第七話 勘違いする女剣士
少し時を遡って、エミリアの視点です
その日、エミリアがゴブリン討伐の依頼を引き受けたのはほんの気まぐれだった。
故郷を滅ぼした魔物を討ち取るため、騎士団を目指したのはいいものの、その入団試験の筆記試験に落ちてしまい、意気消沈していた。
剣の腕ならば誰にも負けない自信があったし、道場では負け知らず。師範から免許皆伝を授かっていたというのに、それを見せる機会を自らの無知で失ってしまった。
ならばと冒険者になったが、エミリアが思い描く通りに物事は進まない。
不文律やマナー、ランクなどが壁となって、魔物退治だけに精を出したいエミリアの活動を阻む。なかでも、他の冒険者からの嫌がらせやちょっかいはとてもストレスの溜まるものだった。
しつこく食事に誘ってくる輩をあしらいながら、掲示板に張り出されている手頃な依頼を手に受付のカウンターに逃げ、受注。
その日の宿代を稼ぐために薬草の採取も並行してやるかと考えて森へ向かった。
襲いかかってきたゴブリンを難なく倒し、報告に必要な耳を切り落としたところで話しかけてくる人物の姿があった。
「すまない、少し良いだろうか」
そこでエミリアは一人の男と出会った。
青い髪は薄汚れ、無精髭を生やしている。身につけたローブの裾は擦り切れ、手にした杖と立ち振る舞いから冒険者を思わせる雰囲気があった。
知性を宿した目は穏やかにエミリアを観察している。
山賊というよりは遭難者のような様相だった。
その背後に控えている恐らく男の使い魔と思しき赤い鱗の魔物が静かにゴブリンを見つめている。
恐らくは『モンスターテイマー』なのだろう。
「……なにか、御用で?」
冷たい声音になってしまうのも仕方がない。エミリアは魔物を倒す為に冒険者になったのであって、異性から声を掛けられるために冒険者になったわけではない。
これまでの日々から異性に対して苦手意識を持っていた。
男は距離を詰めることもせず、両手を上げた姿勢を維持する。
「実は数ヶ月ほどダンジョンに篭っていたせいで、今日の日付が分からないんだ。街の方角と今日の日付を教えてもらえると助かる」
その言葉を聞いて、エミリアが次に疑ったのは山賊。
遭難者に擬態して油断したところを襲う輩がいるらしい、と風の噂で聞いた。
その可能性を考えた末、エミリアは「その線はなさそうだ」と判断した。
というのも、この辺りに存在する洞窟はほとんどがダンジョンで山賊行為には向かない。周囲に人影はないし、ここは見晴らしが良すぎるから奇襲も難しい。
露骨に警戒を解いても、背後の魔物が襲いかかる気配はなかった。
その証拠に、同行を許可して森を抜ける時も彼は一定の距離を維持したままで、特に不審な点を見せなかった。
その頃には、エミリアも彼の言い分は嘘ではないだろうと一旦受け入れることに決めたのだ。
男は冒険者であり、ルーク・アバウトと名乗った。
自らのランクをひけらかすこともせず、ジロジロとエミリアを品定めするような視線も向けない。
下卑た冒険者の視線に慣れていたエミリアは、ルークの丁寧な態度にすっかり絆されつつあった。
「故郷を魔物に滅ぼされた私は、各地を放浪しながら剣の腕を磨いた。少しでも魔物を倒し、人々の役に立ちたい私は騎士団の受験を受けたんだが……失敗してしまってな。こうやって冒険者として身を立てることにしたんだ」
「それは大変だったな。駆け出しの頃は徒党を組むのも難しいだろう?」
「恥ずかしながら、そうなんだ。やはり冒険者というものは難しいものだな。戦えるだけでは上手くいかない」
つい先日、すげなく断られた屈辱を思い出してエミリアは拳を握りしめる。
剣の腕よりも先に下品な質問をぶつけてくる冒険者の顔を思い出し、怒りに肩が震えた。
エミリアの胸中を知ってか知らずか、ルークは落ち着いた声音で淡々と話す。
「冒険者というのは信頼で成り立っている。安定してゴブリンを狩り続けていれば、それが実績になる。直に冒険者ギルドの方からエミリアにパーティーの斡旋が来るさ」
「そうなのか? たしかに、実績があればパーティーを組みやすくなるか」
すっと胸のつかえが取れたような気がして、エミリアは拳を解いた。
経験者のアドバイスを耳にしたのはこれが初めてだった。
その時、ふとエミリアは気になった。
ダンジョンに篭っていたというが、あの森にあるダンジョンは低くてもBランクより上位のものしかない。単独で挑むにはあまりにも難易度が高すぎる。
もし単独で活動しているのであれば、自分とパーティーを組んでくれないだろうか。
そんな淡い期待を込めて、彼女は探りを入れることにした。
「そういえば、あの辺りには難易度の高いダンジョンしかなかったと思うが……その、ルーク殿は他に仲間がいないのか?」
