❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎閑話 愚かな自分をどうぞ愛してくださいな
※寝取られ注意 お色気シーン注意
読み飛ばしても何の問題もありません。あくまでおまけ
Sランクダンジョンから脱出したフィオナとアベル。
危険地帯を抜ける頃には、二人の間に漂う雰囲気はどことなく甘いものが混じり、恋人同士と錯覚させるような距離感が漂っていた。
「フィオナ、いきなりのことで悪かった。でも、今しかないと思ったんだ」
豪胆、あるいは無鉄砲と称されるアベルが珍しく申し訳なさそうに眉を下げてフィオナに謝る。
彼女はゆっくりと首を横に振って否定した。
「分かってます、アベル様。全て私のために行動してくださったんですよね?」
「ああ、そうなんだ。全部、愛する君を手に入れるためなんだ」
「ならば、それを喜ぶことはあっても、咎めることは致しませんわ」
ぺらぺらと饒舌にフィオナはアベルの全てを肯定する。
ルークと過ごしていた時よりも濃密に、熱烈に、そして誠心誠意真心をこめて賛美するのだ。それはまるで神の裁きを正義と信じて疑わない信徒のようでもある。
仲間に毒を盛り、あまつさえ危険地帯に放置してきたとは思えないほどに熱烈な言葉選びだった。
その言葉の裏に気づくこともなく、アベルは目を見開いて驚いた顔をした後、じわりじわりと笑みを浮かべていく。それは、勇者とは思えないほどに醜悪で独善的な下卑た笑みだった。
「フィオナ、ありがとう。やはり、君を好きになって正解だった」
「まあ、ありがとうございます。私もアベル様に選んでいただけて心の底から感謝しておりますわ」
ルークに対する気安い態度から一転、ただひたすら盲目的にアベルを持ち上げる言葉と振る舞いを続けるフィオナ。美少女と評判の整った顔をうっすらと赤く染める姿を見て、さらにアベルは機嫌を良くした。
「冒険者ギルドに報告を終えたら、今日はもう休みにしよう。色々あって疲れただろう?」
はにかみながら気遣う言葉を投げかけたアベルに、フィオナは「お気遣いありがとうございます」と返答しながら素早く計算する。
この後、どう振る舞うべきか。理想的な流れにどうやって運んでいくべきか。
ひとまずは肉体関係を繋いでおくべきだ。
幸いにも淫魔から買い取った“クスリ”の在庫はある。たとえアベルにその気がなくとも、どうとでもできるのだ。
淡々と策略を巡らせながら、フィオナはアベルの三歩後ろを追随した。
その日の晩、太陽が沈んだ頃。
宿屋の部屋に通されたアベルは面食らった様子で室内を眺めていた。
「フィオナ、この部屋は……?」
妖しげな間接照明、冒険者向けの宿屋にしては清潔なベッドシーツと広い寝具。いくら世俗に疎いアベルであっても、その部屋に染み付いた淫靡で異様な雰囲気を感じとった。
「アベル様を“労りたく”思いまして、僭越ながら手配させていただきました。さあさあ、アベル様おくつろぎになって」
フィオナは細い指を自らアベルの剣だこの出来た男性らしい太い手に絡める。彼女はアベルをベッドに案内し、恭しく床に膝をついて彼の靴紐を解いていく。
「フィオナ、それぐらいは自分で……!」
「だぁめ、ここは私に任せてくださいな」
上目遣いでアベルを牽制しながら、フィオナはさながら従僕のようにアベルを覆う服を剥いでいく。わざと指先が彼の肌に触れるように、吐息が掠めるように、強く刻みつけるように。時には唇を押し当てて、男の劣情を煽る。
最初は戸惑っていたアベルも、すっかり部屋の妖しげな雰囲気とフィオナの蠱惑的な笑みに当てられて頬が紅潮し始めていた。
頃合いと見たフィオナが口を開く。
「ねえ、アベル様」
それはどこまでも甘く、どろどろに溶けて焦げた砂糖のように苦く、淫蕩な声音で。
「私の『初めて』を貰ってはくださいませんか?」
頬を染め、瞳を潤ませ、心を一欠片すら寄せていない男の太腿に頬擦りをしながら、彼女は平然と嘘を吐いた。
「フィオナ、それはつまり、そういう意味で……?」
「ええ。アベル様、私の全てを貰ってください」
