齟齬
「やめろ。やめてくれ。俺たちはヨドヤ様に金で雇われただけなんだ」
「そうだ。殺すなら海賊だけにしてくれ」
甲板の上には、船員たちの泣き叫ぶ声が響き渡る。
雷に打たれた俺たちは指一本動かすことができなくなり、アポロンによってマグロのように並べられていた。
「くそ……貴様、いったい何者なんだ」
俺は残された力をすべて使って、必死に奴をにらみ返す。
すると、奴はククっと笑った。
「いいだろう。冥途の土産に俺の正体を見せてやろう」
そういうと、アポロンの姿が変わっていく。
金髪の美青年の中から、ハゲ頭のやつれた男が現れた。
「貴様!偽勇者ライト」
俺たちはその男を見て驚愕する。
この国の民の誰もが憎んでいる偽勇者の姿がそこにあった。
「偽勇者だと?違うな。今の俺を呼びたいのなら……『魔勇者』とでもよんでくれ」
ライトは笑いながら名乗りをあげる。
「魔勇者だと?」
「そうだ。勇者の力を持ちながら、魔王に転生したものが名乗るべき称号だ」
ライトは高笑いしながら、持っている剣で俺たちを突き刺す。
神経をやすりで削られるようなすさまじい痛みが伝わってきて、俺たちは悲鳴をあげた。
「や、やめろ。やめてくれ!殺さないでくれ」
屈強な男たちが痛みと恐怖のために命乞いをする。
「けっ。どいつもこいつも黙りやがれ。こうなったらじたばたするんじゃねえ。覚悟をきめろ」
俺は海賊団のリーダーとして、精一杯の虚勢を張り、仲間たちを怒鳴りつけた。
「くっくっく。威勢がいいな」
そんな俺を、ライトはいたぶるように剣でつつきまわす
「けっ。せいぜい粋がっていろ。俺たちが殺されても、いつかきっと真の勇者である光司様がお前を倒す!」
俺の精一杯の負け惜しみに、仲間たちも少し気力を取りもどした。
「そ、そうだ。正義はきっと勝つ」
「真の勇者様!万歳!」
「きっと俺たちの仇をとってくれる」
そうだ。勇者がいるかぎり、人間は魔王などに屈しないんだ!
「そうか。ご立派なことだ。その強がりがどれだけ保てるか、試してみよう」
そういうと、ライトは両手を高く掲げた。
「エビルサンダー!」
天から再び稲妻が落ち、船底に穴があく。少しずつ船が沈み始めた。
「くくく……お前たちの神経はすでに焼き切れていて、指一本動かせない。これからゆっくりと水に沈む恐怖を感じながら死んでいくがいい」
そういうと、ライトの姿が宙に浮く。
やつめ、俺たちがおぼれ死ぬのを高見の見物としゃれこむつもりか?
少しずつ、少しずつ船が沈んでいく。
ついに甲板に海水が浸る様になったとき、仲間たちは泣きわめきながら命乞いを始めた。
「頼む!見逃してくれ。俺には婚約者がいるんだ。この仕事が終わったら、結婚しようと約束しているんだ」
「病気の娘がいて、家で俺が帰ってくるのを待っているんだ。お願いだから助けてください!」
「俺には年老いた両親が……おかあさーん!」
奴は俺たちが必死に命乞いをするのを、心から楽しそうに見下ろしていた。
なんて残酷な奴なんだ。やはりこいつは魔王に違いない。
「た、助け……ごほっ」
俺の口にも海水が入ってきて、呼吸ができなくなる。
俺は最後の瞬間まで、恨みを込めた視線で奴を見上げていた。
俺は黒い服を着た神官の姿に偽装すると、オサカの街に現れた。
「欲にまみれたオサカの民たちよ。偽の勇者をあがめ、真の勇者をないがしろにしたお前たちに天罰が下る時が来た。お前たちが信じる欲の証が、煙のように消えてなくなるだろう」
街の中央広場でそう告げる。
しかし、街の者たちはまたいつものことかと笑っていた。
「何が天罰だ」
「やれるものなら、やってみやがれ」
そう煽ってくる住人の前で、俺は宙に浮く。
「な、なんだ?空を飛んでいるぞ。あいつは何者なんだ!」
そんな彼らの前で俺は範囲を街全体に広げて『広域落雷魔法』を放つ。
俺の雷を受けたクレジットコイン決済機は、その電気信号に忠実に従って機能を停止した。
ヨドヤ両替銀行
その総裁室で、うちはおとんと話し合っていた。
「それで、アポロンはんの乗っている船を海賊たちに襲わせたんか?」
「ああ、今頃は道具袋を回収できた頃やろう。ぐふふ」
おとんは欲深く笑った。
「もったいないな。あんな美形を殺すなんて」
「心配いらん。海賊たちには捕らえるように言っておいた。ふふ、奴はまだまだ使えるからな。カードと決済機を作る奴隷として、死ぬまでこきつかってやる」
あまりの欲の深さに、うちはさすがに呆れてしまう
「えげつないな」
「これが商人というものや。使えるとみたら、とことんまで絞りあげんとあかん。奴を奴隷にしたら、お前も好きにしていいぞ」
おとんが許すので、うちもあの美形をどう利用するか考えてみた。
「そうやな……ペットとして金持ちのマダムたちを相手させるのもええかな?もちろん、飼い主はうちや」
そんな風に考えていると、慌てた様子の支配人たちが駆け込んできた。
「た、大変です。今朝から、カード決済機が映らなくなりました」
「なんやと?」
うちとおとんは、慌てて銀行に設置された決済機のところに走っていく。
光の魔石を加工した決済機の周囲では、困り果てた様子の職員たちがいた。
「いったい、何事や!」
「わ、わかりません。今朝、いつものように呪文を唱えたのですが、水晶モニターには何も表示されず……」
支配人の言葉をきいて、うちは自分のカードを取り出してモニターに押し当ててみる。
いつもなら簡単にクレジットコインの出し入れができるのだが、決済機は何の反応も示さなかった。
「もしかして、壊れたんか?」
うちは「鑑定」の力をつかって、決済機を調べてみる。
すると、「当プログラムはメンテナンスのために凍結されました。再起動するには管理者権限の起動呪文を入力してください」と診断結果が出た。
「ど、どういうことや」
「おとん。もしや、うちたちはアポロンにいっぱい食わされたんとちゃうか……?」
うちの言葉に、おとんが焦りだす。
「あのクソガキめ。舐めたことしやがって。」
「大丈夫や。奴が海賊に捕らえられてきたら、奴を「鑑定」して起動呪文をききだせばええんや」
それを聞いて、おとんも安心する。
「そうやな。そのうち連れてこられるだろう。とりあえず、今日のところは臨時休業にでもして……」
オトンがそう言った時、職員の一人が顔を青くして飛び込んできた。
「た、大変です。町中の人が銀行に押し寄せてきています」
「なんやて?」
慌てて二階の窓から外をみると、大勢の庶民が集まってきていた。
「おい!どうなっているんだ。街中のクレジットコインの決済機が動かなくなったぞ」
「買い物もできなくなったわ。とりあえず、コインを金貨に換えて!」
騒ぎ立てる庶民たちをまえに、うちたちはどうしていいかわからなかった。