竜、あるいはとある1人の哀れな令嬢の物語
現代文の授業で「山月記」を習い、なんかビビッときたんで書いてみました。
睡眠不足の中で書き上げたので誤字脱字がかなりあるかもしれません。
ブライヘン公爵家令嬢レヴィヤはひどく絶望していた。
つい今しがた彼女は己が婚約者たる第1王子のジギベルトに婚約破棄を突き付けられたのだ。
現世に僅かばかり残された魔力という概念、それを歴代でも最も色濃く受け継いだジギベルトは将来の王として人々の期待を一身に浴び成長してきた。
しかし恋に盲目的な彼は国を思うあまり厳しく当たってしまうレヴィヤを上辺のみで判断し、遠ざけた。そして、とある低い身分の出の令嬢を見初め、それを真実の愛とした。
貴族としての礼節を軽んじるその行為を咎める程に王子の思いは婚約者から離れ、遂にその悪感情は王立学院主催の社交界の場にて露わとなったのだ。
曰く「他者を見下し、嘲笑う性根の腐った者との結婚など認められない。」とのことだ。
さらにあろうことか彼はその令嬢と新たに婚約することを高らかに宣言してしまった。己が愛し、信じてきた者に声は届かず、さらにはその思い人すら奪われたレヴィヤの苦しみは想像するに堪えない。
そんな苦悩を抱え彼女は1人駆け出していた。背後に迫る喧噪に気持ちは焦り、鼓動が早まるのが感じられる。
王子は新たな婚約者、つまり未来の王妃に対する不敬を理由に彼女を投獄しようとしたのだ。あわや危機一髪といったところでその窮地を救ったのは彼女の理解者たる級友たち、そして共に育った双子の弟であるバハムであった。
手を伸ばす近衛兵を抑え彼は言った。「どうか姉上はお逃げください。」と。
それが僅かばかりの時間稼ぎにしかならないことは誰が見ても明らかであった。しかしその僅かな望みに彼女の生存を垣間見たからこそ彼らはこの横暴に抗って見せたのだ。
一瞬の隙をつき会場を後にした彼女はその勢いに任せ学園を飛び出していく。敷地を超え街を抜け森林へ分け入り、なおも足を止めはしなかった。
夜会用のドレス故に何度も転びながらも、生傷を幾つ受けようと立ち上がり走るその様はどこか悲壮的である。心臓が悲鳴をあげ、全身が泥にまみれようと決して歩みを止めることはなく進み続けた。どこまでも、どこまでも、月明かりが照らす道なき道を彼女は進んでいったのだ。
―――――
何故、どうしてこんなことに。
私の脳内はただひたすらに同じ疑問の繰り返しだった。
幼少より後の王たる者の支えとなるよう教育を施され、それこそが今生の責務だと信じてきた。
最初のうちこそそれは単なる重圧から来る使命感でしかなかったが、日を追うごとに私の思いが変化していることに気付くのは容易だった。
殿下は政略結婚などに恋愛感情など生じないとおっしゃっていたが、少なくとも私自身は彼を深く愛していたのだ。肩書も、血統も、勿論持ちうる強者の資質とも関係ない。ジギベルトという等身大の人間として愛しく思っていた。
他者は宿命に縛られた哀れな娘だと同情の目を向けるが、そんなもの周囲の勝手な安っぽい憐憫でしかない。
故に私はこんな結末など認めたくないのだ。
人間は時に道を誤るものだ。だがそれが人としての範疇にある限り、いつかは元のあるべき方向へ戻ってきてくれる。だからこそ殿下の公然の浮気も注意程度にとどめた。私以上の期待とプレッシャーを背負い立つお方だ、息抜きも必要だろう。堅物の私では到底その心労を癒すことなど出来ない、そんな自覚もあった。
それでも、時が来た暁には王族としての矜持を取り戻して下さると信じていた。
だが結果はこの通りだ。
終ぞ私の言葉が彼に届くことはなく、思いが成就することもなかった。
否、彼の真に求めるもの、即ち王としてでなく1人の人間としての幸福を理解し、叶えられなかった時点でそれは私の落ち度なのだろう。
そう自分に言い聞かせ、ごまかそうとすればするほど涙は止まらない。
分かっていた。彼がとっくに私など見向きもしていないことも。どれだけ取り繕うともその奥底、深淵の果てまでは覗き見えないことも。
それでも隣に居たかった。彼と共に国を導く、幼き日に見た幻想を現実としたかった。国家、そして殿下に尽くすことこそが私の幸福であり、積み上げた人生の証明であるから。
