逃亡
それからのわての生活は、まさに地獄そのものや。
まともに食事も睡眠も与えられず、奴隷として働かされている。
なんでこうなったんや。わては国一番の金持ちだったはずなのに。何をしても使いきれないほどの金を持ち、一生安楽に暮らせるはずだったのに。
「さっさと働け!この役立たずが!」
屈強な奴隷頭に鞭でうたれながら、過酷な重労働を科せられる。
「これが今日の飯だ。ありがたく食うんだな」
与えられるのは一杯のスープとカビが生えたパンのみ。
これまでの豪奢で安楽な生活とうって代わり、わては最底辺の生活を強いられていた。
わてが働いている鉱山に、どんどんオサカから奴隷に堕ちた商人が送られてくる。
「くそ……全財産が無くなって、家族まで奴隷に落とされてしまった」
「借金までしてクレジットコインなんて買うんじゃなかった……これがあの神官が言っていた、勇者をないがしろにした天罰なのか?」
彼らによると、オサカの街は仮想通貨クレジットコインの消滅と、アポロンによる大量の金貨の引き出しによる貨幣不足で、絶望的な不況に陥ったという。
仮想通貨により商取引ができなくなったことへの混乱と、貨幣不足による不景気が重なり、深刻な物価上昇が起こった結果、ほとんどの商会が潰れて奴隷になる商人が続出した。
わてを裏切った大商人たちも国に詐欺罪でつかまり、商会が取り潰されてしまったらしい。いい気味や。こうなったらみんな仲良く破滅すればええんや。
そんな暗い愉悦に浸っていると、新たに来た奴隷たちがわてに気づいた。
「おい。こいつはヨドヤじゃないか?」
「ああ、やつれているが、たしかに奴だ」
昔はわての下請けだった商人たちが、奴隷の輪をつけられて鉱山に送り込まれている。
ちょうどいい。こいつらをまとめたら、奴隷頭になって少しは甘い汁が吸えるようになるかもしれない。
わては昔のように、奴らを怒鳴りつけた。
「お前らが新入りか!ええか、ここではわてが先輩や。わての言うことを聞くように。わてに逆らったら、ひどい目に合うんやで!」
昔取った杵柄で、声に力をこめて威圧する。
昔はわての怒鳴り声にびびって頭を下げていた奴らや。奴隷になっても、へこへこしてわてに従うはず……。
「な、なんや。何か文句あるんか!」
怒鳴り声を聞いた奴らは、無言でわてを取り囲んだ。
「文句だと!文句なら大ありだ!」
「てめえの口車にのったせいで、俺は全財産を失った」
「この詐欺師め!」
奴らは狂ったようにわてを殴りつけてくる。
「や、やめい!わては大商人ヨドヤや!国一番の大金持ちだった男やど!わてに逆らったら……」
「ああん?今のてめえは銅貨一枚も持たない貧乏人だ。てめえに従うやつなんていねえんだよ!」
奴らの言葉に、わてはショックを受ける。
「わてが貧乏人?このヨドヤが?国で一番の金持ちと言われたこの大商人が……貧乏人……」
やつらに殴りつけられながら、わてはすべてを失いただ貧乏人になってしまったわが身を嘆く。
こうして、わては奴隷の中でも最底辺の存在に堕ちたのやった。
それから一か月後、もはや水も食事も仲間に取り上げられてしまい、骨と皮だけになったわては非情な奴隷頭に告げられる。
「こいつはもう役にたたんな。廃棄孔に放り込んでおけ」
「はい」
そうしてわては鉱石カスを捨てる孔に放り込まれ、一生を終えたのやった。
「デンガーナ様。どうなさるのですか?」
うちについてきたメイドたちが、慌てた様子で聞いてくる。
すでにオサカの街は、決済機の故障による大パニックに陥っていた。
「決まっているやろ。ここから逃げるんや」
うちはあらかじめより分けていた、最高級の金貨であるライディン金貨10万枚を馬車に詰め込む。
くふふ。これをアポロンから受け取ったとき、銀行の金庫にいれてなくてよかったわ。
「お父上を見捨てるのですか?」
「おとんはどのみちおしまいや。この街中の金貨をあつめたって、クレジットコインの総額には到底足らん」
おとんはうちに銀行業務を任せきりだったからよう知らんのやろうけど、すでにクレジットコインの発行量は実際の貨幣量を大幅に上回っている。
換金が殺到すれば、現金がなくなって銀行がつぶれてしまう可能性があることを知っていたうちは、万一の場合に備えていたんや。
「くくく……このライディン金貨さえあれば、うちは一生楽して生きていける。あとは知らん」
こうなりゃ王都にでもいって貴族位でも買って、優雅に暮らすか。うちは勇者とのコネもあるし、「鑑定」の力もある。陛下も守ってくれるはずや。
「ほな、王都に向かって出発や」
護衛に冒険者をやとい、うちたちを乗せた馬車は王都への道を走っていった。
俺は自らの身を電子化して空を飛び、オサカの街の混乱ぶりを見物する。
すでにヨドヤ両替銀行には換金を求める民たちが殺到して、真っ青な顔をしたヨドヤが責められていた。
(くくく。こうなれば奴は破滅だ。俺が手を下すまでもなく、街の人間に裁かれるだろう)
そう思っていると、こっそりとデンガーナが裏口から逃げていくのが見えた。
(あいつめ。逃げるつもりだな)
上空からひそかに監視していると、デンガーナは屋敷から俺が渡した金貨を持って王都方面に逃げ出していった。
(面白い。先回りして待ち伏せしてやろう)
俺はそう思うと、街道の先にあるメルト河にかかっている橋のところまで飛んでいく。
「橋を落として足止めしてやろう。『エビルサンダ―』」
俺の雷を受けた橋は、あっさりと燃えて焼け落ちた。
うちたちは、一目散にオサカから離れていく。
「お嬢様。急がせ過ぎて馬が疲れています。もう少しスピードを緩めた方が……ただでさえ重い金貨を積んでいるんです」
「なに甘いこといっとんねん。いつオサカから追っ手がくるかわからへんのやど」
メイドにそう言い返した時、急に馬車が止まって、座席から投げ出されそうになった。
「なんや!何が起こったんや!」
慌てて馬車を降りてみると、大きな河の前で冒険者たちが立ち止まっていた。
「お嬢様、これ以上先に進めません」
言われた方を見ると、頑丈そうな橋が焼かれて落とされている。
「誰がこんなことやったんや!」
「くくく……俺だよ」
冷たい声が降ってくる。空を見上げたら、黒いローブを纏ったアポロンが浮いていた。
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