勇者のお仕事
今までは綺麗な表通りしか歩いたことがなかったが、こうしてスラム街をみてみると、ホームレスが増えたような気がする
「なんであんな汚い奴らが増えたんだ?」
「なんでも、偽勇者ライトが反乱を起こしたせいで故郷を焼け出された人たちが王都に避難しているみたいですよ」
マリアが軽蔑の表情を浮かべて説明した。
「本当に、あいつは悪い奴だな」
「ええ。いずれ私たちの手で倒してやりましょう」
そんなことを話しながら歩いていると、俺たちの前に数人のチンピラが立ちはだかった。
「へへへ。兄ちゃん。いい女つれているねぇ」
「俺たちも混ぜてよ」
「いい店知ってんだ」
チンピラたちは、下卑な笑みを浮かべて近寄ってくる。
「なんだてめえら。マリアは勇者である俺の女だぞ」
俺がそう告げると、チンピラたちはギャハハと笑った。
「笑わせるぜガキのくせに。何が勇者だ」
「勇者がこんなところにいるわけねえだろうが。さっさと金を置いて失せろ」
ナイフや剣を取り出して、威嚇してくる。
「ふっ。バカな奴らだ。命が惜しくないみたいだな」
俺は余裕たっぷりに勇者の剣を抜くと、チンピラたちに切りかかっていった
「いてえ!いてえよぅ」
「悪かった。お前を襲ったのは俺たちの意思じゃねえんだ」
チンピラたちが倒れて泣き叫んでいる。奴らの手足は俺の剣によって切断され、血にまみれていた。
「なんだと?どういうことだ?」
俺が問い詰めたとき、パチパチという拍手が鳴り響き、黒いスーツを着た男が現れた。
「聖女様のおっしゃられるとおりですな。さすがは勇者光司様です」
その男は、俺を見ると丁寧に礼をした。
「え?マリアの言う通りって?」
「くすくす。ごめんなさい。この方は王都の裏社会のボス、ボガード様よ。勇者の力をみたいっておっしゃられるから、彼らをけしかけたの」
マリアはまったく悪びれることなく、自分が黒幕だったことを認めた。
「勇者様。大変失礼いたしました。我らはあなた様を心から歓迎いたしましょう」
こうして、俺はマリアとボガードと名乗る男に連れられて、一見のみすぼらしい家に入っていった。
「あははは。まさかスラムにこんなところがあったなんてな」
俺は機嫌よくワインを飲み、バニー姿の美女と戯れる。
俺たちが入った家は、外見こそみすぼらしかったものの、中に入ると豪華な設備が整ったバーだった。
奥の方ではカジノが開かれており、マスクをつけた身なりのいい男女がギャンブルに興じている。
「いかかですか?この裏酒場『堕天使の楽園』は」
「ああ、気に入ったぜ」
俺の様子にボガードは満足したようで、金色の通行パスポートを渡してきた。
「これは特別会員証になっております。いつでもこの建物に入れて、中での飲食は無料になっております」
「マジか?わりぃな」
「いえいえ。私たちを救ってくださった勇者様に対してのほんの恩返しでございます」
ボガードはそういって、頭を下げてきた。
「しかし、マリアは良くこんな所知っていたな」
「くすくす。実は教会は裏社会ともつながりが深いのです。神の愛は万人に等しく注がれるべしという教義なので」
マリアはすまし顔で事情を話した。
酒と女による接待でいい気分になっていると、ボガードが本題を話し始めた。
「実は、勇者様のお力と権威を見込んで、頼みたい仕事があるので」
「いいぜ。なんでも話してみな」
俺が頷くと、ボガードはあるリストを見せてきた。
「これは?」
「銀行や商人から金を借りておきながら、返済不能となった者たちのリストです。我々はその借金を買い取り、彼らに無理のない範囲で返済を求めています」
ボガードはにやりと笑って、話を続ける。
「ですが、中には返済しようとしない不届き者たちもいます。そういう方々に対して、勇者様の権威をもちまして説得してほしいのです」
「……ようするに、借金の取り立て屋かよ」
おもっていたよりしょぼい仕事だったので、俺はちょっとしらけてしまう。
「そんなの、部下にでもやらせばいいだろうが」
「それが、不届き者の中には衛兵の駐在所に逃げ込む者もいまして。我々のような裏社会の者にとっては、いささか面倒な事態になります。そこで、勇者様のお力を借りたいのです」
ポガードの言葉に、俺は首を傾げた。
「意味がわからん。なんで俺なんだ?」
「勇者様とは正義の象徴。たとえ衛兵といえども勇者様に逆らえるはずがありません。賄賂をとって不届き者をかくまう衛兵たちにも、正義の鉄槌を下していただけます」
「なるほどな」
正義の象徴と持ち上げられて、俺はいい気分になる。
「借金の取り立て料として、債権の半額を支払いましょう」
「それは気前がいいことだな」
「ふふふ。もともと回収不能扱いになっている債権ですから」
ボガードは、薄く笑う。
「だけど、本当に金がないやつはどうするんだ?」
「ご安心ください。金がないところからも生み出す方法をしってないと、裏社会では生きていけませんので。借金を踏み倒そうとする不届き者がどんな目にあおうが、きっちり返していただきます」
ボガードは暗い目で笑う。さすがの俺も、ちょっと背筋に冷たい物が走った。
「いいだろう。お前に勇者の力を貸してやろう」
こうして、俺は気軽なアルバイトにいそしむことになったのだった。