妬ましい、恨めしい。
その隣に居座るのが努力を知らず、志もないぽっと出の別の女であることが何より悔しかった。
自分の全てを否定され、無に帰され、奪われた。
その事実だけがポツンと残されたとき私の心に亀裂が入るのが分かった。歪に音を立てて崩壊する精神と共に私は慟哭する。
走って、走って、どこまでも走って尚悲しみは癒えない。行き先も知らぬまま絶叫にも形容される嗚咽を無様に流し突き進んで行く。
私の為に盾となった方々の安否すら気遣えぬ程に焦燥しきった頃、この逃避行も王都郊外の平原へ差し掛かっていた。
沈んだ気持ちとは裏腹に、昇る朝焼けの光は頬を伝う涙を煌めかせている。
そしてやがて気付く。自らの身体に変化が生じていることに。
動悸は既に安定し、内からは魔力が高まるのが感じられた。傷口はもうもうと煙を伴いながら塞がり、血液は燃えるように熱い。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
自分の在るべき姿すら見失いそうな感覚に、私はただうずくまることしか出来ないでいた。脳内を無数の衝撃が駆け、全身が軋むような痛みに悲鳴を上げる。その苦悶すら飲み干す程の堪えがたき怒りを思い浮かべたとき、私の身体は糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
己の内側でナニカが暴れるような感覚に意識が霞むなか、「望むがままに振る舞え。」ただその一言が聞こえた気がした。
殻を破るかの如く溢れ出すエネルギーは私の肉体をも越え、新たなる存在へと転生させる。
既に理性すら手放した時、私は巨大な竜へと変じていた。
―――――
竜!その姿のなんとおぞましく、美しいことか!
古くは彗星を象徴とし、創世記においては長大無辺なる大海の支配者として描かれし神に等しき者。溶鉱炉に例えられる無限の神秘をその内にほとばしらせ、自然の暴威を体現するが如く猛り狂う者。
魔力は彼方へ霧散し、ごく一部にのみ受け継がれた現代においては最早過去の伝説と化したそれは死に絶えた獣の頂に座する絶対者として今なお人々の脳裏に焼き付いている。
万人に畏怖され、崇拝されしその姿に多くの歴史が賛歌と憎悪を向けてきた。そんな存在こそが竜なのだ。
その日レヴィヤの身に何があったのか、確かなことは依然としてハッキリしない。精神の箍が外れたことによりその血筋が古の因子を呼び覚ましたのか、あるいは外部から何らかの魔術的干渉があったのか、いずれも憶測の域を脱せないちゃちな考察でしかない。
しかし事実彼女の行方は分からず、竜は現世に顕現したのだ。
一連の婚約破棄騒動、そして同時に現れた未曽有の災害の登場によって世間の話題は持ちきりであった。
既に王都は竜の襲撃によりその機能を失い、辺境伯領に臨時の亡命政権が誕生していた。
途方もない魔力を抱え、その気の向くまま破壊を繰り返す様は地獄の具現に等しい。件の新たな婚約者を含む大小5つ程の貴族の領地を焼野原に変えた頃には、国事に興味など抱かぬ農奴をして国家存亡の危機と言わしめる事態へと発展していた。
現国王もただ傍観していた訳ではなく、編成した軍隊を差し向けてはいた。しかし遥か太古の超生命体に凡夫の集団で太刀打ちなど出来るはずもなく、散々な結果で終わることとなってしまったのだ。
幾百、幾千の命が奪われた頃、諦めの意思が彼らの内に蔓延し始めていた。
ある者は己の不幸を嘆き、またある者は迫る死の恐怖に怯えた。うず高く積まれた無数の絶望が精神を削り、運命は終末へ進むと誰もが諦めかけたその時、人々の苦難に一筋の光明が差した。
第1王子にしてレヴィヤの元婚約者、ジギベルトだ。新たな愛を誓った恋人の命を竜に奪われ、復讐に燃える彼は民草の悶え苦しむ様を目の当たりにし義憤の念に駆られていた。
「嫉妬に狂い、下劣極まりない邪竜にまでなり果てた悪女に屈してなるものか!」
その言葉と共に立ちあがった姿は、魂までも疲弊した国民を再度奮い立たせるには十分であった。
抗い難き巨悪への逆襲、それが如何に困難なことかは彼らもよく知っている。それでも挑まなくてはならい。それこそが人類に許された最後の希望であることも彼らは知っているからだ。