そう問いかけてから、エミリアはしまったと思った。
ルークの顔に影が差し、彼が唇を噛み締める。
その様子を見るだけで、きっと何か不幸なことがあったのだろうと推測するのに十分だった。
「少し、長くなるんだが……聞いてもらえるか?」
「街まではまだ距離がある。私で良ければ、話を聞こう」
それから、ルークは語り始めた。
半年ほど前から、アベルという剣士とフィオナという斥候、そしてルークの三人でパーティーを結成して冒険者として活動していた。
先々月、向かった先のダンジョンで毒系統の秘宝を手に入れたアベルが食事に毒を盛ったという。ルークは毒の後遺症に苦しみながらもなんとかダンジョンから脱出を果たし、冒険者ギルドへ報告に向かう途中でエミリアと出会ったという。
仲間の裏切りと聞いて思わずエミリアは眉をひそめる。
何故、アベルは仲間に毒を盛って自ら生存率を下げるような振る舞いをしたのか欠片も理解できなかったのだ。
「その、ルーク殿。秘宝の毒は秘宝によってしか防げないという。突発的な毒殺未遂を防いだ理由を聞いても良いだろうか」
「ああ、それはフィオナが贈ってくれたこの秘宝のおかげだ」
ルークは指先でそっとネックレスに触れる。
その秘宝はエミリアでも見たことがあった。
【健やかなる太陽】
着用者の健康を守るという効果を持ち、魔物の毒液は防げなくても症状を緩和できるアクセサリー系秘宝だった。
冒険者の間ではより上位の毒の完全無効化や魔力の回復を促す秘宝の方が人気がある為、なかなか着用している冒険者は見かけない。金が手に入ったらすぐさま装備を更新するのだ。
それまでの暗い表情から一転、ルークが初めての微笑みを見せた。
ふっと細めた目と、壊れ物に触れるような指先で金の太陽を撫でる。
それを見て、エミリアは『ぴきーん』と閃いた。
(も、もしやフィオナ嬢とルーク殿は恋人関係なのでは……? アベルという冒険者が突発的に犯行に及んだ動機は、横恋慕。そう考えると、辻褄があう!)
エミリアの脳細胞は瞬時に当時の出来事に思いを馳せた。
毒を盛り、高笑いするアベル。
涙を飲み、愛する人の為に耐え忍ぶフィオナ。
地面に倒れながら、フィオナに手を伸ばすルーク。
すなわち、ドロドロの三角関係である。
冒険者の端くれではあるが、エミリアは秘宝の価値を知っている。たとえ人気がなくとも、珍しいもの好きな商人に売ればそこそこの値段になる秘宝。その効果をまさかうっかり忘れるなんてことは絶対にありえない。
なにせ、未だに秘宝を手に入れたことすらないエミリアでさえも知っているのだから。
胸に湧き上がるのはアベルへの怒り。
(毒を盛るとはなんと卑劣な男! 剣士ならば、正々堂々と一騎討ちを挑むべきだろう!)
ややズレた観点から怒るエミリア。
脳内では、直近で吟遊詩人から聞いた詩にて一人の女性を巡って親友同士が剣を交わす物語が再生されている。
その登場人物とアベルを比べて、さらに怒りを滾らせた。
「ああ、そうだ。エミリアさんはフィオナを見かけなかったか? 柔らかい茶髪にアーモンドのような目をした、このぐらいの女性なんだが……恐らく傍にアベルという赤い髪の剣士がいたと思う」
心当たりのないエミリアは首を横に振る。
彼女が冒険者になったのは今月で、そのような冒険者をこの辺りで見たことがなかった。
寂しそうに目を伏せるルーク。
それを見て、エミリアの胸は締め付けられる。
(そのフィオナという女性は私よりも背が低いのか。な、なんということだ……真反対の外見をした男二人が可憐な女性を巡る争い……ますますあの詩のようではないか!!)
エミリアは、生粋の恋愛好きだった。
当事者になるのは勘弁だが、こういう『純愛』系の話は大好物なのだ。
高鳴る胸を押さえつけながら、さらに探りを入れる。
「ルーク殿とフィオナ嬢は……?」
「その……恋人、なんだ」
ぽっと頬を赤らめるルーク。
エミリアは心の中で「大勝利だ!」と雄叫びをあげる。もちろん、声にはしないが。
予想が外れていなかった事に確信を得た彼女は胸に誓う。
二人の愛が幸せな結末を迎えられるように協力しよう。
『ハッピーエンド厨』なエミリアはぐっと拳を握りしめる。
「分かるぞ、ルーク殿。私には全て分かる。フィオナ嬢はルーク殿を守る為に、アベルとかいう男をダンジョンから連れ出したのだな……!」
「や、やはり君から見てもそう思うか!!」
「思うともっ!!」
意気投合する二人の声にドラゴンは瞠目したのだった。
ポチ(いきなり叫んで怖いなあ……しかも二人して『フィオナ』『フィオナ』って連呼してる。もしかしてニンゲンは『フィオナ』でコミュニケーションを繰り広げているのかな……?)




