裏切
「も、もうそろそろ休みませんか?腹が減っちゃて」
前を進むアポロンが情けない声をあげる。
若い者は辛抱が足りんな。私が新人の頃は、一日飲まず食わずも珍しくなかったぞ。そうやって精神力を鍛えてきたんだ。
「うるせえ。まだまだいけるだろうが」
「で、でももう50階も潜っているんですよ。しかも俺ばっかり魔法を使いっぱなしで……正直、もう限界です」
アポロンはだらしなく床にへたり込む。仕方ないので、私たちも休憩することにした。
「ほら。これがお前の飯だ」
アポロンに投げ渡したのは、ダンジョンの瘴気ですっかり腐ってしまったパンだった。
「こんなものを食えっていうんですか……?」
アポロンは恨めし気に睨みつけてくるが、これも教育である。
こうやって上下関係を叩き込むのも、先輩冒険者として大切な仕事なのだ。
「嫌だったら、ネズミとかゴキブリでもいいのよ」
セローナが調子にのって言い放つが、その気持ちはわかる。
このアポロンとかいう男は、容姿こそライトとは真逆だが、その怯え方がそっくりで嗜虐心をそそるのだ。
「わ、わかりました」
しぶしぶパンを食べるやつを見て、私たちは優越感に浸っていた。
それから数階ほど進んだ頃、私たちはこのダンジョンに不審な点があることに気づいていた。
「やったぜ。また金貨だ!」
「下手なアイテムよりありがたいよね。換金する手間がはぶけるし」
宝箱をあけた仲間が歓声をあげる。中にはいっていたのは金貨の山だった。
どう考えてもおかしい。少しは他のアイテムとかがあってもいいはずだ。
「そろそろ袋もいっぱいだな。帰るか」
仲間がそう提案するが、私は首を振った。
「いいや。まだだ。もっと価値があるものが奥には眠っているはずだ」
今の聖女となったマリア様に捧げるのは、ただの金貨では不足だ。美しい宝石や、伝説のアイテムなどを献上しないと、あの甘美な時間を味わえないだろう。
そう思って先に進んでいくと、また宝箱を見つけた。
「おい。アポロン。さっさと『鑑定』しろ」
「は、はい。ええと……」
宝箱の前にしゃがみこんで鑑定していたアポロンが、自信をもって告げる。
「これは大丈夫ですね。トラップとか仕掛けられていません」
「そうか。ならさっさとどけ」
仲間がアポロンをどかして、宝箱を開けた瞬間。
「うわぁぁぁぁ!」
いきなり宝箱に吸い込まれていった。
「えっ…?」
状況が理解できず、私たちが固まっている間に、宝箱は消えていった。
「あー。『人食い箱』だったみたいですね」
アポロンがしれッとした顔で言ってくる。私たちは怒りに身を震わせた。
「どういうことよ!大丈夫って言ったじゃないの」
「ああ、ちょっと間違えちゃいました」
「てめえ!」
私は胸倉をつかむが、奴は平然としていた。
「誰にでもミスはありますよ。だって俺は新人ですからね」
「ふざけないで!殺してやるわ!」
頭に血が上ってアポロンにナイフを突きつけるセローナを、私は必死で止めた。
「よせ。ここでこいつを殺すと、帰れなくなる」
私の声を聴いたセローナがハッとして、突きつけたナイフを離す。それを見て、奴はさらに調子にのった。
「そういう訳です。俺を殺したら、真っ暗なダンジョンで放置ですよ。トラップだらけのこのダンジョンから脱出もできなくなりますよ」
「くっ」
悔しいが奴の言うことは正しい。どうやら深入りし過ぎたようだった。
「さて、それじゃ行きましょうか。くくく……」
そう笑うアポロンは、さっきまでの卑屈な態度とうってかわって自信に満ちていた。
こいつ、いい気になりやがって。地上に戻ったら、ギルドマスターの権限で拷問にかけて追放してやる。
「いいだろう。だが、お前が先にいけ。宝箱をみつけても、お前が全部あけるんだ」
「いいでしょう。でも……」
アポロンの声が小さくなる。
「なんだ?何か文句でもあるのか?うわっ!」
仲間の一人が一歩足を進めて問い詰めようとしたとき、いきなり落とし穴が開いて落ちていった。
「あーあ。トラップは宝箱だけとは限りませんよって言おうとしたのに。ベテラン冒険者にしては、警戒心が薄すぎますねぇ」
アポロンがあざけりの笑い声をあげる。
「貴様!」
「わー。怖ーい」
アポロンは笑いながら逃げていく。俺たちは非常用のランプを灯すと、一目散に奴を追いかけていった。
「くそっ!どこにいった」
あれから数時間、私たちはアポロンを追ってダンジョンをさまよっていた。
いつしか仲間とも散り散りになり、私は一人ぼっちである。
「くそっ。ギルドマスターともあろうものが、こんな目にあうとは……」
改めて、私は自分の愚かさを実感する。現役のころはもっと慎重だったはずだ。
魔王が倒されてモンスターがいなくなり、ダンジョンに入っても危険がなくなった。
そのことが私のカンを鈍らせ、新人でもしないようなダンジョンの深入りというミスを犯してしまった。
消えかけたランプの明かりを頼りにさまよっていると、かすかに助けを求める声が聞こえてきた。
「誰か……助けて……」
声を頼りに進んでいくと、セローナが壁に縛り付けられていた。
「セローナ!何があったんだ!」
「あ、あいつを追いかけていたら、トラップに引っかかってしまって」
セローナは涙ながらに訴えてきた。
「よし、外してやる」
「待って、その前にどうしても伝えないといけないことがあるの」
セローナの顔は真剣だった。
「私が縛り付けられたあと、アポロンが戻ってきたんだ。すると、私の目の前で変身して、ライトの姿になったんだ」
「ライトだと!」
私はとっくに野垂れ死んでいるものと思っていた偽勇者が、アポロンの正体だったと知って驚いた。
「あ、あいつは本物の魔王だよ。私たちをこのダンジョンに誘い込んで、罠にかけようとしているんだ」
なるほど。奴なら俺たちをこんな目に合わせるのも納得できる。身の程知らずにも、復讐しようとしているらしいな。
だが、それならそれで対処できる。奴には戦闘力がない。落ち着いてトラップを回避していけば、必ず勝てるはずだ。
「レガシオン。あいつはやばいよ。私たちを恨んでいる。あんただけでも逃げて!」
瞳をうるませるセローナに、私は優しく笑いかけた。
「安心しろ。私は仲間を見捨てたりしない」
私はトラップを解除し、セローナを抱え上げた。
「とりあえず、一度地上に戻るぞ」
「うん……」
私は上に上がる階段を探して、その場を離れていった。