勇者の不満
「くくく。ようやく死んだか」
俺の中にデンガーナの魂が入ってくる。土属性の魔法とともに「鑑定」の力も手に入れることができた。
「何十年かしたら掘り返されて、『お宝発見』となるかもしれないな。まあ、所詮銅貨だから、発見者にとって小遣いにしかならないだろうがな」
最後に土魔法を使って穴を埋めた後、俺は次の目的地に飛んでいく。
「次は冒険都市インディーズか。あそこにはレイバンとその父親のギルドマスター、レガシオンがいる。さて、どうやって復讐してやろうか」
俺は復讐のことを考えながら、インディースに飛んでいくのだった。
王都の勇者屋敷
怒った顔の光司が、執事に問い詰めていた。
「小切手帳を取り上げるってどういうことだよ」
「陛下の決定です」
執事は慇懃に一礼する。
「なぜだ!それが魔王を倒した俺に対する扱いなのか?」
不満そうに頬を膨らませる光司に、執事は根気よく説明した。
「最近、王都の外では何かと騒がしくなっております。偽勇者ライトが反乱を起こし、コルタール地方が壊滅したとのことです」
「なに?あの雑魚が反乱を起こしたって?」
光司は意外そうな顔になる。彼にとってライトはただの便利な道具であって、どれだけ痛めつけても反抗できない無力な存在だった。
「そんなの、簡単に捕まえることができるだろ?」
「それが、どうやら奴は勇者の力に目覚めたようで、たった一人でコルタール領を蹂躙しました」
「マジで?ちょうど退屈していたんだ。俺が行って奴を殺してやるよ」
面白そうな顔になって勇者の剣を振りかざす。
しかし、執事はゆっくりと首を振った。
「公爵を追い詰めて死に至らしめた後は、どこかに消えたそうです。王国が手配をかけていますが、未だ見つからないとか」
「なんだ。逃げたのか」
つまらなそうな顔になって、剣をしまった。
「ライトが反乱をおこしたせいで、コルタール地方の麦の収穫は絶望的になり、そこに住む民たちも難民となりました」
「そうか。民衆に手を出すとは見下げ果てた奴だな。奴が現れたら俺に伝えろ。この正義の勇者様が倒してやるよ」
正義ぶって言い放つ光司に、執事は心の中でため息をついた。
(まるでわかっておらん。ライトはたった一人で反乱を起こしたのだ。軍隊を動かすのとは違い、身軽に移動できる。魔王のようにおとなしくダンジョンの地下で待っていてくれるわけでもない。奴が現れたと連絡が王都に入るころには、とっくに逃げているだろう)
そう考えると恐ろしくなる。勇者の力を持つものが一人でゲリラ戦を仕掛けてきたら、国では対応できずにいいようにやられるだけだろう。
「それで、なんであんな奴が反乱を起こした程度で、俺の小切手帳をとりあげられないといけないんだ」
不満そうに聞いてくる光司に、執事は根気よく説明を続けた。
「つまり、穀倉地帯の税収が見込めなくなったということです。すでに貨幣を改鋳して予算を作る方法も限界で、このままでは国庫が破綻してしまいます」
「そんなの知ったことかよ」
ふてくされる光司に、執事は冷たく告げた。
「国が破綻したら、勇者であるあなたを養うこともできません。生活費として毎年金貨一万枚を支払いますので、その範囲内で生活してください」
「……わーーったよ」
さすがの光司でも、国王に見捨てられて援助を受けられなくなったら生きていけない事はわかる。
しぶしぶながら、執事の言い分を受け入れた。
俺は光司。魔王を倒して伝説の勇者となった、元日本の高校生だ。
「商業街にお買い物に行きたいんですけど、お小遣いください」
そんな俺は、今数十人のメイドに小遣いをねだられて困っている。
「えーっと。その、すまんな。今ちょっと持ち合わせがなくて……」
なんとかごまかそうとしたが、贅沢を覚えたメイドたちは引き下がらなかった。
「え?でも勇者様ならお金はいくらでも国から引き出せるんでしょ?」
不思議そうな顔をして聞いてくる。勇者の小切手帳を国に取り上げられてしまったことを、どう説明しようかと悩んでいると、マリアが助け舟を出してくれた。
「こらこら皆さん。光司様をあまり困らせてはいけませんよ。今日の所は我慢しましょう」
「聖女様がそうおっしゃるなら……」
メイドたちはしぶしぶ引き下がる。俺はほっとすると、マリアに礼を言った。
「助かったぜ」
「どういたしまして。ですが、どうなさったんですか?いつもは小遣いぐらいいくらでも出してあげられるのに」
そう優しく聞いてくるので、俺はこれまでのような無制限の贅沢ができなくなった理由を話した。
「なるほど……勇者の小切手帳を取りあけられてしまったのですか。今の平和があるのは光司様のおかげなのに、国も恩知らずですわね」
「まったくだぜ」
二人で愚痴をこぼしあうが、金に余裕がないという現実は変わらない。
「なあ、どうしたらいいと思う?」
「そうですね。なんとかしてお金を稼げるようになればいいのですが……」
マリアの言葉を聞いて、俺は顔をしかめる。
「俺の世界の知識でもつかって、商売でも始めろってか?残念だけど、思い当たることはないぞ」
自慢ではないが俺は勉強なんて一切したこともなく、ネット小説にでてくる転生者みたいなオタクでもない。
そもそも俺がいた高校はヤンキー高校で、喧嘩の強い奴だけが尊敬されていたので、日本の知識を使って商売をしようとしても無理だった。
しかし、マリアはそんな俺を見てニヤリと笑う。
「ご心配なく。勇者である光司様にぴったりの仕事を斡旋してくれる人を紹介しますわ」
こうして、俺とマリアは連れ立って仕事を紹介してくれるというやつのいるスラム街まで来るのだった。