特大の釣り餌に特大の獲物がかかる。
そこから先はもう、掌でコインを転がすよりも簡単だった。
ベッドシーツについた血を見たアベルが、フィオナを抱き締める。
「ありがとう、フィオナ。俺のために純潔を守っていてくれたんだな」
「貴方に捧げることができて光栄です。好きな人と身体を重ねることができることがこんなに幸せだなんて……」
極め付けにほろほろと涙を流せば、アベルは感極まったようにフィオナを強く抱きしめた。
お互いに服すら纏っていないので、しっとりと汗ばんだ素肌同士が触れ合う。ルークよりも体温の高い背中に手を回しながらフィオナはそっと目を閉じた。
(ああ、馬鹿な人。予め針で傷をつけておけば、破瓜の偽造なんていくらでもできるのに。精々、略奪愛の背徳感に溺れておくことね……頃合いが来たら、すぐにでも地獄の底へ叩き落としてあげるからね。最愛の勇者サマ)
フィオナはアベルの耳元で愛の言葉を囁き、ほどなくして、抱きしめていた彼の手が背中から腰を執拗に撫でくるのを感じ取ったうっそりと笑みを浮かべた。
◇ ◆ ◇ ◆
部屋に備え付けられた狭い浴室の中で、フィオナは冷水を浴びていた。
水滴がポタポタと髪の先から滴り落ちていく。
「『アイテムボックス』」
何もない空間に手を突っ込み、一つの小瓶を取り出した。そのラベルを確認したフィオナは、瓶の栓を開けると中身を一息で飲み干した。
口の中に広がる筆舌に尽くし難いエグ味と苦味と辛味と酸味。さながら吐瀉物を口に入れたかのような壮絶な味に彼女は盛大に顔を顰めた。
「……そこにいるんでしょう? エリザベス」
フィオナの声が浴室に響く。その声は部屋の外にいるアベルの耳に届くことはなかった。
音声結界。
魔術に長ける者ならば必ず習得している結界魔術だ。外部との音のやりとりを遮断する効果を持つ。
ゆらりと空間が揺めき、一人の女性が姿を現した。
桃色のロングヘアーに目尻の黒子が妖艶な雰囲気を生み出し、背中に生えた悪魔の翼と臀部からユラユラ揺れる悪魔の尾が、エリザベスと呼ばれた女性が淫魔であることを証明していた。
ぴっちりと肌に張り付くラバー素材の衣服に腰にまで届く深いスリットの入ったスカート。チラリと覗く太腿には、漆黒の三日月を象徴する刺青が彫られている。
エリザベスは自身が濡れることすら構わずにフィオナの身体に抱きついた。
むっちりとした白い太腿を絡めながらフィオナの耳元に囁く。
「ねえ、フィオナちゃん。好きでもない男二人に抱かれた感想はどうだった?」
「別に、何も感じなかった」
「そお? 勇者も魔術師も下手なのぉ? じゃあ、フィオナちゃん満足できてないんじゃない?」
「私が満足することに意味はない。むしろ“計画”の邪魔」
「ふぅん? フィオナちゃん、気持ちいいの苦手だもんねぇ? ついうっかり堕ちちゃうと色々マズいもんねえ〜」
エリザベスのしなやかで細い指がフィオナの素肌を撫でる。やや長身なエリザベスはフィオナのつむじに軽くキスを落としながら、徐々に身体を屈めた。
「ねえ、この傷は消さないのぉ? お姉さん的には、他の男の所有物ってカンジがして嫌いなのよねえ」
エリザベスの舌先がフィオナの背中に刻まれた傷をなぞる。
常人であれば羞恥に身悶えする感覚も、フィオナにとっては児戯に等しく不愉快な感想しかなかった。
「金を払ってまで消すものじゃない。それよりも、要件はそれだけ?」
「うん、これだけ」
「そう、ならさっさと精気を片手に領地へ帰って。計画の邪魔よ」
「むう、フィオナちゃんのイケズ」
ぶうと唇を尖らせたエリザベスは、フィオナの顎を掴むと強引に振り向かせて唇を無理やり重ねた。
恍惚とするエリザベスに対し、フィオナは嫌悪感を剥き出しに眉を顰めている。
「フィオナちゃん、計画がうまくいったら私の領地においで。たぁ〜〜〜〜っぷり可愛がって、天国を見せてあげるわ」
唇を離したエリザベスは、姿を現した時と同様にすっと空間の揺らぎだけを残して消えていった。
フィオナは冷水を口に含み、口内を濯いで中身を言葉と共に吐き捨てた。
「サイアク」