ジギベルトを中心として彼らは思いを1つに再び決死の軍行を始めた。
―――――
殿下の号令の下、僕たちは構えた弓に矢をつがえ前進を開始する。
幾度の敗北をも越え、我々王国軍は遂にかの悪竜との最後の大戦に挑まんとしている。とうに疲弊し、希望すら見失いかけた国民も多くいた。だが、彼らは失った多くの命を糧に忌むべき敵の弱点を、特性を、行動を、全ての知りえる情報をかき集め万全を期してこの舞台に躍り出たのだ。
そして彼らのわずかに残った尊厳を焚きつけ、奮起させ、ここまで導いたのは僕の姉上の元婚約者、ジギベルト殿下の尽力によるところが大きい。
王家としての振る舞いを投げ出し、姉上の思いを踏みにじった時には既に失望の念を感じざる負えなかったが、こと今回のような危機においては新時代を背負う指導者としての素質を開花させていた。思うにそれは殿下の圧倒的魔術の才からなる一種の憧れを伴う魅力であり、だからこそ彼は支配者ではなく戦う者としての姿の方がよく似合っているのだろう。
かく言う僕はといえば自家から大罪人を輩出し、あまつさえ例の社交界の日に姉上の拘束を阻んだ咎により、汚名雪辱にと最前線行きを命じられた身だ。
目の前だからこそ感じる身内より出でた竜の強大さには、恐怖よりも先に哀愁を感じた。
バハム、この己の名を呼びかける姉上の姿は今はなく、そこには鈍い光沢を放つ鱗に覆われ、天をも隠さんとする翼をはためかせ、その身で不気味にとぐろをうねらせる怪物が鎮座していた。豪炎を吐き、怒りとも嘆きともつかぬ咆哮を轟かせるその姿はもはや人の頃の面影など微塵も浮かばない。
そして同時に悟る。敬愛し、一切の信頼を置いた姉上であってもこれは滅ぼさなくてはならない存在なのだと。
憎悪の向ける先を広げ、人としての道理すら踏み外した彼女にはもはや戻る道すら残されてはおらず、後はその命をもって償う他ない。
では最大にして根本的な難関たる竜の生命を絶つ方法は何とするか、その問題はある意味必然の如く定まった。
数で押しても無駄なら個で決する、ひどく強硬策すぎるその結論に僕たちは縋ることとした。国の総力を注ぐ大軍を陽動とし、ジギベルト殿下の秘めたる力に全てを賭けるのだ。
無数に降り注ぐ火炎を躱し、軍勢の空を覆う矢を背に彼は高く跳躍する。何重にも重ねられた魔術がその肉体のスペックを最大限に引き上げ、単騎での竜とのぶつかり合いを可能としている。
爆風を吹かせ、眩き閃光が空間を裂くその戦いはさながら神話の再現にも等しく、一寸先に死が迫る戦場でありながら思わず見とれてしまうほどであった。
幾合もの衝突を繰り返し、日も傾きだした頃、長き戦いにも終わりが訪れた。
己の命への執着をも捨てた決死兵たちの突撃を機に、戦線は持てうる限りの全てを振り絞る総攻撃を仕掛けたのだ。その一瞬の隙を見逃さず、間髪入れずに叩き込まれた殿下の攻撃は竜にとって唯一の弱点たる逆鱗を正確に砕き、横へ薙がれた。
夥しい量の血を吹き出し、首に風穴を通された竜は途端に眼の光を失い、戦場にその身ごと倒れこんだ。
かつて姉上と呼び慕った者、令嬢と呼ばれた者、今やおぞましき化け物へと堕ちたモノは遂に絶命したのだ。
―――――
姉上、もといかの竜が絶命し、その計り知れぬ巨体は地に投げ出される。
数えきれぬ犠牲を払い、あらん限りの勇気を振り絞った先に手にした勝利に人々は歓喜の声を上げる。具足をも投げ捨て、互いに感極まった末に抱き合う様は、終末の生存者のみに許された一種の特権と言ったところだろう。
最前線でありながら命からがら生き延びた僕は、叩き落された竜の首近く、佇む殿下の姿を見やる。
汗を拭い、己の信ずる正義を成したことに対する達成感に浸り、無邪気に笑うその顔のなんと腹立たしいことか。
瞬間、かつては姉上であった竜の屍は爆風を伴いながら四散した。
大地に吹き付ける衝撃は土埃を巻き上げ、あたり一面の視界を覆い隠す。
この時をどれほど待ちわびたことだろうか。遂に巡ってきた大願の為の千載一遇の好機を逃すまいと僕は一気に前へ駆け出す。
竜は無尽蔵の魔力を体内で生み出し続ける生物であり、それは死の手前まで変わらぬ事実である。ならば息絶えたとき、その有り余った暴走する力はどこへ向かうのか。その答えこそが今現在の状態だ。
