕けるほどの苦痛と絶望を与えないと気が済まない。
じっと考え続けていると、なにか清らかな感触のものが背中にふわりと抱き着いてきた。
『お義兄さま……』
『アリシアか。何をしている。さっさと天に帰れ』
俺の体に抱き着いてきているのは、魂だけになったアリシアだった。
『私はお義兄様から離れたくないのです』
『くだらん。お前を殺したのは俺だぞ。もっと憎め。それとも、俺の破滅を見届けたいのか?』
あえて突き放す感じで言い放ったが、アリシアは寂しげな笑みを浮かべるのみだった。
『私を好きにしていいと申し上げたはずです。お恨みなどしておりません。ただ、お義兄様が心配なのです』
『ふん……』
俺はアリシアの純粋な魂を見ていられなくなり、思わす目をそらす。
『お義兄さま。もう復讐をお止めしたりはしません。ですが、せめてその力を誰かの為に使っていただきたいのです』
『くだらん。俺の力は俺の復讐の為だけに使うべきものだ。誰かの助けになどなるものか』
俺はそう言って否定するが、彼女は無垢な笑みを浮かべ続けていた。
『きっとお義兄様の復讐のおかげで救われる人もいるはずです。心を開いて、人間によって苦しめられる者たちの声を聴いて下さい』
そういいのこして、アリシアの魂は去っていった。
「俺の復讐を、誰かのために使ってほしいだと……?」
闘技場で、無念の思いを抱えながら死んでいったあのエルフの少年の顔が浮かぶ。
俺は部屋の中で、じっとアリシアの言葉をかみしめていた。
「つまり、エルフたちを助けてほしいということか?」
捕虜となり、闘技場で虐殺されているエルフたちの顔が思い出される。
「くだらん。俺はすべてに破滅をもたらす魔王だ。誰かを救う勇者じゃない。だが……」
俺はエルフたちには恨みがない。俺の復讐にやつらを利用できるかもしれない。
それに、俺一人では手が足りないのも事実だ。エルフたちを使えば、より大勢の人間たちを苦しめることができるだろう。
その結果、エルフたちが救われようが破滅しようがどうでもいい。俺はあくまで復讐のために利用するだけだ。
そう結論づけると、俺は歴代魔王の記憶をさぐり、使えそうな魔法を身に着けるのだった。
数日後、俺は再び闘技場を訪れた。
「さあ、今日の興行は特別イベントです。なんと相手はエルフ王国騎士団です」
司会者が今日戦う予定のエルフ捕虜たちを紹介する。
ほとんどのエルフたちは今までの捕虜と同様に痩せこけて疲れ切っている様子だったが、中央に固まっている女エルフを中心とする一団はまだ眼に力があった。
「しかし、あれがエルフの王女様かよ。超マッチョだな。男かと思ったぜ」
観客がささやくように、その女エルフは美しいが中性的な顔つきで、まるで男のように筋肉がついている。凛としたそのたたずまいには王女としての気品が現れていた。
なるほど。この手のタイプは貴族の男たちの受けが悪い。だから奴隷として買い手がつかず、見世物にされたんだな。
「では、エルフの王女様に意気込みを聞いてみましょう。いや、遺言でしょうか?」
司会者のからかいに、その女エルフは堂々と返した。
「残忍な人間たちよ。私はエルフ王国第一王女ララ―シャ。エルフの誇りにかけて、お前たちを打倒す」
ララ―シャと名乗った女エルフは、ぼろきれしか身に着けてない姿ながら、気高くと言い放った。
それに対して、観客は石を投げながら罵声を浴びせる。
「ははは、勇ましいな。棒きれしかもってないのに、どうやって勝つつもりだ」
観客が投げた石が彼女の顔に当たり、血が一筋流れる。それでも彼女は傲然と胸を張っていた。
「それより、約束は守ってもらうぞ。私たちが勝ったら、奴隷として連れていかれた我が妹たちを返してもらうぞ」
「いいぜ!勝てたらな」
レイバンがニヤリと笑う。
「それでは、始め!」
冒険者たちとエルフ騎士団の戦いが開始された。