埋没
「これはこれはお嬢さま。私の金を持ってどこに逃げるつもりなのですかな」
奴はいやみったらしく聞いてくる。うちは思わず馬車の荷台を隠そうとしてしまった。
「こ、これはあんたの金やない。うちの金や」
「ほう。なら見てみましょう」
アポロンの手からオレンジ色の光が立ち上り、稲妻となって落ちる。馬車は炎に包まれた。
「ああ!うちの金が!あんたら、さっさと炎を消せ!」
「そんな無茶な」
冒険者に命令しても、奴らはとまどったように動かない。
手をこまねいているうちに馬車がやけ、荷台からライディン金貨が零れ落ちた。
「くくく、私が預けた金貨に間違いないみたいですが!」
「これはもううちのもんや。絶対に返さへんで」
うちは金貨を守って、奴の前に仁王立ちする。アポロンは、それを見て苦笑した。
「父親よりも金が大事か。まさに金の亡者にふさわしいな」
「うるさい。商人は金がすべてや。金だけは裏切らへん。金さえあれば、何度でも再起できるんや」
そんなうちを軽蔑するように見下すと、アポロンは意外なことを言った。
「そんなに欲しいなら、全部お前にくれてやるよ」
「え?ほ、ほんまに?」
「ああ、そんな銅貨なんて惜しくもない。『解除』」
アポロンの手からオレンジ色の光が発せられ、金貨の山を打つ。
次の瞬間,キラキラと輝いていたライディン金貨は、色のくすんだ銅貨に変わった。
「へ?なんでや」
慌てて『鑑定』をかけても、銅貨だという結果は変わらなかった。
「そんな!何度も確かめたのに」
「残念だな。お前の『鑑定』の力は、すでに俺の呪いに感染していてまともに使えなくなっていたんだ。それは最初からただの銅貨だったのさ」
「そ、そんな!いつの間に……」
自分の存在意義であった「鑑定」の力が狂わされていたことを知って、うちは絶望のあまりその場に崩れ落ちる。
そんなうちから、メイドや冒険者たちは静かに離れようとしていた。
「あ、あんたら、どこにいくんや。うちを守れ」
それを聞いた冒険者たちは、冷たく拒否する。
「我々は金で雇われたもの。お金がなくなったお嬢様には、もう仕える義理はありません」
「そうよ。お金もないあんたなんかに仕える意味なんてないわよ。この詐欺師!」
幼少期から仕え、毎日お茶をいれてくれたメイドたちも、冷たく笑って逃げていった。
「そ、そんな……」
周囲に誰もいなくなってしまい、うちはどうしていいかわからなくなってしまった。
「さあ、年貢の納め時だな」
不気味な笑みを浮かべるアポロンを、うちは憎しみを込めて見上げる。
「あんたは何者なんや!こんなひどいことをして、うちになんの恨みがあるんや!」
「恨み?恨みなら腐るほどあるさ」
アポロンの姿が変わっていく。金髪の美青年の姿が、ハゲ頭のやつれた男に変わった。
「あんたは……ライト」
共に冒険の旅をした偽勇者が、邪悪な顔をしてうちに告げる。
「さあ、復讐の始まりだ」
それを聞いたうちは、心の底から恐怖に震えた。
俺は宙に浮いたまま、デンガーナを見下ろす。
追い詰められた彼女は、開き直ったかのように杖を掲げた。
「なめんな!こうなったらうちがあんたを倒してやる。『土重力』」
次の瞬間、周囲一帯に高重力がかかる。
彼女は俺を叩き落そうと、魔力を振り絞って土魔法を使っていた。
高重力により、周囲の木々が倒れていく。
「ははは。うちを鑑定だけの女と思ったら大間違いや。これでも勇者パーティの一員や。どんな敵でも高重力をかけたら動きが鈍くなる。そうやって勇者をサポートしてきたんや」
デンガーナは勝利を確信して、高笑いした。
しかし、俺は余裕の表情で宙に浮かび続ける。彼女の魔法は、俺の体に何の影響も与えられなかった。
「な、なんで効かんのや」
「馬鹿め。お前は雷がどれだけ軽やかに空を駆け巡っているか、見たことがないのか」
俺は冷たく笑って告げる。
「『電化』。己の体を雷の粒子に変換すれば、重力から自由になって空を駆ける事ことができる」
物質に比べて格段に重力の影響を受けづらくなる光の電子に自分の身を変換した俺は、傲然と宙に浮き続けた。
「そ、そんなの嘘や。勇者パーティの一員であるうちが、たかが照明師であるライトに負けるなんてこと、ありえへん!」
デンガーナはむきになって魔法をかけ続けるが、俺は平然としている。
やがて魔力がつきて、デンガーナは地面に膝をついた。
「な、なあ。ライトはん。うちが悪かった。心を入れ替えして真の勇者に仕えるから、うちを見逃してんか。なんでもご奉仕しますさかい」
手を組んで俺を拝み、謝罪するが、俺は冷たくあざ笑った。
「そうか。なら奉仕してもらおうか。『マリオネット』」
俺の手から発せられた雷がデンガーナを打ち、新たな電気信号を神経に伝達させる。
彼女の足から勝手に土魔法が発せられた。
「な、なんやこれ!」
「お前の土魔法を利用させてもらう」
どんどん地面が割れていき、裂け目が開いていく。立っていられなくなり、デンガーナは深い裂け目に落ちていった。
「う、うちをどうするつもりなんや」
深い穴の底で、魔力を限界まで絞り出されたせいで息も絶え絶えになりながらデンガーナが叫ぶ。
「別に。ただそこがお前の墓場になるだけだよ」
「そ、そんな……」
デンガーナは必死に這い上がろうとしていたが、すでに裂け目の深さは10メートルにも達していて、どうあがいても無駄だった。
うちはデンガーナ。勇者パーティの商人にして、鑑定士や。
そんなうちは、暗い地面の底で、身動きが取れなくなっていた。
うちが落ちた裂け目は深いうえに壁がもろく、足をかけてもすぐに崩れおちてしまう。
このまま生き埋めにされるんとちゃうかと恐怖に震えるうちに、ライトの声が聞こえてきた。
「おっと。忘れていた。ちゃんと約束は果たさないとな」
次の瞬間、何か固くて熱い金属が落ちてくる。
「痛い!熱い!」
うちの顔に当たったそれをよく見てみると、焼け焦げた銅貨だった。
「まだまだあるぞ。遠慮なく受け取ってくれ」
穴の外から、どんどん銅貨が投げ込まれてくる。
それは触れると火傷するぐらいに熱せられていた。
「か、かんにんして。うちが悪かったから!」
必死に許しを請うがをするが、ライトは許してくれない。
いつしかうちは10万枚の銅貨に埋もれて、息も絶え絶えになっていた。
「お前は金が好きなんだろ。よかったじゃないか。金に埋もれて死ねるなんて」
「そんなん嫌や!生き埋めになるなんて。もう金なんていらない。命だけは助けて!」
必死に命乞いをするが、ライトは相手にしない。
焼けた銅貨は容赦なくうちの肌に張り付き、全身に大やけどを負わせた。
(なんでこんなことになったんや……こんなことになるなら、ライトを裏切るんやなかった)
蒸し焼きにされる地獄の苦痛の中で後悔するが、もう遅い。
こうして、勇者パーティの鑑定士として活躍し、世界で一番金持ちだったうちは、銅貨で生き埋めにされて苦しみながら死んでいくのだった。