余剰火力と化した魔力は朽ちた肉体を乗り越え、風へと溶け込みながら世界へ放たれるのだ。魔力はいずれ失われる、そんなこの世の摂理を体現するシステムである。
周囲の視線が全てかき消された中、殿下への距離をひたすらに近づけていく。
彼の独断による婚約破棄に端を発したこの一連の戦い、その悪い意味での主役は勿論姉上であろう。理由の如何に関わらず彼女の行為は到底許されるものではない。その事実については僕も認めている。何千の時が過ぎようと、彼女の名は悪の象徴であり続けるのだから。
それでも、それでも僕にとっては彼女はかけがえのない肉親なのだ。
群衆にとっては憎悪と嫉妬に呑まれた忌諱すべき竜であろうと、僕の脳裏に残るのはかつて共に過ごした日々の記憶の方だ。色濃く、鮮明に蘇っては過ぎ去って行くパノラマの感傷に映る姉上は常に苦しそうに藻掻いている。呪いに等しき重圧と使命を背負わされた少女が許された唯一の自由、一人の男を愛するという幸福にすら手に届かなかった姿は実に哀れで、惨めで、不憫でならなかった。
ならばこそ僕も姉上に等しく、逆上の猛火に身を焦がそう。この胸の内に滾る怒りを殿下に、否、あの傍若無人な愚者に理不尽に当て付けよう。
連戦に次ぐ連戦にさすがの彼も疲労困憊といった様子であり、さらに成すべき目標は達された直後ということもありそこには大きな油断が生じていた。
1人、吹き荒れる突風の中に佇むその姿を瞳に納め、僕は一気に彼に駆け寄る。
そして、その無防備に晒された背中から心臓へ目掛け懐剣を突き立てる。
肉が無理矢理切り分けられたような、鈍く生々しい感触が握りしめた拳に伝わる。
何か言葉を紡ごうと動かす口がうっとおしかったこともあり、僕はもう一突き深く刃を押し込み完全に息の根を止めに懸かった。夥しい量の吐血と流血に塗れ、希代の英雄はその生涯に幕を下ろした。
人一人を殺めたにも関わらず、僕の心の陰りは不思議と晴れやかになる。罪悪感と恐怖を上回る達成感に自然と笑みが浮かんできた。
そもそもジギベルト殿下という一個人のことは過度に憎悪している訳ではない。
曲がりなりにも国家存亡の危機を救った功績は賞賛に値するものであり、事実彼に正義を見出した者は今も昔も多数いた。ただ姉上を裏切った、その罪の一点においてのみで僕は彼を殺す決断に至った。
彼女を単なる絶対悪として決めつけ、己のみは英雄として祭り上げられる、そのような僕にとってのみ許し難き蛮行には落とし前がいるだけだ。
せめて死後くらい愛した男と共にいて欲し、そんな僕のささやかな願いの祈願もそこには含まれている。生きては自由など無く、死しては竜化の咎で地獄で裁かれるであろう姉上には元婚約者という付き人が必要なのだ。
地獄へと堕ちていく姉上に抱かれ、引きずられていて欲しい。
いつまでもいつまでも、彼女の悲しみが癒えるその日まで冷たい屍に寄り添われていて欲しい。
冥府の業火に2人で揃って身を焼かれて欲しい。
歪んだ肉親への敬愛と王家への嫌悪を胸にしまい込み、僕はその場を後にする。
いっそのこと姉上に殉じたいところだが、僕にもやるべきことがある。生き延びたが故に残り、のしかかる自家の名誉復権という使命は身にすぎるものだが、逃れることは出来ない責務でもあるのだ。
殿下へ向けた偽りの涙を浮かべ、返り血や凶器といった証拠の一切を隠蔽し、素知らぬ顔で現場から遠ざかる僕の姿も土埃にかき消されていく。
今になって姉上の歩んできた重圧の苦しさを思い知る。彼女が如何に苦しんでいたのか、如何に努力していたのか、僕が知るにはあまりに遅すぎたとも言える。
それら諸々の言葉は己が生命の鼓動が絶えたとき、深い奈落の底での再会まで取っておこう。何も案ずることはない。人一人を理不尽に殺した以上、僕も地獄へいずれ堕ちるのだから。
恐怖は無い。この計画を決めたときから覚悟していたことだ。
だからこそ足取りは軽く、気持ちは徐々に上昇していく。いつかの再会を信じ、ただ「待っていてください。」と遠くの姉上への祈りのみを一心に願っていた。
視界も晴れてきたころ、遥か後方からは殿下の遺体に集い、困惑する大衆の嘆きが聞こえてきた。
ここまで読んでくださったことに感謝します。
ご意見、ご感想お待ちしております。




